42話 モテ期の弊害

文字数 2,608文字

 コンクールまで後二週間だというのに、レッスンに集中出来ず、苛立ちを隠せないでいる朋華ちゃん。

 土曜日のため、午後からは自宅のレッスンルームに籠り、一人課題曲に取り組んでいるものの、心ここにあらずとは、まさに今の彼女のことを指していました。

 本番間近の不安や緊張から来るプレッシャーは勿論ですが、それ以外にも、彼女を煩わせる厄介ごとがちらほら。その一つが、このところの聖くんを取り巻く環境でした。




 体育祭での活躍で、学校内外で彼の株が急上昇。そのルックス故に、もともと目立つ存在ではありましたが、あれ以来、彼に思いを寄せる女子(と一部男子)が急増しているのも事実。

 そうした中、一緒にいることが多い私たちに対し、嫉妬に満ちた視線を投げかけて来たり、ひそひそと話す声が聞こえることもありました。

 先日など、下校中にいきなり面識のない他校の女子生徒数人から声を掛けられ、


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど?」

「何ですか?」

「あんたたち、よくあの男の子たちと一緒にいるけど、どういう関係?」


 明らかに険のある言い方に気分を害されつつも、あらかじめ用意しておいた返事を返す私。


「親戚です。あと、親同士がお友達だったり、祖父母の代からの家族ぐるみのお付き合いですけど」

「ホントにそれだけ?」

「疑うなら、今からうちの祖母に訊きに来ますか?」

「別に、そこまで言ってないし…」「ねえ…」


 気が強い木の実ちゃんも、普段なら反撃したいところですが、トラブルにでもなって、コンクール前の朋華ちゃんに迷惑が及ぶことだけは避けなければならず、ひたすら我慢。

 朋華ちゃんに至っては、こんな形でライバルが増えることになり、顔にこそ出しませんが、穏やかでいられるはずもなく。

 校内でも、それまでほとんど関わりがなかった子たちからのアプローチが激増し、突然面識のない生徒から『今度是非、うちに遊びにいらして』とお誘いを受けることも。兄弟に桜淵生がいる生徒も少なくないため、体育祭で私たちが一緒にいるのを目撃していたのでしょう。

 おかげで、虎視眈々と接触のチャンスを伺う衆人監視の中、週二回の電車での合流も儘ならず、閉塞感が増すばかり。

 もっとも、今はコンクール直前ということもあり、呑気に同好会に参加するなど小夜子さんが許すはずもなく、朋華ちゃんの指導のために、自分のお仕事をセーブするほどの徹底ぶり。

 それに加え、ここ数日は毎朝夕、母親の車で登下校を余儀なくされていたことも、ストレスに拍車を掛けていたのです。

 そして、彼女の気持ちを乱していたもう一つの要因が、冬翔くんでした。




 このところ、電車で合流出来ないため、連絡が必要な際は、親の監視がフリーな木の実ちゃんの自宅へ直接電話するようになり、最近は伝言板を利用することもなくなっていた私たち。

 前回は、翌日が木の実ちゃんのお誕生日だったこともあり、急遽バースデー・パーティーを兼ねたジュース・デーを開催することになったのです。

 自分の誕生日に、自分でケーキを焼くのもどうかということで、私たちで用意しようと思ったのですが、どうしても作りたいという木の実ちゃんの意思を尊重することに。

 今回は栗のロールケーキで、表面にモンブラン用の口金で絞ったマロンクリームの上に、マロングラッセがトッピングされ、中のクリームにも甘露煮を混ぜ込むという、栗をふんだんに使ったものです。

 お料理のほうは、木の実ちゃんの特訓で、めっきり腕を上げた冬翔くんが大奮闘。出来合いの物も買い足してはいましたが、自作のローストチキンが出て来たのには、師匠の木の実ちゃんもびっくり。

 急だったにもかかわらず、とてもゴージャスなメニューに、


「まさか、自分の誕生日に、こんなふうにお料理を用意してお祝いしてもらえるなんて思ってもなかったから、すごく嬉しい!」

「当たり前じゃん!」

「いつも木の実には、美味いもの作って貰ってるんだからさ!」

「みんな、ホントにありがとう!」


 いつも自分が作る側だけに、自分のためにして貰えたことがよほど嬉しかったらしく、感動しっぱなしの木の実ちゃん。

 あれ以来、常にふたりが冬翔くんの動向を気にかけ、私と隣合ったり、二人きりにならないように気を付けてくれているおかげで、被害は激減。この状態が続けば、いずれ終息するのではないかと思うようになっていました。




 そんな中、聖くんのモテ期到来の話題になり、私たちの不満が爆発。


「だいたい、あんたのせいで、私たちがどんだけ迷惑を被ってるか、分かってんの?」

「この前だって、見ず知らずの他所の学校の女子生徒に、『どういう関係?』とか訊かれたんだから」

「もう、ホントに怖かったわよね~」「ね~」

「んなこと言われても。そりゃ、迷惑掛けて、悪いとは思うけど…」

「もう、当分は一緒に帰るのも無理そうだよね」

「あの電車、最近は聖目当ての女子が急増中だしね」

「それは違う! 僕だけじゃないから!」

「どういう意味?」

「この前、夏輝だって女子に告られてたじゃん!」


 その言葉に、一瞬にしてシンと静まり返る室内。必然的に、全員の視線が私に集中します。


「なっちゃん、それどういうこと? ちゃんと分かるように説明して貰える?」

「ち、違うって! 告るとかそんなんじゃなくて、ただ、『付き合ってる人はいるんですか?』って訊かれただけで…!」

「へえぇぇ~~~」

「だから、誤解だよ、こうちゃん! 聖、おまえからも説明しろよ!」


 彼らに群がる大半は聖くん目当てでしたが、中には違うタイプがお好みという女子もいれば、所詮手の届かない高嶺の花より、頑張れば手が届きそうなところを狙って来る女子がいるのも事実。

 目立つ聖くんの影に霞んではいるものの、夏輝くんや冬翔くんもなかなかどうして、アイドルグループのバックで踊っていても遜色ないレベル。

 いつ何時、肉食系女子にロックオンされ、グイグイ来られでもしたら、いったいどうなることやら。今なら、少しだけ朋華ちゃんの気持ちも分かるというものです。

 自分への風当たりを回避し、シレッとしている聖くんを横目に、思わぬ形でとばっちりを受け、私から責められ困惑する夏輝くん。


「ちょっと! みんなも何とか言ってよ!」

「浮気者」「不貞行為」「最低~」

「そんな~~~っ!」


 みんなからボロクソに言われ、泣きそうになっている哀れな姿に、全員が爆笑し、一気に空気が和みました。







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