45話 家族の確執

文字数 2,932文字

 ひとり動揺する朋華ちゃんに、木の実ちゃんが尋ねました。


「けどさ、今このタイミングで告るっていうのも、朋華の気持ち的にはどうなの?」

「そうだよ、何もわざわざコンクールの直前じゃなくても」


 もし、朋華ちゃんが望むような返事ではなかったとしたら、プライドの高い彼女のこと、受けるダメージたるや容易に想像がつく上に、その状態でコンクールに臨まなければならないことを考慮すれば、あまりにリスクが大き過ぎると言えました。

 それでも、朋華ちゃんの決心は固まったようで、私と木の実ちゃんの瞳を交互に見つめながら、自信と不安が入り交じった笑顔で言ったのです。


「ふたりが言いたいことは、分かってる。でも、こんなモヤモヤした気持ちのままコンクールに出たって、どっちみち結果は見えてるもの」

「そっか」「だよね」

「だから、次のジュース・デーで、聖くんに告白する。協力…してくれるわよね?」

「分かった!」「勿論だよ!」


 次回、小夜子さんがお仕事で留守にするのは、文化の日。今日を含めて、三日しかありませんが、親友の一生を左右するかも知れない状況に、私たちに出来ることは何でもする覚悟です。

 かつて、夏輝くんが私に告白したとき同様、当日の段取りなど、三人で綿密に打ち合わせ、後で夏輝くんたちにも詳細を伝え、協力を要請することにしました。


「上手く行くかしら…?」

「そうなるために、全面的にバックアップするよ」

「よろしくね! でも、もしも駄目だったときは、慰めてね!」

「大丈夫!」「私たちに任せなって!」

「ありがとう~! 私、頑張る!」


 一時間ほどして帰宅した小夜子さんは、外出前に比べて数段、いえ、数倍も明るくなった娘の表情に驚き、甚く感謝された私たち。

 車で送るという彼女の申し出を丁寧に辞退し、自宅を後にした私たちは、その足で木の実ちゃんの家に直行し、早速行動を開始したのでした。




 木の実ちゃん宅に到着すると、この日も母、征子さんは仕事で出かけており、玄関を入るや否や、真っ先に北御門家に電話をかけ、夏輝くんに詳細を説明して協力を要請しました。


「そういうわけで、急なんだけど大丈夫かな?」

「勿論、OKだよ! 冬翔には後で僕から説明しておくから、今すぐ聖に、そっちに電話するように伝えるよ」

「お願いね!」

「それじゃ!」


 そう言って電話を切り、間もなくして聖くんから折り返し電話がありました。

 本来なら、こういうことは本人の意思を尊重すべきであり、本人にまで協力を要請するのは、ルール違反だということは、重々承知していました。ですが、今回だけは事情が事情なのです。

 私たちと出逢って半年、ずっと朋華ちゃんを見て来ただけに、聖くんもそのことは理解していて、私たちの無理なお願いを快諾してくれました。


「他ならぬ朋華のためなら、何だって協力するさ」

「悪いわね。後で、ちゃんと埋め合わせはするから」


 あまり多くを伝えるのも良くないということで、大まかな打ち合わせだけして、電話を切りました。

 というのも、聖くんが本心から朋華ちゃんの気持ちを受け入れてくれるのだとしたら、それに越したことはないのですが、そうではない可能性もあります。

 今彼の本心を聞いてしまえば、心の機微に敏感な朋華ちゃんに、私たちの嘘が伝わってしまうといけないと考えて、あえてその情報は知らないままにすることに。

 もし聖くんが不本意だった場合、コンクールが終わってすべて一段落した後、朋華ちゃんが傷つかないように、ふたりの交際を白紙に戻す工作の算段までしていて、『埋め合わせ』にはそういう意味も含んでいました。


「これでよし、っと!」

「後は、当日を待つのみだね」


 恋の魔法に掛かっている朋華ちゃんには、盲目というフィルターで、王子様の気持ちは読み取れないはず。当日、聖くんが上手くやってくれることを信じて、私は帰路につきました。




 電話を切って、一旦、自分の部屋に戻った聖くん。

 勉強デスクに腰かけたものの、すぐに立ち上がり、ベッドに寝転がり、また立ち上がってはデスクにと、まるで動物園の檻の中の熊状態です。

 ここひと月ほどの間に、見知らぬ女の子から告白されたり、ラブレターを渡されたりすることが激増していましたが、まさか身内である朋華ちゃんまでが、自分をそういう対象として見ていたというのは、想定外でした。

 電話口で、木の実ちゃんから『嫌なら後日そう言ってくれれば良い』と言われたものの、正直なところ、自分の気持ちが分からないでいたのです。


~友達以上、恋人未満~


 あるいは、実際に付き合い始めれば、どんどん好きな気持ちが増して行く可能性もあります。丁度、私がそうだったように。

 とはいえ、今一番重要なのは、朋華ちゃんが安心してコンクールに臨める環境を作り出すことであり、この際、自分の気持ちなど二の次、三の次。

 そんな重責を担うことへのプレッシャーを感じつつ、聖くんもまた、色んな悩みを抱えていたのです。その一つが、未だ続いていた母親と祖父の確執でした。




 聖くん自身、出来ればこのまま日本に残りたいと思いながらも、研究開発に携わる仕事に就くことを考えると、祖父の会社以上の条件はなかなかないことも理解出来るのです。

 タイムリミットが迫りつつある中、自分でも決めかねている状況でしたが、そんな折、ドイツの祖父から、ギムナジウムへの編入手続きに関する書類が送付されて来たのです。

 それを見た母、ひろ子さんが激怒。

 こちらの了承も得ず、義父が強制的に手続きに入ったと思い込んだようで、昨晩も家族全員に当り散らして泣き喚き、説明しようにも話し合いにならない状態でした。

 今朝になっても、一言も口を利かず、家事一切を放棄したまま、実家へ行ったらしく、もうすぐ夕食の時間だというのに、まだ帰って来る気配もありません。

 お腹が空いてキッチンへ行くと、姉の茉莉絵さんが、大量のお湯を沸騰させた鍋の前に佇み、インスタントラーメンの袋とにらめっこの真っ最中。


「貸せよ」


 そう言うと、手に持っていたラーメンの袋を取り上げ、ついでに自分の分3袋を取り出して、鍋に投入しました。


「卵は?」

「一個」


 火を止める直前に粉末スープを絡め、姉の分をどんぶりに取り分けると、残りは鍋から食べ始めた聖くん。


「うまっ! あんたさ、ラーメン作らせたら、天才だわ」

「おまえな~、大学生にもなって、ラーメンくらい作れるようになれよな!」


 専業主婦の母親が、家事に関することをすべてやってしまうため、普段からそうしたことを一切教えられていない子供たちにとって、母親の不在は直球で生活に支障を来すことになります。

 母が実家に帰ってしまう度、幾度も作って来たインスタントラーメン。聖くんにとって、唯一作れる料理でもあり、これだけは誰にも負けない自信がありました。

 弟の悪態にも動じることなく、黙々と食べる姉に、


「オカン、何時ごろ帰るって?」

「さあ? 連絡ないから、泊まってくるんじゃね?」

「あ、そ」


 そう言って、大量のラーメンを平らげると、自分たちが食べた食器や鍋を洗い、そのうち帰って来る父親の分のラーメンを準備。

 その後は特に会話をするわけでもなく、ぼんやりとテレビを眺めていました。







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