48話 逆告白の結末は

文字数 2,616文字

 玄関前で、私たちの帰りを待っていた夏輝くん。私たちの姿を見ると、大きく手を振って駆け寄り、


「お帰り~! 急に飛び出したから、心配したんだよ!」

「心配かけて、ごめんなさい…」

「みんな待ってるから、早く中へ入って」


 そう言って、朋華ちゃんを屋内に誘いつつ、私に、次の段取りが整っていることをアイコンタクトで示唆。

 居間に戻るとすぐ、木の実ちゃんが歩み寄り、私とふたりで朋華ちゃんの両脇を挟むようにソファーに腰かけ、暖かい紅茶を飲ませました。

 そうして、彼女が落ち着いたのを見計らい、いよいよリベンジの開始です。


「朋華、ちょっといいかな?」


 そう声を掛けた聖くんに対し、一瞥しただけで、返事もせずに座ったままの朋華ちゃんに、少し寂しげな表情で続けました。


「さっきはごめん。オカンの電話で、家のいざこざのこと考えてて、ちゃんと話を聞いてなかったんだ」

「…」

「でも、朋華に告られて、断ったのには、別の理由があったからなんだ。聞いてくれる?」

「…」

「僕は、朋華に告られたから付き合うんじゃない。僕が朋華を好きだから、僕から朋華に告りたいと思った。だから、笹塚朋華さん!」

「ほら、朋華」「朋ちゃん」


 私と木の実ちゃんに促され、渋々立ち上がった朋華ちゃん。

 聖くんは、ゆっくりと彼女の前に歩み寄ると、その場に(ひざまず)き、そっと手を握って言ったのです。


「初めて会ったときから、ずっと気になっていて、一緒に過ごすうちに、どんどん好きになってしまいました。もう、僕には朋華以外、考えられません。僕と、付き合ってください!」


 完璧でした。

 非の打ちどころのないその美しい顔に見詰められ、繰り出される優しい声で愛を語られれば、朋華ちゃんではなくても、心を鷲掴みにされるというもの。

 その場にいた私や木の実ちゃんだけでなく、夏輝くんや冬翔くんまでもが、まるで自分が告白されているかのように、胸がキュンキュンしたほどでした。

 誰もがこれで一件落着と安堵した、次の瞬間。


「ごめんなさい」

「え…?」「は…?」「嘘…」


 今度は、まさかの朋華ちゃんの『ごめんなさい』に、一同再び唖然。

 中でも、穏やかな表情から一転、そこから先を想定していなかったため、どうして良いのか分からず固まる聖くんが、さっきの朋華ちゃんと重なります。

 その朋華ちゃん、小さく深呼吸をすると、淡々とした口調で言い放ちました。


「それで、私がOKするとでも思った? だとしたら、おめでたいこと」

「朋華…?」

「私の告白を、聖くんは断った。それで十分よ」

「ちょっと待って、それは違うでしょ?」

「そうだよ! 聖は自分から告りたいからって…!」


 必死でフォローしようとするみんなの言葉を遮り、


「私にとって、愛の告白は One Life(ワンライフ), One Chance(ワンチャンス)だから」

「でも、同じ時間軸の中での遣り取りって考えれば、まだ一括りの中じゃない?」

「そうだよ! 朋華だって、聖のこと好きなんだろう?」

「一回くらい、チャンスを上げても…」

「言ったでしょ? もう終わったことよ」

「朋華…」「朋ちゃん…」


 あまりに毅然と言い放つ彼女に、私たちもそれ以上は言えず。


「私、帰る」

「あ、じゃあ私も」「私も」


 気まずい空気の中、帰り支度を始めた私たちに、何か言葉を掛けようとしたものの、何を言っていいのか分からず、黙り込んだまま玄関まで見送る男子たち。

 すると、靴を履き終えた朋華ちゃんが、くるりと聖くんに向き直り、


「私、コンクールに必ず優勝するから。そして、将来、絶対に世界一のピアニストになるわ」

「う、うん…」

「だから!」

「だから…?」


 全員が注目する中、勝気な笑みを浮かべた朋華ちゃん。


「私をふったこと、一生後悔しなさいよね!」


 それだけ言い残し、玄関を出て行きました。

 夏輝くんたちに手で挨拶して、私たちも後に続き、さっきの公園のベンチに腰かけて、少し話をすることに。


「朋ちゃん、ホントにこれで良かったの?」

「そうだよ? 本心じゃないんでしょ?」

「いいの。これで」


 そう言って、瞳に残った涙を指で拭うと、


「何か、ごめんね。私のせいで、雰囲気悪くなっちゃって」

「そんなこと」「全然」

「あー、おかげでスッキリした。これで、心置きなくコンクールに専念できるわね」


 おそらく、朋華ちゃんには分かっていたのでしょう。聖くんの気持ちが、『友達以上、恋人未満』だったことを。

 彼は、考え事をしていて、話の内容を聞き逃したと言い、事実その状態だったことは間違いありません。でも、本当に好きな人の声や言葉は、どんな状況にあっても、ちゃんと聞き分けられるものなのです。朋華ちゃん自身がそうであるように。

 もし、聖くんの逆告白が先だったらなら、何のためらいもなく受け入れたに違いありませんが、恋の魔法が解けた今となっては、一人舞い上がっていた自分が滑稽に見えるだけです。

 彼にあんなことを言ったのも、勿論彼女の本心ではなく、傷ついた自分の心を守るため。

 そしてもう一つ、自分が悪者になることで、これ以上聖くんの心に負担を掛けないように仕向けるための、朋華ちゃんなりの心遣いだったのでしょう。




 翌週、プロへの登竜門と言われるピアノコンクールで、予告通り、優勝を勝ち取った朋華ちゃん。審査員の中には、『末恐ろしい才能』とまで言う人もいたほど。

 それほどまでに、彼女の演奏はずば抜けた異才を放っており、世界的ピアニスト、笹塚小夜子の娘ということも手伝って、メディアは挙って彼女を取り上げました。

 後日、コンクールの様子が放送され、それをテレビで見ていた私。

 椅子に腰かけ、演奏に入る直前、胸の辺りに手を遣る姿がありました。ドレスに隠れて見えませんが、そこにあったのは、ネックレスに付けた3つのチャームでした。




 普段は、トイレに行くのも、教室を移動するのも、必ず一緒じゃないとダメで、私たち三人の中では一番女子感が強い朋華ちゃん。

 ちょっとしたことですぐに泣くし、何かを選ぶにも『どうしよう、どうしよう』となかなか決められない優柔不断で、知らない場所に一人では行けないくらいの怖がりなのに。

 もし、彼女がコンクールで優勝を逃すようなことになっていたら、聖くんは一生自分を責め続けたに違いありません。

 自分が一番大切とする『ピアノ』と『恋』に対して見せた彼女の強さと潔さに、心から尊敬の念を抱くとともに、彼女こそが、真の男前女子なのかも知れないと思うのでした。







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