53話 内緒話

文字数 2,983文字

 きっぱりと否定した夏輝くんの言葉に、小さく頷く聖くん。


「やっぱ、ないよな~。となると、別に理由があるって考えるのが普通だよな」

「たとえば?」

「パターンその1、冬翔がこうめを嫌ってる」

「何で?」

「ずっと一緒だったおまえを、こうめに盗られたジェラシー?」

「他には?」

「パターンその2、逆に、冬翔もこうめが好きだったのに、おまえに盗られたジェラシー?」

「なら、攻撃の対象が違うんじゃね?」

「そこは、おまえに怪我させるとヤバイし、可愛さ余って憎さ百倍的な」


 いずれにしても『嫌い』という理由だけでは、そこまでするとは考え辛く、現実的ではないということで却下。


「パターンその3、ただ単にふざけてるだけ」

「いや、それ、もっとないだろ。一歩間違えば、死ぬかも知れないようなふざけ方って」

「だよな。これも却下」

「パターンその4は?」

「ふたりの間で、他人には言えないような秘密を共有している。例えば、冬翔がこうめの秘密を握ってて、それをネタに脅してるとか」

「却下」

「パターンその5、こうめが冬翔の弱みを握って、脅された腹いせに…」

「却下。次」

「これで最後。パターンその6、じつは冬翔とこうめは、みんなには内緒で出来てて、そういうスリリングなプレイを楽しむ関係とか…」


 それを聞いた夏輝くんの表情が見る見るうちに豹変し、


「クソッ!!! 冬翔のヤツ、絶対ぇー許さねぇーーーっっ!!!」

「落ち着けって! 例えばの話だって言っただろ!」

「例えばでも、嫌だあぁぁっっ!!」

「分かった、分かったから! 大丈夫、これだけは絶対にないから、一回落ち着け!」


 想像の話だけでここまで激昂するあたり、ここまで面倒くさい性格だっとは思わず、何とか夏輝くんを宥めたものの、今後は慎重に言葉を選ばなければと、自省したのです。


「けどさ~、冬翔とこうちゃんがそんな険悪じゃ、先々マジで困るんだよな~」

「何が?」

「だってさ、今は遠い親戚だけど、僕とこうちゃんが結婚したら、冬翔とは姉弟になるわけだし、同じ家で住むかも知れないわけじゃん?」


 その言葉に、思わず尋ねた聖くん。


「結婚って、何、キスなんかしてねーとか言っときながら、ホントはおまえら、もうそういう関係なの!?」

「違うって! マジで、キスはおでこにしかしてねーから!」

「あ、じゃ、おまえが一方的に思ってるってこと?」

「じゃなくて、大人になったら結婚して、ずっと一緒にいたいねって話をしてたんだよ。そしたら、こうちゃんも『うん』て言って、僕のおでこにキスしてくれたんだって!」

「こうめから? どうやって? 身長差があんじゃん?」


 私と夏輝くんの身長差と、夏輝くんと聖くんの身長差は、だいたい同じくらいでしたので、聖くんを自分に見立てて、当時の状況を再現する夏輝くん。


「まず、立ち位置がこうで…」

「ほうほう?」

「んで、手がこういう感じで…」


 私がしたように、片手を繋いだままもう一方の手を肩に載せ、相手を少し屈ませるようにしながら背伸びをして、そっとおでこにキスをしようとしたところ、ちょうどそこへ通り掛かった巡回中の教諭から、怒号が飛んできました。


「こらーっ! そこの中学生! 校内での不純同性交遊は禁止だぞーっ!!」


 驚いて離れ、慌てて弁解するふたり。


「いえ、そういうんじゃありませんからっ!」

「さーせんっ! すぐに帰りまーす!」


 そう言ってやり過ごし、教諭がいなくなったのを確認すると、興味津々で食いついて来た聖くん。


「なるほど、なるほど、そう来るわけっすか~」

「そういうこと」

「されてみて思ったけど、相手からのキスって、めっちゃエロっ!」

「おい、聖」

「まあさ、おまえ相手じゃあれだけど、これは興奮するわな~」

「やめろって!」

「ヤバっ、想像したら…」

「聖、てめっ! こうちゃんで変な想像したら、許さねーからなっっ!!」


 今にも掴み掛かりそうな勢いで、怒り心頭の夏輝くんに、ハッとして我に返った聖くん。

 ついさっき、私に関しての言動には気を付けなければと自戒したばかりだというのに、つい想像して興奮してしまったお調子者の自分を呪いつつ、


「しません! 神に誓って、変な想像はしません!」

「絶対だぞ! ちょっとでもしたら、殺す!」

「あ、はい、今すぐ脳内から消去しますんで…!」

「以後、気を付けろよなっ!」


 お年頃の男子ですから、恋バナをリアルな再現付きでレクチャーされれば、想像くらいするのが普通ですし、むしろそれは健全なこと。

 逆に、嫌なら初めからしなければいいのに、それを逆ギレされ、理不尽な気持ちになったものの、これ以上怒らせたら手が付けられないと思い、ここは従順に反省するふりをするしかありません。

 そして、何があっても絶対にこいつとだけは恋敵になってはいけないと、強く肝に銘じる聖くんでした。


「そろそろ掃除が終わる時間だし、冬翔のとこ戻るか」

「そうだな。けど、このこと、冬翔に直接聞いてもいいのかな?」

「うーん? 聞いて話すくらいなら、苦労はないだろうけど…」

「だよな。あーもう何で?? いつからこんなことになってたんだよ??」

「もっと早く言えば良かったな」

「いや、おまえのせいじゃないし。逆に、教えてくれてありがとな。ちょっと自分なりに調べてみる」

「何か手伝えることがあったら、言ってな?」

「助かるよ」


 そう言うと、それ以降はその話題には触れず、掃除を終えた冬翔くんと合流すると、いつも通り下校する三人。

 未だ聖くんのモテ期が続いていることに加え、朋華ちゃんと木の実ちゃんのスケジュールの都合で、もう随分一緒に帰宅していなかった私たち。

 その分、半月先に予定していたクリスマス・パーティーを、とても待ち遠しく感じていました。




 その週末、夏輝くんからのデートのお誘いに、北御門家を訪れた私。前回ふたりきりだったので、てっきり今回もそのつもりでいたのですが、居間にはいつも通り、冬翔くんが同席していました。

 じつは前回のデートの後、一応、木の実ちゃんにだけは報告していた私。

 本来なら、朋華ちゃんも一緒に報告したかったのですが、彼女の気持ちを考えると、まだこのタイミングでは言い辛く、木の実ちゃんとも相談して、伝えるのはもう少ししてからということにしたのです。


「ほほ~! 夏輝のヤツ、案外やるもんだね~!」

「いや、でも、唇じゃないから」

「まあ、そこはちょっと残念だけど、そういう真面目なとこも、アイツらしいっちゃ、アイツらしいんだよね~」

「そうだよね」

「で? 一足先に、大人の階段を昇った感想は?」

「だから! 唇じゃないから、これはまだノーカウント!」

「いや~、それにしても目出度いわ。あ、お赤飯炊く?」


 と、祝福されているのか、茶化されているのか、その後も根掘り葉掘り聞かれてしまい。

 木の実ちゃん曰く、夏輝くんがそちらに目覚めたのであれば、いくらふたりが仲の良い兄弟といっても、第三者の前でそういうことはし難いでしょうし、今後は冬翔くんをデートに同席させない可能性が高くなるのでは、と。

 そうなれば、私と夏輝くんはさらにラブラブになり、冬翔くんが嫌がらせをするチャンスも激減するはず、という見解でしたが、なかなか思惑通りには行かないのが世の常。

 浮かれていた自分が恥ずかしくもあり、楽しそうに会話する冬翔くんへの警戒心で、現実に引き戻されたのです。







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