74話 時は流れ
文字数 2,522文字
ターミナル駅の改札を出るとすぐ、お洒落な店舗が軒を並べるショッピングビルに直結し、趣向を凝らした魅力的なレイアウトにつられ、行き交う人々が足を止めます。
私たちが学生だった頃にはなかったこの高層ビルは、再開発計画の要として十年程前に竣工し、低層階部分には店舗、中層階にはオフィス、そして高層階には都市型のラグジュアリーなホテルが入居しています。
隣接する駅からは、新たに空港と直結する路線が増設され、年末年始やお盆、ゴールデンウィークになると、多くの旅行者や帰省客で賑わうこの町のランドマークとなっていました。
今日ここへ来たのは、お盆に帰国する朋華ちゃんたちに合わせ、みんなで会う約束をしており、帰国組の宿泊先であるこのホテルのロビーで待ち合わせしていたからです。
飛行機が定刻に到着したことはネットで確認していましたが、改札口脇の伝言板に認 められた特徴的なメッセージに目が止まり、みんながロビーに到着していると分かりました。
携帯電話が普及したことで、一度はその役目を終えた伝言板でしたが、テクノロジーの進化に付いて行けないシニア世代や、アナログな物にノスタルジーを覚える根強いファン層がいたのも事実。
というわけで、多くの方々からの要望で、駅のリニューアルに合わせ、伝言板が復活し、従来の実用的な使い方から、昔を偲ぶ書き込みまで、今も様々な方に愛用されていました。
エレベーターで26階のロビーに降り立つと、全面ガラス張りの窓から一望する景色に圧巻され、思わず見入ってしまった私の耳に、懐かしい声が飛び込んで来ました。
「やん、こうめちゃん! お久し振り~!」
「こうちゃん、ご無沙汰~!」
「わぁ~! 朋ちゃんもふうちゃんも、お久し振り~! あ、ついでに木の実ちゃんもお久し振り~!」
「国内に住んでるのに、海外組より会う頻度が少ないっていう」
「それ、あるあるだよね~!」
個別に会うことはあっても、こうして全員が揃うのは本当に久し振りで、テンションが上がります。
私たちを隔てた時間は、それぞれの立場や容姿にも変化をもたらし、年齢的には当時の親世代になったというのに、再会した途端、あの頃の自分たちに戻るのは、幼馴染みマジックなのでしょう。
「ところで、聖くんの姿がないけど?」
「今、子供たちを実家に預けに行ってるわ」
「そっか~! 今日は子供たちに会えないんだ~。残念!」
「ふたりも、すっごく会いたがってたわよ。『にき』と『せるじゅ』に」
「って、私じゃなくて、うちの猫たちか~い!」
「あ、噂をすれば、パパのお戻りだよ」
すぐに私たちに気付き、手を振りながら駆け寄る聖くん。
「おーい! 木の実、冬翔、こうめー! お久~~!!」
「相変わらず、騒々しいヤツ」
「言えてる」「だな」
彼はドイツに渡った後、21歳の時にドイツ国籍を選択し、リヒトホーフェン製薬の創業者の孫として、今も本社で経営と研究開発を手掛けていました。
茉莉絵さんから『絶対禿げる』と脅されていた髪の毛はというと、もともとの体質だったのか、本人が開発し爆発的ヒット商品となった育毛剤の恩恵なのかは不明ですが、今のところ健在です。
そしてあの時、カップリング不成立になった朋華ちゃんと聖くん。異国の地での友情は、いつしか恋愛に変わり、時を経て、ついでに国境と国籍も超えて、5年前にゴールイン。こうして全員が揃うのは、ふたりの結婚式以来です。
ウィーンを拠点に活動する朋華ちゃんのもとに、毎週末ドイツから聖くんが通うスタイルでの結婚生活で、3年前には『カイ』くんと『エマ』ちゃんの男女の双子が誕生し、今も週末婚が続いています。
昔はとんでもなく高額だった国際電話も、今ではインターネットやスマホで無料のテレビ電話が利用出来るようになり、どんなに離れた場所からでも、気兼ねなくお互いの顔を見ながら話すことが可能になりました。
現在の住環境ではペットを飼うことが難しいため、毎回通話の度に話し掛けていた我が家の猫たちに会えるのを、とても楽しみにしていた動物好きな双子たち。
今日はこれから予定があるため、子供たちを聖くんの実家に預けたものの、日本に来たら、真っ先に猫たちと対面出来ると思っていたふたりは、大ブーイングだったようです。
「ふたりとも、ちゃんと聞き分けた?」
「無理。猫がいないと分かった途端、カイは号泣だし、エマは眉間にしわを寄せたままフリーズしてた。『思っとったんと違ーうっ!』みたいな?」
「やっば~! 後でお義母さんに謝らないと…」
「気にすんなって。そもそも、オカンがどうしても連れて来いって言ったんだからさ」
そう、聖くんと結婚したということは、必然的に朋華ちゃんのお姑さんは、あのひろ子さんということになるわけで。
彼女自身、義父との関係で相当ギクシャクしたこともあって、さぞかしお嫁さんに対し理解があるかと思いきや、立場が変われば考え方も変わるらしく、特に孫が生まれてからというものは、孫と関わりたい一心で干渉がエスカレート。
『子育ては日本でしてはどうかしら?』
『一緒に住めば、私が子供たちのお世話をしてあげるのに』
『ウィーンじゃなくても、日本でお仕事したらいいじゃない?』
さすがに仕事のことにまで口出ししたため、聖くんから叱られたひろ子さんでしたが、そんなことくらいではめげていない様子。遠距離のため、そう簡単には会いに来られないことが、せめてもの救いでした。
一方、元祖過干渉だった朋華ちゃんの母、小夜子さんはといいますと、彼女がウィーンの音楽学校へ入学した途端、かつてのストーカーぶりが嘘のように、会いに来ることさえなくなったとのこと。
子育てを卒業してからは、自分の仕事に専念し、今でも年がら年中コンサートで世界を飛び回る生活で、孫たちが生まれてから会ったのは、出産の立ち合いを含めてたったの3回。自他ともに認めるアクティブ不良バァバです。
何とも対照的なふたりの母ですが、たまに会えば、共通の誰かの悪口で盛り上がるのだけは、今も変わりません。
「じゃあ、全員揃ったし、そろそろ行こうか?」
「うん」「そうだね」
そう言うと、エレベーターに乗り、駅に向かいました。
私たちが学生だった頃にはなかったこの高層ビルは、再開発計画の要として十年程前に竣工し、低層階部分には店舗、中層階にはオフィス、そして高層階には都市型のラグジュアリーなホテルが入居しています。
隣接する駅からは、新たに空港と直結する路線が増設され、年末年始やお盆、ゴールデンウィークになると、多くの旅行者や帰省客で賑わうこの町のランドマークとなっていました。
今日ここへ来たのは、お盆に帰国する朋華ちゃんたちに合わせ、みんなで会う約束をしており、帰国組の宿泊先であるこのホテルのロビーで待ち合わせしていたからです。
飛行機が定刻に到着したことはネットで確認していましたが、改札口脇の伝言板に
携帯電話が普及したことで、一度はその役目を終えた伝言板でしたが、テクノロジーの進化に付いて行けないシニア世代や、アナログな物にノスタルジーを覚える根強いファン層がいたのも事実。
というわけで、多くの方々からの要望で、駅のリニューアルに合わせ、伝言板が復活し、従来の実用的な使い方から、昔を偲ぶ書き込みまで、今も様々な方に愛用されていました。
エレベーターで26階のロビーに降り立つと、全面ガラス張りの窓から一望する景色に圧巻され、思わず見入ってしまった私の耳に、懐かしい声が飛び込んで来ました。
「やん、こうめちゃん! お久し振り~!」
「こうちゃん、ご無沙汰~!」
「わぁ~! 朋ちゃんもふうちゃんも、お久し振り~! あ、ついでに木の実ちゃんもお久し振り~!」
「国内に住んでるのに、海外組より会う頻度が少ないっていう」
「それ、あるあるだよね~!」
個別に会うことはあっても、こうして全員が揃うのは本当に久し振りで、テンションが上がります。
私たちを隔てた時間は、それぞれの立場や容姿にも変化をもたらし、年齢的には当時の親世代になったというのに、再会した途端、あの頃の自分たちに戻るのは、幼馴染みマジックなのでしょう。
「ところで、聖くんの姿がないけど?」
「今、子供たちを実家に預けに行ってるわ」
「そっか~! 今日は子供たちに会えないんだ~。残念!」
「ふたりも、すっごく会いたがってたわよ。『にき』と『せるじゅ』に」
「って、私じゃなくて、うちの猫たちか~い!」
「あ、噂をすれば、パパのお戻りだよ」
すぐに私たちに気付き、手を振りながら駆け寄る聖くん。
「おーい! 木の実、冬翔、こうめー! お久~~!!」
「相変わらず、騒々しいヤツ」
「言えてる」「だな」
彼はドイツに渡った後、21歳の時にドイツ国籍を選択し、リヒトホーフェン製薬の創業者の孫として、今も本社で経営と研究開発を手掛けていました。
茉莉絵さんから『絶対禿げる』と脅されていた髪の毛はというと、もともとの体質だったのか、本人が開発し爆発的ヒット商品となった育毛剤の恩恵なのかは不明ですが、今のところ健在です。
そしてあの時、カップリング不成立になった朋華ちゃんと聖くん。異国の地での友情は、いつしか恋愛に変わり、時を経て、ついでに国境と国籍も超えて、5年前にゴールイン。こうして全員が揃うのは、ふたりの結婚式以来です。
ウィーンを拠点に活動する朋華ちゃんのもとに、毎週末ドイツから聖くんが通うスタイルでの結婚生活で、3年前には『カイ』くんと『エマ』ちゃんの男女の双子が誕生し、今も週末婚が続いています。
昔はとんでもなく高額だった国際電話も、今ではインターネットやスマホで無料のテレビ電話が利用出来るようになり、どんなに離れた場所からでも、気兼ねなくお互いの顔を見ながら話すことが可能になりました。
現在の住環境ではペットを飼うことが難しいため、毎回通話の度に話し掛けていた我が家の猫たちに会えるのを、とても楽しみにしていた動物好きな双子たち。
今日はこれから予定があるため、子供たちを聖くんの実家に預けたものの、日本に来たら、真っ先に猫たちと対面出来ると思っていたふたりは、大ブーイングだったようです。
「ふたりとも、ちゃんと聞き分けた?」
「無理。猫がいないと分かった途端、カイは号泣だし、エマは眉間にしわを寄せたままフリーズしてた。『思っとったんと違ーうっ!』みたいな?」
「やっば~! 後でお義母さんに謝らないと…」
「気にすんなって。そもそも、オカンがどうしても連れて来いって言ったんだからさ」
そう、聖くんと結婚したということは、必然的に朋華ちゃんのお姑さんは、あのひろ子さんということになるわけで。
彼女自身、義父との関係で相当ギクシャクしたこともあって、さぞかしお嫁さんに対し理解があるかと思いきや、立場が変われば考え方も変わるらしく、特に孫が生まれてからというものは、孫と関わりたい一心で干渉がエスカレート。
『子育ては日本でしてはどうかしら?』
『一緒に住めば、私が子供たちのお世話をしてあげるのに』
『ウィーンじゃなくても、日本でお仕事したらいいじゃない?』
さすがに仕事のことにまで口出ししたため、聖くんから叱られたひろ子さんでしたが、そんなことくらいではめげていない様子。遠距離のため、そう簡単には会いに来られないことが、せめてもの救いでした。
一方、元祖過干渉だった朋華ちゃんの母、小夜子さんはといいますと、彼女がウィーンの音楽学校へ入学した途端、かつてのストーカーぶりが嘘のように、会いに来ることさえなくなったとのこと。
子育てを卒業してからは、自分の仕事に専念し、今でも年がら年中コンサートで世界を飛び回る生活で、孫たちが生まれてから会ったのは、出産の立ち合いを含めてたったの3回。自他ともに認めるアクティブ不良バァバです。
何とも対照的なふたりの母ですが、たまに会えば、共通の誰かの悪口で盛り上がるのだけは、今も変わりません。
「じゃあ、全員揃ったし、そろそろ行こうか?」
「うん」「そうだね」
そう言うと、エレベーターに乗り、駅に向かいました。