41話 ヒーロー

文字数 2,737文字

 午後最初のプログラムは、体育祭の目玉の一つでもある、その名も『桜淵』。内容は、『マーチング』と『集団行動』と『組体操』を合体させたような学校独自のものです。

 ブラスバンド部の演奏に合わせ、全学年の生徒による趣向を凝らしたフォーメーションは圧巻で、一糸乱れぬ見事な動きに観客たちは心を鷲掴みにされ、場内は拍手の嵐。

 その指揮統括をするのが、夏輝くんです。

 本来は代々生徒会長が担うことになっていましたが、激しい練習により怪我が付き物のため、去年は参加出来なかった彼のために、生徒会からの粋な提案で、この大役を任されることになったのです。

 グラウンドの中央で誇らしげに校旗を掲げ、総勢1000人を超える全校生徒を統括する姿は、今まで見た中で一番光り輝いて見え、祖母たちに至っては感激のあまり号泣していました。


「夏輝、カッコイイぞー!」

「ホント!」「素敵よ~!」

「でしょ! だって、私の大切な彼だもん!」

「ヒューヒュー!」「きゃー!」「惚気てくれるね~!」


 三人に冷やかされても、照れもなく笑顔でVサイン。そんなふうにさせたのは、この会場の熱気のせいだけではなかったのかも知れません。

 遠く離れたスタンド席にいた私と目が合い、唇に笑みを浮かべて見せた夏輝くん。その姿、動作、表情のひとつひとつを、私は生涯忘れることなく、心に刻んだのです。




 その後、『栄光へ向かって』の借り物競争では、選手たちが目的の物を探して、場内を右往左往。

 私たちのところへ、彼らのクラスメートがやって来て、


「お願いします! 『髪の長い人』!」


 とのことで、私が同伴。ゴールで審判員が『OK』の白旗を上げ、待機場所に行くと、次の走者と同伴して来た祖母。

 ところが、審判員と三人で何やら揉めている様子で、暫くして『OK』が出たものの、


「あら~、こうちゃんも来てたのね~」

「『髪の長い人』って言われて。それより、ゴールで何を揉めてたの? おばあちゃんは、何だったの?」

「『花嫁さん』よ」

「花嫁!?」

「審判さんが難しい顔をしていたから、言ってやったのよ。45年前の花嫁ですけれど、何か? って」


 そう言って、ころころと笑う祖母。

 そのテーマで、祖母を選ぶ人も選ぶ人ですが、その気になる祖母も祖母。審判員もよく『OK』を出したものだと思います。

 ただ、アピールポイントだけは、相当高かったことでしょう。




 その後もプログラムは滞りなく進み、いよいよ最終種目は、本日のメインイベント、全学年クラス対抗リレーの決勝です。

 会場の盛り上がりはこれまでの比ではなく、選手が入場すると、場内は割れんばかりの拍手が湧き上がりました。


「中二はどれ?」

「2コース、緑の襷だって」

「おお、いたいた!」「ふたりとも緊張してる~!」


 第一走者がスタートラインに着くと、場内は水を打ったように静まり返り、スターターピストルの号音とともに、セパレートコースを一斉に走り出す選手たちを、全身全霊で応援する人、人、人。

 とはいえ、どうしてもこの時期の体格・体力の差は埋めがたいものがあり、学年順のようにその差が開き始めます。

 特に、生徒会長の広瀬川さん率いる高三チームは、他の追随を許さないとばかり、第二走者にバトンタッチする時点で他を大きく引き離し、我が中二チームは、第三走者の冬翔くんがバトンを受けた時点で5位、トップの高三チームとの差は距離にして10m以上ありました。


 が、ここから奇跡の挽回が始まったのです。


 拮抗する中、何とか二人抜いて、3位でバトンを渡した冬翔くん。その勢いで2位に躍り出ると、トップを走る高三チームとの距離をぐんぐん縮めて行く聖くん。

 高三チームのアンカーは、学業、スポーツともに全校のトップに君臨する広瀬川さん。その彼を脅かす勢いで迫る中学生に、会場の盛り上がりは最高潮に達していました。


 大声援の中、僅差で勝利したのは、高三チーム。


 精根尽き果てたように、グラウンドに転がっている聖くんに歩み寄り、手を差し伸べて立ち上がらせた広瀬川さん。


「やるな、中二!」

「僕の負けです! 先輩、早え~!」

「後5mゴールが先だったら、首位を守りきる自信はなかったかもな」


 そう言ってお互いの健闘を称え、握手と抱擁を交わすふたりのヒーローに、会場から惜しみない拍手が注がれます。

 駆け寄った冬翔くんたちチームメートとも抱き合って喜び合いながら、そのままグラウンドをウイニングランし始め、私たちの正面に来ると、ドヤ顔でガッツポーズ。


「ったく、あのバカ、調子に乗って!」


 そう言った茉莉絵さんも、本当に誇らしげで、


「ま、今日くらいは良いんじゃないですか?」

「聖くんもふうちゃんも、頑張ったよね」

「負けたけど、ホントにカッコ良かったもの! 茉莉絵お姉さまだって、そう思うでしょ?」

「んー、まあ、私の次に、かな?」


 さすがは姉弟です。

 すべてのプログラムが終了し、残念ながらクラス優勝は逃したものの、本年度MVP(体育祭は生徒会主催のため、生徒会役員は対象外)に選ばれた聖くん。

 授賞式では、惜しみなく注がれる拍手に交じり、場内のあちこちから聞こえる女の子たちの黄色い声に、内心、心穏やかではない朋華ちゃん。

 このところ、冬翔くんのこともあり、何だか気持ちが落ち込むことも多く、こんなふうに心から楽しんだのは、久しぶりでした。


「んじゃ、私はおばあちゃんたち送ってくから、お先に」

「ちょっと待てよ! 僕も乗ってくから!」

「てめーは、歩いて帰れ!」


 そう言いながらも、荷物だけは受け取る茉莉絵さん。相変わらず、末っ子には甘々なお姉ちゃんです。

 すっかり姉弟のいがみ合いにも慣れた祖母たちは、


「悪いわね~、茉莉ちゃん」

「行きも帰りも、自動車で送って貰って、本当に助かるわ~」

「いえいえ、ご遠慮なく」

「ひろ子ちゃんにも、よろしく伝えてね」

「え? 母をご存知なんですか?」


 驚いた顔で尋ねる茉莉絵さんに、にこにこしながら答える祖母。


「ええ。小さい頃からね。利発なところは、あなたにそっくりよ」


 祖父母の人間関係の広さには、時々驚くことがありました。

 それほど狭い町ではないのに、どこかで誰かと繋がっているというのは、嬉しいことでもあり、悪いことは出来ないなと思うこともあり。




 茉莉絵さんの車を見送って、私たちも帰路につきました。

 いつものように6人でかたまり、いつものように他愛のない会話をしながら、いつものようにもう少しだけ伝言板前でお喋りしてから解散。

 一見、何の変化もなく感じる日常の中でも、早くなった日没で、駅前商店街の街灯が灯り始め、頬に受ける風も、すっかり秋の気配を漂わせる季節。

 私たちが出逢ってから、5か月が過ぎようとしていました。







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