67話 VIPルーム

文字数 2,855文字

「ただいま~! 凄い雪降って来たよ~!」

「おばさん、茉莉ちゃん、お帰り!」「お疲れ様でした!」

「遅くなって、ごめんなさいね~。さっき、こうちゃんの手術、無事に終わりました」

「で、どうですか?」

「大丈夫だそうよ」

「今は病室に移動して、まだ麻酔で眠ってるけど、もう少ししたら目が覚めるだろうって、先生が。それより、どうぞ、中へお入りになってください」

「失礼します」


 茉莉絵さんに促されて玄関に入って来たその男性は、深々と頭を下げると、自己紹介しました。


「私、木の実の父親の楢葉と申します」

「木の実ちゃんのお父様でしたか」

「今、門の所でお会いしたんです」

「伺うのが遅くなりまして、申し訳ございません」


 母親の征子さんと連絡が付かず、警察のほうから父親に連絡が行ったらしく、大急ぎで仕事を切り上げてやって来た次第です。


「あの、娘は…?」

「今、お友達に付き添って、病院にいるんですよ。今から私、向こうへ行きますから、宜しければご一緒に」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

「あ、国枝のおじさん、雪で駅前が大渋滞してたから、迂回したほうかいいですよ」

「積もってた?」

「ううん、まだ。でも、時間の問題かも」

「こりゃ~、急いだ方がいいね。じゃあ、楢葉さん、行きましょうか」

「はい」


 そう言うと、再び降り始めた雪の中を、ふたりは国枝氏の車で病院へ向かったのです。




 次に目が覚めたのは、病室のベッドの上でした。

 とは言っても、そこは普通の病室とは異なり、広々とした部屋には大型のテレビやソファーはもとより、バスルームや小さなキッチンまで設えられ、ベッドに至ってはキングサイズで、ちょっとしたラグジュアリーホテルのようです。


「あ、目を覚ました!」

「こうめ? 分かるか?」

「どこか痛くない?」

「うん、大丈夫…」


 朋華ちゃんがナースコールすると、すぐに当直の先生が診察に来てくださり、異常なしとのことで、ホッとする一同。


「じゃ、僕、こうめが目が覚めたって、電話してくる」

「この部屋、電話も付いてるけど、それ使えるのかな?」

「どうだろ?」


 そう言って、聖くんが受話器を上げようとした丁度そのとき、国枝氏と楢葉さんがやって来ました。

 突然の父親の訪問に、驚く木の実ちゃん。


「お父っつぁん、何でここに…?」

「母さんと連絡が取れなくて、警察からこっちに連絡が入ったんだ」

「そっか…」

「なあ、木の実、あいつはいったいどうなってるんだ? ちゃんとお前のこと、面倒みてるのか?」

「まあまあ、楢葉さん。立ち話も何ですから、ソファーに掛けてお話されては?」

「あ、すみません。それじゃ」


 国枝氏の勧めでソファーに座り、ふたりで話す楢葉父娘。

 こちら側では、矢継ぎ早に国枝氏に質問する聖くん。


「ねえ、おじさん、この部屋、何なんですか? 病院なのに、ホテルみたいですよね?」

「これか? この病院の秘密のVIPルームだよ」

「VIPルーム! どうりで広いはずですね。室内も豪華だし」

「まあ、普通の病室になんか泊まれるか! って輩が使うんだよ。権力を振りかざす偉そうな政治家とか、金に物言わせるいけ好かない社長とか、おぉ、僕か!」

「おじさんも使ったことあるんですか?」

「胃潰瘍になったときと、毎年人間ドックのときにね」

「胃潰瘍…」

「こう見えて、色々気を使ってるんだよ、僕も」


 そう言うと、豪快に笑いかけ、すぐに自粛する国枝氏。


「でも、こんな高い部屋に入院なんかしたら、うちのお母さんが…」

「ここは、おじさんが全部払うから、こうちゃんは何も心配いらない。夕食は、そこにメニュー表があるから、寿司でもステーキでも、みんなそれぞれ好きな物を注文するといい」

「嘘でしょ?」「病院って、出前出来るの??」

「何しろ、特別扱い、何でもありのVIPルームだからな。この部屋に泊まる患者は、やりたい放題、我が儘放題さ」

「金と権力…すげえ…!」


 一方、ソファーで話す楢葉父娘はというと。


「もういい加減、父さんの所へ来たらどうなんだ? いくらおまえがしっかりした娘だと言ったって、まだ中学生なんだぞ? それを、何日も一人で放置しておく母親の気が知れない」

「私なら、大丈夫だよ。むしろ、おっ母さん一人にしとくほうが心配じゃん?」

「だから、子供のおまえがそんなことを…」

「ありがとう、お父っつぁん。もし、本当に何かあったときとか、もう無理って思ったら、その時はちゃんとSOS出すから」

「木の実…」

「我が儘言って、ごめん。でも私、やっぱりおっ母さんと居たい」


 静かに、でもきっぱりと言う木の実ちゃんに、父親もそれ以上は何も言えず。




 そのとき、ドアをノックして、夏輝くんの主治医の保志野先生が入って来ました。兄弟が生まれて間もない頃から関わって来ただけに、今回のことで、彼もまた大きなショックを受けた一人です。

 冬翔くんと目が合うと、まっすぐに彼に歩み寄り、優しく頭を撫で、


「大変だったな。大丈夫か?」

「はい…」


 そう答えた冬翔くんに小さく頷くと、国枝氏たちに言いました。


「遅くなって、申し訳ありません。先ほど、夏輝くんの死亡確認が終わりました」


 私の手術で、何となく気が紛れていたものの、保志野先生の言葉に、再び現実に引き戻される私たち。


「先生、ありがとうございます。お手数をお掛け致しました」

「今から、お会いになりますか?」

「夏輝に会えるの!?」「会わせて下さい!」


 私を車椅子に乗せ、保志野先生に連れられて行ったのは、一階エントランスから診療棟の反対側に続く渡り廊下の先にある『霊安室』。何度もこの病院を訪れている冬翔くんも、初めての場所でした。




 部屋に入ると、中央に置かれた寝台に横たわる夏輝くんの姿。


 無言のままそっと手を合わせ、みんなで彼を取り囲んで覗き込むと、まるで眠っているようにしか見えず、今にも起き出して来るのじゃないかと思うほど。

 でも、そっと頬に触れたとき、その体温の冷たさに、やはりこれは現実なのだと突き付けられた気がしたのです。


「すぐに死亡診断書が出せますが、どうしますか?」

「頂戴します。自宅のほうで、書類関係の準備をしてますので、私は一度戻りますが、楢葉さんはどうされますか?」

「私も、何かお手伝いをと思って参りましたので」

「助かります。では、ご一緒しましょう」

「それじゃ、書類の準備をしますので、こちらへ」

「ねえ先生、僕たち、もう暫くここに居てもいい?」


 死亡診断書を受け取るため、霊安室を出ようとする三人に、そう尋ねた冬翔くん。


「お願いします」

「もう少しだけ、夏輝と一緒に居させてください」

「お願いです」「お願いします」


 全員で懇願する私たちに、保志野先生は優しい笑みを浮かべると、


「手術したばかりの患者がいるんだから、あまり長時間は駄目だぞ」

「ありがとうございます!」

「それと、部屋を出るときは、ドアを閉めること。以上」

「病院の人に、迷惑を掛けないようにするんだよ」

「はい!」「分かりました!」


 そう言うと私たちを残し、三人は霊安室を出て行きました。







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