39話 桜淵ボーイ

文字数 2,287文字

 そんなおどろおどろしい学校の怪談などどこ吹く風、昼間の競技場は太陽が燦々と降り注ぎ、目を開けているのも眩しいほど。


「私たちの席は?」

「えっと、Cブロックの…」

「お~い! こっちこっち~!」


 その声のほうに目を遣ると、先に到着していた茉莉絵さんが、大きく手を振っていました。すぐに彼女の元へ行き、荷物を下ろしていると、今度は来賓席のほうから私たちを呼ぶ声が。


「こうちゃ~ん!」「こっちよ~!」


 祖父母たちでした。65歳以上の方や来賓客は、スタンド席とは別にテントのある特別席が用意されていて、一緒に国枝氏の姿もありました。

 祖父と国枝氏はこの学校のOBで、国枝氏の長女の柚希ちゃんとは幼なじみで藍玉の同級生。長男の博之くんは高等部の一年に在学しており、彼が入学した四年前から、国枝氏は桜淵の特別理事に就任しています。

 経済界では『ビジネスの神』と言われるほど、実業家として天才的な感性を持ち、日本の経済成長の一翼を担って来た人物なのですが、本人はとても気さくな人柄です。

 我が家と国枝家は、祖父母の代からの家族ぐるみのお付き合いで、父と同級生の国枝氏を、祖父母は実の子のように可愛がっており、かつて国枝氏のピンチに祖父が自費を投じて助けたことから、国枝氏も実親のように慕っていました。


「おじさま、こんにちは。今日は、おばさまや柚希ちゃんは?」

「来てないんだよ。こうちゃんが来ると知っていたら、きっと柚希も来ただろうに、残念がるよ」


 そう言って豪快に笑いました。

 すると、間もなく開会式が始まる旨のアナウンスが入り、係員の腕章を付けた人が、国枝氏に席を移動するよう声を掛けました。


「開会式で理事の挨拶をしなきゃならないんで、また後ほど」


 席を立った国枝氏を見送り、


「それじゃ、私たちもスタンド席に戻るね」

「何だか淋しいわね~。何かあったら、すぐにここに来てね」

「うん。お弁当を作ってあるから、お昼に呼びに来るよ」

「分かったわ」


 一先ず、祖父母たちに別れを告げてスタンド席に戻り、プログラムに目を遣ると、そこには奇妙なタイトルが目白押し。


「ねえ、茉莉絵さん、『トルネードシューティング』って何?」

「玉入れなんだけど、競技が始まる前に、スイカ割りみたいに、全員でその場で10回回ってから投げるルール」

「えー! 目が回りそう!」「入れるの至難の業だよ~」

「じゃあ、『豚の丸焼き』は?」

「豚の丸焼きに見立てた一人が棒にしがみついて、二人掛かりで運ぶ競技。但し、途中10mは50㎝の平均台の上を走行」

「落ちたらどーすんのっ!?」「痛そ~!」

「この『JRA』っていうのは?」

「騎馬戦型の100m走」

「『JRA関ケ原』は?」

「決勝戦」

「『栄光へ向かって』は?」

「障害物競走。途中の障害が、シャレにならないんだよね」

「どんな?」

「くじ引き形式で、腹筋、腕立て、スクワットが1~100回まで、最後は借り物競争で、見つからなかったら最初からやり直し」

「全部100回引いて、最後見つからなかったら、地獄だよね」

「それ、マジでシャレにならないわ」

「後、借り物競争で声を掛けられても、自分が応援するクラス以外は、拒否して妨害すること」

「どうして?」

「全学年総合のクラス対抗になってて、総合ポイント数が一番多かったクラスには、副賞としてアイスクリームが貰える特典があるらしいよ」

「なるほど~!」「それじゃ、妨害しないとだわね!」

「ほら、始まるよ」


 校長先生のご挨拶に続き、PTAの代表として国枝氏のご挨拶、そして生徒会長、広瀬川さんによる開会宣言。

 スポーツウェアに身を包んだその姿は、いつも電車で見慣れている制服姿よりイケメン度が三割増しになり、彼のファンでしょうか、あちこちから女の子たちの歓声が上がります。

 グランドに整列した全校生徒の中に、三人を発見。普段、体育は見学を余儀なくされている夏輝くんも、前日にリヒトホーフェン製薬のお薬を投与しているため、本日はみんなに混じって参加していました。

 一癖も二癖もある意味不明な競技は、勉強だけでなく、運動神経もずば抜けた生徒たちに、『そう簡単には突破させない』という教師たちの意図が見え見えで、トルネードでコミカルな姿を晒す彼らに、場内からは爆笑の嵐。

 丸焼きでは、平均台の上に落下した豚役が、棒を振りかざして担ぎ手を追い回したり、マッチョな豚が、華奢な担ぎ手を両端にぶら下げてゴールする光景に、観客から拍手喝采。競技によっては、そうしたアピールも加点対象になり、観客を飽きさせません。

 中でも、一番盛り上がるのは、各クラス選りすぐりの精鋭たちによるクラス対抗リレー。

 午前中に行われる予選では、各学年トップ通過のクラスが決勝に進み、12歳から18歳の年齢差は一切関係なく、中学一年から高校三年までの6チームで優勝を争います。

 彼らのクラスからは、第三走者に冬翔くん、アンカーに聖くんがエントリー。会場内の至る所から、女の子たちの悲鳴にも似た黄色い歓声が湧き上がり、必然的に、私たちの応援にも熱が入ります。

 来賓席でも、ハンカチや扇子、帽子を振って孫たちの走りにエールを送る祖父母たちの姿。中でも、孫息子、冬翔くんが出走する千鶴子おばあちゃんの緊張ぶりと言ったら、遠目にもはっきりわかるほど。

 OBである祖父や国枝氏も、かつて自身が繰り広げたであろう雄姿を彼らに重ね、身を乗り出しながらの応援。

 選手も、クラスメートも、教師も、観客たちも全員が盛り上がる中、次々と決勝進出チームが決定し、中二では彼らのクラスが、ぶっちぎりの一位で決勝に歩を進めました。







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