9話 アイデンティティー
文字数 2,466文字
「ま~、分からなくもないな~」
「聖の母さん、ヒステリックなとこあるし」
「だろ~!? 冬翔たちの話になると、決まって『あんたは両親がいて、どれだけ幸せか思い知りなさい』とか言っちゃってさ。マジでウゼぇ!」
その言葉に、否定も肯定も出来ない私たち。
聖くんには、あまり周囲の空気を読まない(読めない?)ところがあり、まだ付き合いの浅い私たちは、思わずギョッとさせられることがありました。
言葉の裏の裏の裏まで読む女子と違い、男子というのはそういうものなのか、それとも、三人の仲の良さが成せる業なのかは分かりませんが、私たちの動揺をよそに、あっけらかんとした会話が展開して行きます。
「だいたいさ、二言目には、自分は国際結婚で苦労してるとか言うけど、そんなの自分で選んだことだろって感じだよな」
「けどさ、おじさんハーフで、ばーちゃん日本人だから、文化的には日本に近いと思うけど?」
「だろ、だろ? しかも、日本に住んでて、言葉も生活環境も変わってないじゃん? たま~にじーちゃんばーちゃんが日本に来ると、ま~イライラするわ、僕やオトンにあたり散らすわ、荒れるんだよな~。おかげで、こっちは超迷惑!」
「それ、日本とか外国とか、関係なくない?」
「僕もそう思う。けど、何がすげえって、ばーちゃんたちににっこり笑って、振り向いた途端、鬼の形相に変わるあの顔! ホラー映画そのものなんだよな~」
「怖ぇ~~!」「ビデオ撮って、映画会社に売り込め!」
本人のいないところで、言いたい放題の息子とその友達ですが、よく観察しているといいますか。まったくもって、世界中、どこの国でも地域でも、嫁姑問題というのは深刻ということのようです。
聖くんの母親のエピソードに、思わず私たちまでつられて失笑してしまい、おかげでさっきまでの深刻な空気は一変しました。
そう言えば、まだ彼のことを詳しく知らなかったことに気付き、
「ね、聞いていい? 聖くんって、クオーターだったよね?」
「うん、そうだよ」
「日本名とは別に、ドイツ名もあるの?」
「あるよ。ヒジリ・ ヴィルフリート ・フォン・リヒトホーフェン。文字で書くと、『Hisiri Wilfried von Richthofen』こんな感じ」
「おお~!」「カッコイイ!」
「まるでどこかの国の王子様みたい~!」
「貴族とかの血筋だって、じーちゃんが言ってたっけ」
紙に書かれたドイツ語の名前を眺め、感嘆の声を上げる私たちに、
「ついでに、日本名も正式には『淵井リヒトホーフェン聖』なんだよね」
「ドイツのファミリーネームが、日本ではミドルネームになるってこと?」
「それがさ、日本の戸籍って、苗字と名前しか受け付けてないんだって。だから、リヒトフォーフェン聖っていう、超長い名前なわけ。ちなみに、国籍は日本とドイツ、両方持ってるんだ」
「へぇ~、じゃあ、どっちの国にも出入り自由なのね。いいな~」
「いや、22歳だっけ? それまでに、どっちかに決めないといけないらしい」
「そうなんだ」「で、どっちにするの?」
「勿論、日本に決まってるよ! みんなと一緒が良いから!」
そう即答した聖くんでしたが、
「っていうかさ、聖、日本以外に選択肢ないだろ?」
「何で?」
「見た目と名前だけは、どっかの国の貴族でも王子でも通るけど、一言口を開いたら最後、おまえはコッテコテの日本人だからな」
という夏輝くんからの鋭い突っ込みに、一同大爆笑。
「へえ、味噌汁と納豆が大好物の、ヴィルフリート・リヒトフォーフェンでおま」
「って、どこの出身だよ?」
「焼き鳥は、タレでお願いします」
「オヤジか!」
こうなるともう止まらず、漫才のような遣り取りが延々と続き、そのギャップもまた、彼の魅力に違いなく。
聖くんが提唱した『楽しい環境では、いつも以上に飲食が進む説』は、まんざら間違っていなかったようで、飲み物はまだまだ十分あったものの、用意されたお菓子の大半は食べつくしていました。
「お菓子、足りなかったか~」
「どうする? 何か買って来る?」
「じゃあ、私が何か作るよ。使っていい食材を教えて?」
そう言って立ち上がった木の実ちゃんに、冬翔くんがキッチンへ同行し、ふたりで冷蔵庫を物色しながら、
「何でも使ってOKだよ」
「じゃあ、これと、これと…」
「手伝うよ」
「フライパンとまな板と包丁出して。後、お皿とお箸も」
「かしこまり~!」
そんな遣り取りとともに食材を切る音が聞こえ、何かを炒める音と、美味しそうな匂いが、私たちのいるリビングにまで漂って来て、たまらずキッチンへ様子を見に行く面々。
人気料理研究家の娘であり、学校でも『お料理同好会』を主催している木の実ちゃん。彼女のお料理は、私たちには見慣れた光景でしたが、初めて見た男子たちは、その見事な腕前に、驚きを隠せない様子。
あっという間に3品が完成し、そのどれもが、まるで高級なレストランのメニューかと見紛うほどの出来栄えに、目を丸くしていました。
「どうぞ。召し上がれ」
「いただきま~す!」
一口食べて、また驚愕。
「旨っ!」
「何これ!? ホントにうちの冷蔵庫にあった食べ物!?」
「えへ! そう言ってもらえると、作り甲斐がある~」
嬉しそうにそう笑う木の実ちゃんに、またしても聖くんの迷言が炸裂。
「いや、マジで美味しいよ! 料理の天才だよな! これからは、一家に一台、木の実の時代かも!」
「一台って、あたしゃ、料理製造マシーンかいっ!」
「え!? まさかの電動??」
「そうそう、コンセントがここにね…って、あるかーいっ!!」
キレの良い木の実ちゃんのツッコミに、またしても大爆笑。今日だけでどれくらい笑ったことか、楽しい仲間と美味しいお料理に、誰もがご満悦。
それぞれが抱える色んな事情すべてひっくるめて、目の前の友達を当たり前に受け入れ、また、自分も受け入れられているという感覚は、これまでにはない居心地の良さがありました。
このメンバーといるときだけは、日常的に消えることのなかった閉塞感から解放されている自分がいたのです。
「聖の母さん、ヒステリックなとこあるし」
「だろ~!? 冬翔たちの話になると、決まって『あんたは両親がいて、どれだけ幸せか思い知りなさい』とか言っちゃってさ。マジでウゼぇ!」
その言葉に、否定も肯定も出来ない私たち。
聖くんには、あまり周囲の空気を読まない(読めない?)ところがあり、まだ付き合いの浅い私たちは、思わずギョッとさせられることがありました。
言葉の裏の裏の裏まで読む女子と違い、男子というのはそういうものなのか、それとも、三人の仲の良さが成せる業なのかは分かりませんが、私たちの動揺をよそに、あっけらかんとした会話が展開して行きます。
「だいたいさ、二言目には、自分は国際結婚で苦労してるとか言うけど、そんなの自分で選んだことだろって感じだよな」
「けどさ、おじさんハーフで、ばーちゃん日本人だから、文化的には日本に近いと思うけど?」
「だろ、だろ? しかも、日本に住んでて、言葉も生活環境も変わってないじゃん? たま~にじーちゃんばーちゃんが日本に来ると、ま~イライラするわ、僕やオトンにあたり散らすわ、荒れるんだよな~。おかげで、こっちは超迷惑!」
「それ、日本とか外国とか、関係なくない?」
「僕もそう思う。けど、何がすげえって、ばーちゃんたちににっこり笑って、振り向いた途端、鬼の形相に変わるあの顔! ホラー映画そのものなんだよな~」
「怖ぇ~~!」「ビデオ撮って、映画会社に売り込め!」
本人のいないところで、言いたい放題の息子とその友達ですが、よく観察しているといいますか。まったくもって、世界中、どこの国でも地域でも、嫁姑問題というのは深刻ということのようです。
聖くんの母親のエピソードに、思わず私たちまでつられて失笑してしまい、おかげでさっきまでの深刻な空気は一変しました。
そう言えば、まだ彼のことを詳しく知らなかったことに気付き、
「ね、聞いていい? 聖くんって、クオーターだったよね?」
「うん、そうだよ」
「日本名とは別に、ドイツ名もあるの?」
「あるよ。ヒジリ・ ヴィルフリート ・フォン・リヒトホーフェン。文字で書くと、『Hisiri Wilfried von Richthofen』こんな感じ」
「おお~!」「カッコイイ!」
「まるでどこかの国の王子様みたい~!」
「貴族とかの血筋だって、じーちゃんが言ってたっけ」
紙に書かれたドイツ語の名前を眺め、感嘆の声を上げる私たちに、
「ついでに、日本名も正式には『淵井リヒトホーフェン聖』なんだよね」
「ドイツのファミリーネームが、日本ではミドルネームになるってこと?」
「それがさ、日本の戸籍って、苗字と名前しか受け付けてないんだって。だから、リヒトフォーフェン聖っていう、超長い名前なわけ。ちなみに、国籍は日本とドイツ、両方持ってるんだ」
「へぇ~、じゃあ、どっちの国にも出入り自由なのね。いいな~」
「いや、22歳だっけ? それまでに、どっちかに決めないといけないらしい」
「そうなんだ」「で、どっちにするの?」
「勿論、日本に決まってるよ! みんなと一緒が良いから!」
そう即答した聖くんでしたが、
「っていうかさ、聖、日本以外に選択肢ないだろ?」
「何で?」
「見た目と名前だけは、どっかの国の貴族でも王子でも通るけど、一言口を開いたら最後、おまえはコッテコテの日本人だからな」
という夏輝くんからの鋭い突っ込みに、一同大爆笑。
「へえ、味噌汁と納豆が大好物の、ヴィルフリート・リヒトフォーフェンでおま」
「って、どこの出身だよ?」
「焼き鳥は、タレでお願いします」
「オヤジか!」
こうなるともう止まらず、漫才のような遣り取りが延々と続き、そのギャップもまた、彼の魅力に違いなく。
聖くんが提唱した『楽しい環境では、いつも以上に飲食が進む説』は、まんざら間違っていなかったようで、飲み物はまだまだ十分あったものの、用意されたお菓子の大半は食べつくしていました。
「お菓子、足りなかったか~」
「どうする? 何か買って来る?」
「じゃあ、私が何か作るよ。使っていい食材を教えて?」
そう言って立ち上がった木の実ちゃんに、冬翔くんがキッチンへ同行し、ふたりで冷蔵庫を物色しながら、
「何でも使ってOKだよ」
「じゃあ、これと、これと…」
「手伝うよ」
「フライパンとまな板と包丁出して。後、お皿とお箸も」
「かしこまり~!」
そんな遣り取りとともに食材を切る音が聞こえ、何かを炒める音と、美味しそうな匂いが、私たちのいるリビングにまで漂って来て、たまらずキッチンへ様子を見に行く面々。
人気料理研究家の娘であり、学校でも『お料理同好会』を主催している木の実ちゃん。彼女のお料理は、私たちには見慣れた光景でしたが、初めて見た男子たちは、その見事な腕前に、驚きを隠せない様子。
あっという間に3品が完成し、そのどれもが、まるで高級なレストランのメニューかと見紛うほどの出来栄えに、目を丸くしていました。
「どうぞ。召し上がれ」
「いただきま~す!」
一口食べて、また驚愕。
「旨っ!」
「何これ!? ホントにうちの冷蔵庫にあった食べ物!?」
「えへ! そう言ってもらえると、作り甲斐がある~」
嬉しそうにそう笑う木の実ちゃんに、またしても聖くんの迷言が炸裂。
「いや、マジで美味しいよ! 料理の天才だよな! これからは、一家に一台、木の実の時代かも!」
「一台って、あたしゃ、料理製造マシーンかいっ!」
「え!? まさかの電動??」
「そうそう、コンセントがここにね…って、あるかーいっ!!」
キレの良い木の実ちゃんのツッコミに、またしても大爆笑。今日だけでどれくらい笑ったことか、楽しい仲間と美味しいお料理に、誰もがご満悦。
それぞれが抱える色んな事情すべてひっくるめて、目の前の友達を当たり前に受け入れ、また、自分も受け入れられているという感覚は、これまでにはない居心地の良さがありました。
このメンバーといるときだけは、日常的に消えることのなかった閉塞感から解放されている自分がいたのです。