68話 雪の夜の奇跡

文字数 2,416文字

 霊安室に残った聖くん、朋華ちゃん、木の実ちゃん、冬翔くん、私、そして夏輝くんの、ジュース・デーのメンバー、6人。


「なあ、返事しろよ? ちゃんと聞こえてんだろ?」


 横たわる夏輝くんに、そう語り掛けた聖くん。


「そうよ。私たちに相談もなく、一人で勝手に死んじゃうなんて、あんまりじゃない?」


 悔しそうに涙を浮かべる朋華ちゃん。


「あんたの計画は、完璧だったと思うよ。これでもう、あの変態オヤジは、冬翔にもこうめにも何も出来ないもんね。でも、一個だけ間違ってるでしょ? こんな形で残される私たちの気持ち、考えたの…?」


 悲しみで、言葉の最後が震える木の実ちゃん。


「ごめん、夏輝…。全部僕のせいだ…」


 今は、自分を責めることしか出来ない冬翔くん。


「ずっと一緒にいるって、約束したじゃない…」


 私の言葉に、堰を切ったようにみんなの瞳から涙が零れました。


「私…、なっちゃんと一緒に逝きたい…」

「駄目だよ、こうめ!」

「そんなことしたら、夏輝くんが命を懸けてしたことが、全部無駄になるじゃない…!」

「僕も…」

「冬翔、おまえまで…!」

「僕が死ねば良かったんだ…。父さんの言う通り、僕が…」

「違げーだろっ! 僕たちの中に、死んで良いヤツなんて、一人も居ねえんだよっ!」


 そのとき、不意にドアが開き、私たちがいることを知らなかったのか、一瞬驚いた顔で固まる看護師さん。


「ごめん、いたの気付かなくて。大人の人はどちらにいらっしゃるのかな?」

「あ、えっと、一度自宅に戻って、また来ると言ってました」

「じゃあ、戻られたら伝えてくれる? ご遺体の搬送がいつ来られるのか、お知らせくださいって」

「分かりました…」


 そう言うと、夏輝くんが横たえられている寝台に、番号が書かれたプレートを掛けて部屋を出て行き、再び室内は沈黙に包まれました。

 ふと、彼女が言った『遺体の搬送』という言葉に、こうして6人で一緒にいられる時間が、もうあまり残されていないのだと悟った私たち。

 そこで、私は意を決して、みんなに自分の思いを打ち明けたのです。


「私、どうしても叶えたいことがあるの…」

「いいよ?」「何?」

「私、なっちゃんと約束したの。ずっと一緒だって…」

「うん」

「だから、誓いのキスをしたい…」


 非常識なその申し出に、誰も否定する人はなく、


「分かった」

「いいわよ」

「夏輝も、きっと望んでる」

「ああ」


 木の実ちゃんと朋華ちゃんの手を借りて、車椅子から立ち上がった私。


「何だか、教会の礼拝堂みたい」

「そうだね」

「結婚式みたいだな」

「うん、夏輝とこうめのね」


 厳かな雰囲気がそう思わせるのでしょうか、朋華ちゃんが『Ave Maria』のメロディーを口ずさむ中、横たわる夏輝くんに歩み寄り、耳元で話し掛けました。


「なっちゃん、ごめんね。気付いてあげられなくて…。これからも、ずっと一緒だから」


 風のない室内で、微かに揺らめくロウソクの炎に照らされ、小さく深呼吸すると、


「北御門夏輝くん。私、松武こうめは、あなたを永遠に愛することを誓います…」


 みんなに見守られながら、ゆっくりと、そして静かに唇を重ねようとしたときでした。

 突然、電気とロウソクが同時に消え、室内は真っ暗闇に包まれたのです。

 何が起こったのか分からず、顔を上げようとしたとき、不意に誰かが髪に触れた感触があり、そのまま優しい腕に引き寄せられました。


「えっ…!?」「夏輝…!」「嘘…!」


 その瞬間、横にいる人の顔さえ認識出来ない暗闇の中、薄ぼんやりとではありますが、夏輝くんの身体から青白い光が放たれ、闇の中に浮き上がって見えたのです。

 ホラーやオカルトが大の苦手な私にとって、普段なら霊安室に入ること自体、恐怖以外の何者でもなく、ましてやそこでの超常現象など、失神してもおかしくない状況。

 でも、それが自分の大切な人であれば、何ひとつ怖いと感じることなどなく、むしろそうであって欲しいと願う自分がいました。


「なっちゃん…?」

「夏輝、いるんだろ…?」

「いるなら、何か伝えてよ…!」

「お願い、夏輝くん…!」

「返事しろよ…!」


 全員で彼の身体に触れながら、全神経を研ぎ澄まし、必死で何かを感じ取ろうとしたのですが、発光する以外、特に何かが起こるわけでもなく。

 一分ほどその状態が続いた後、光は徐々に弱まり始め、


「待って…!」

「まだ行かないで…!」

「さっきの状況、再現したらどう!?」

「こうめ、もう一度キスして、早く!」

「うん!」

「朋華、Ave Mariaのハミング!」

「OK! ~♪~」

「…駄目か!」

「みんなで身体を押さえてみて!」

「…全然効果ない!」

「じゃあ…!」


 必死の努力も虚しく、なす術もないまま光は力を失い、やがて輪郭だけを残した後、吸い込まれるように闇に消えて行ったのです。

 それと入れ替わりに電気が灯り、室内は何事もなかったように元に戻りましたが、まだここに夏輝くんが居るような気がして、諦めることが出来なかった私たち。

 交代でやって来た茉莉絵さんと小夜子さんが、私たちの姿が病室にないことに気付いて探しに来るまで、霊安室の中で思い付く限りのことを試み続けたものの、再び光が戻ることはありませんでした。




 その現象が何だったのかは、今でも分かりません。

 あまりにも突然過ぎた夏輝くんとの別れが悲し過ぎるあまり、自分たちが作り出した幻影だったのでしょうか。

 あるいは、心理学や脳科学、自然科学などでなら説明が付くのかも知れませんが、そのときの私たちにとってそんなことはどうでも良く、どんな理論も正論も必要ありませんでした。

 もう二度と、言葉も気持ちも交わすことの出来ない大切な人から、最後に私たちに向けられたメッセージだったと思うことで、どんなに心が救われたか。この不思議な体験は、私たちの強い心の絆がもたらした奇跡なのだと信じ、深く心に刻んだのです。

 やがてそれぞれが対峙する、最強かつ最大の『敵』と戦う心の糧として…







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