76話 未来へ

文字数 2,807文字

 当時のジュース・デーと同じとは行かないものの、たくさん準備した飲み物の中から、各々が好みの物をチョイスする私たち。

 とっくにアルコール解禁の年齢は超えていましたので、一応酒類も取り揃えてはありましたが、なぜか手が伸びるのはノンアルコールばかり。それなのに、やたらとテンション高めになるのは、このメンバーだからなのでしょう。


「考えてみたら、不思議だよね。あの頃、将来こうめと夏輝は絶対に結婚すると思ってたけど、実際に結婚して子供が出来たのは、朋華と聖だったわけだし」

「私は違う人と結婚したし、子供は出来なかった」

「私だって、高齢出産だったんだから」

「僕と木の実は、結婚すらしてないもんな」

「ほっとけ~」


 冬翔くんと同じく、未だ独身の木の実ちゃん。

 征子さんは、相変わらずお料理以外のことはまるで駄目で、母親のお世話をしていたら、結婚どころか恋人を作る暇もないというのが彼女の口癖でした。

 幼い頃から、シビアな目で両親を見て来たために、結婚に対するメリットが感じられず、気が付けば婚期を逃していたと言うのですが、本人にその気がないだけで、実際はかなりモテるのも事実。

 お料理が上手で、頭の回転も早く、周囲への気配りも出来る上に、清楚な美人と来れば、結婚したいと思う男性は数知れず。おまけに、彼女には年配の女性ファンも多く、息子のお嫁さんに是非! と思うマダムも少なくないのです。

 少し前に大病を患った征子さん。予後不良から活動休止を余儀なくされたのですが、唯一の楽しみであり、生き甲斐でもあったお料理を奪ってしまった結果、魂が抜けたようにボーっとしている時間が増えたといいます。

 木の実ちゃん自身、たくさんの仕事を抱えているため、介護を施設に委託したことで、それまで皆無だった自分の時間が出来、いろいろと新しいことにチャレンジしているのだとか。

 そこに『恋愛』が含まれているかは不明ですが、彼女のようなタイプの場合、突然の結婚報告があるかも知れず、密かに期待している私たちでした。


「ね、みんな覚えてる? 桜淵の体育祭で、いつか私たちの子供や孫の体育祭を観戦に行こうって約束したの?」

「あー、覚えてる!」「懐かしいね~!」


 そこへ、仕事を終えた夫と聖くんも会話に合流。昔からの好物だったコーラを取る聖くんに対し、迷わずビールに手を伸ばす夫。


「あ~、美味い!」

「やっぱ、仕事の後の一杯は、最高ですよね!」


 余程白熱した議論だったのか、手に取った飲み物を一気に喉に流し込むふたり。


「ところで、何の観戦?」

「ほら、昔、桜淵の体育祭で…」

「おお! 覚えてるとも~! カイとエマの運動会には、是非みんなで応援に来てちょんまげ!」

「ちょんまげって…」「相変わらず、寒っ…!」


 私たちには聞き慣れたオヤジギャグでしたが、初めて聞く夫には意外だったようで、


「え? リヒトホーフェンさんて、こんな人だっけ?」

「いえ、昔はもう少し、酷かったんですけどね~」


 木の実ちゃんの言葉に、ますます混乱している様子。そんな会話を気にするでもなく、テンション高めの聖くん。


「何たって僕の子だから、運動神経抜群間違いなし!」

「出たよ、出たよ!」「親バカ丸出し~!」

「まだ幼稚園にも行ってないじゃん!」

「マジ? リヒトホーフェンさんって、もっとクールな感じの人じゃ…?」

「ありません」「天然のお調子者だから」


 そう言って、大笑いする私たち。ふと見ると、子供たちがバッグの中から聖くんのキーを出し、ふたりで取り合って遊んでいました。


「ちょっと、ちょっと、ふたりとも! それはパパの大事なんだから、失くさないでよ!?」

「Nein」

「エマの、これ~!」


 パパから注意されるも、ふたりとも我関せず。それどころか、キーホルダーを取り外しに掛かり、悪戦苦闘しながらも、ついにはカイくんは青い星型、エマちゃんは黄色の月のチャームをゲット。


「聖、そのチャーム、普段使いに付けてるの?」

「よく失くさないよね?」

「いや、何度か落としたんだけどさ」

「落としたんかいっ!」「しかも何度も!?」


 思わず、木の実ちゃんと冬翔くんからそう突っ込まれたものの、勝気な笑みを浮かべて答える聖くん。


「その度に、ちゃんと戻って来るんだよな。あの時、ずっと一緒だって約束したからかな?」

「そっか…」「そうだね…」


 少し感傷的になってしまった空気をかき消してくれたのは、カイとエマのふたり。


「できた~!」

「Schau mal!」


 自分たちの頑張りに、ドヤ顔で戦利品を見せて回るふたりの愛らしい姿に、心癒される私たち。今はまだ幼い彼らも、あと10年もすれば、あの頃の私たちと同じ年齢に達します。

 そのとき、ふたりがどんな青春を送っているのでしょうか。




 あの頃、10年という歳月の実感が持てなかった私たちも、今では四半世紀前を懐かしむ年代になり、人生の季節も『青春』から『朱夏』へと移行しました。

 よく『止まない雨はない』とか『明けない夜はない』という言葉を聞きますが、残念ながら、保さんや私の母のような怪物(サイコパス)の標的となった人間には、『止まない雨』も『明けない夜』もあるのです。

 奴らは一筋縄ではいかない強敵(エネミー)。その狂気に抗えずにその場所に留まれば、永遠に暗闇に閉じ込められたまま、無限の苦しみから解放されることはなく、ときに残酷な結末を招いてしまうことも。

 だから、自分で生きて行く力を付けたなら、躊躇せずに、先ずは一歩を踏み出すこと。もし自分に余力があれば、同じように暗闇で苦しむ誰かの手を引いてそこから抜け出し、陽の当たる場所へ。

 そして、もう二度と闇に搾取されることがないように、明るい希望の光溢れる未来に向かって、振り返らずに歩くこと。それが、私たちが自らの経験から得た教訓でした。


「ね、みんなで写真撮らない?」

「賛成!」「ほら、並んで、並んで!」


 昔と同じアングルで撮影した記念写真には、夏輝くんの姿が消え、新たに私の夫と、カイ、エマのふたりの子供たち、そして我が家の猫たちが加わりました。

 場所は北御門家から松武家に、写真もフィルムカメラからスマホ、焼き増しから転送へと、時代とともにいろんなものが変わって行きます。

 さらに四半世紀後、必ずまたみんなで集まることを約束して解散した私たち。そのとき、還暦を過ぎた私たちは、どこで写真を撮っていて、そこにはどんなメンバーが写っているのでしょうか。




 思春期の入り口で、私たち6人が一緒に過ごしたのは、僅か7カ月ほどしかなかったというのに、これまで生きて来た人生よりも、さらに長く感じられるほど濃厚な時間でした。

 今もあのピアノ曲を耳にするたびに、切ない想いが胸に溢れ、彼らと過ごしたかけがえのない日々は、私の大切な宝物として心の奥に生き続けています。

 古い日記に挟んだ色褪せた写真とお揃いのチャーム、そして薄れることのない記憶とともに。




~おわり~







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