第12話 合コン

文字数 4,840文字

 昼休みに入り皆が移動を始める。騎士の元にみんなが集まる。
 しかしその日は少し違った。いつも一緒に弁当を食べている早苗が教室を出て行った。席も合わせず、弁当の用意もしないで昼休み中に一人で教室を出ていくなんてことはめったにない。   
 早苗が教室を出ていくと同時に少し教室がざわめいた。
 食って掛かるように騎士の友達も身を乗り出して小声で問いただしてくる。
「おいどういう事なんだよ騎士」「あんなにお似合いなカップルだったのに」「なにかあったのか」
 騎士は一旦皆を落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。
「俺も知らん」
 ノリよくこけたり突っ込んだりしてくれる中、一人の生徒が言った。
「今日は騎士が來未と二人きりで登校してるところ見たぞ」
「じゃぁ、朝のあれって一緒に登校してたんだ」「何か違和感感じてたんだよな」
 その言葉でさらに騎士は注目を集めた。
「たまたま同じタイミングで朝であったからと一緒に登校しただけだよ」
 しかし、その言葉に納得しないものが口をはさむ。
「そーか?もしかしてお前狙ってたりしてね?」
 騎士はその不穏な言葉を笑い声と一緒に吹き消す。
「んなわけあるか」
 豪快な笑い声につられてみんなも同じように笑ったが、小さな囁き声が騎士の耳に届いた。
「でも最近、騎士と早苗距離開いてね?」
 図星だった。何も言い返せない言葉を騎士は笑い声で誤魔化した。



「早苗となんかあった?」
 昼休みいつもの四人で集まってお昼ご飯を食べている中、カンナちゃんがそう切り出した。
 今日はいつもと違って屋上でお弁当を食べている。肌寒くなってきたこの季節にわざわざ外でお昼を食べる人なんていなかった。だからこそ屋上を選んだのかもしれない。
 人に聞かれないための気遣いであることを理解できていた來未だがすべて包み隠さず言える訳ではなかった。
「特に早苗となきかあったわけじゃない。ただ今日は寝坊しちゃっただけ」
「ほらこー言ってるじゃ、生理前だったし。それにここ寒っ」
「せめて中ではなそー冷えるし」
 もねと志津が來未に続いて言う。しかし、カンナは二人に一切見向きもせず來未の目を見据えてもう一度言った。
「ほんと?」
 來未はカンナちゃんの気迫に押され唾を飲んだ。何も言えず黙り込む。勝手に言っていい内容ではないと思ったし、嘘をつきたくはなかった。深く考えたくないと、逃げるように來未はただ沈黙を貫いた。
「戻るよ」
 カンナちゃんは短く言うと校内に戻っていく。もねと志津に続き來未もカンナちゃんの背中を追いながら、ただひたすらに心の中で謝った。
 何も言えなくてごめんなさい。心が弱くてごめんなさい。頼れなくてごめんなさい。信頼できていなくてごめんなさい。不甲斐なくてごめんなさい。

 その日の放課後も早苗は來未に何も言わずに帰っていった。スマホには『ごめん、今日も用事あるからすぐ帰る』と早苗からのメッセージが少し遅れて届く。
 何か考えたって仕方がない。それにどちらにしろ今日は安静にした方がいいと思う。
 胸はモヤモヤし、少し気持ち悪く、頭もいたい。
 大きなため息をこぼした來未は一人どこにもよらず真っ直ぐ家に帰った。




 それから月日が過ぎていき、気が付けば一緒に登校しなくなっていた。早苗から登校は一緒にできないと言われたから。下校は一緒に出来たけど、早苗の用事でその機会も短くなっていった。
 外に遊びに行くにも早苗はお小遣いを貰っていないので、お金がかかるところには行けない。そうすると結局來未の家になる。変わりあえのない環境からかマンネリ化も続き今ではほとんどエッチな行為もしなくなった。
 それに友達付き合いもあった來未はカンナちゃんたち一緒に遊び、ほとんど登下校で一緒になることは無くなった。早苗を好きである気持ちは残っていたけど、もう早苗に付いてあまり考えたくはなかった。いまはもう自然消滅してるかもしれない。それすらも分からない。
「行くよ」
 カンナちゃんの短い言葉にうなずきいつもの四人は駅の待ち合わせ場所に向かう。駅の人込みを抜けると待ち合わせ場所に男子四人組が建っていた。そう合コン。
 合流するとカンナちゃんが一人の男子と話始めた。その二人が今回の合コンの主催者だった。
 話は簡潔にまとまるとさっそく皆で移動した。カラオケに着いた八人は大部屋でただ盛り上がる。ノーアルコールなのにもかかわらず、酔ったように叫びあっていた。このノリから今まで少し離れていたせいか空気になじめない。それでも無理やりに笑って、同じように叫んだ。すべて忘れてしまおうと思って。
 それぞれペアが決まって来たのか一人の男が來未の隣に座る。
「何か好きなグループとか?歌とかあるの?」
「べつに」
 來未のしらけた返事に男は笑顔で続ける。
「え、さっき○○歌ってたじゃん。すきじゃないの?」
 笑いながら聞いてくる男に來未はただ愛想笑いを返した。
「ならおすすめの曲あるから、聞いてってよ」
 そう言って歌を歌い始めた男。
 來未はその歌を聞いて早苗の事を思い出した。あの立ち方、歌い方、歌声、全てが好きだった。ううん今でも好き。無償に聞きたくなる。会いたくなる。
 そんな私が今していることは合コンだった。別に浮気をしているつもりはなかった、単なる数合わせで。単なる遊び。きっとお相手もそれは同じ。
 でも大好きな早苗と付き合えているにもかかわらずこの場にわたしは何なんだろう。
「どうだった?」
 思い耽っていると歌い終わった男が聞いてくる。來未は小さく拍手をしながら「うまいじゃん」と言って笑った。
 満足そうにしている男は來未の隣に座るとさっきよりも体を寄せ、肩に腕を伸ばしてくる。
 少し前の私、早苗と付き合う前の私はこんな空気になれていたんだと改めて思う。でも今は違った。くっついてくる男にあまり乗る気がおきない。
 他の子たちにに目を向ければ順調に進んでいる様だった。特にもねが一番順調みたい。
 体を触ってくる男に「ここカラオケよ。それはあとで」とまんざらでもない感じが表情や態度からも受け取れる。
 それから少ししてカンナが席を立った。
「トイレ」
 ストレートなその言葉に続き、もねと志津、來未は一緒にトイレに向かう。
「今回私当たりかも、いい感じ」
 第一声にもねが言う。それに鏡を覗き込み髪型やメイクを確認しながら來未が続ける。
「いい感じだったしね」
「夜コース行く?」
 志津がアイシャドウを掻きながら聞いた。
「もち」
 もねは気分よさそうにグットマークをして見せる。すると、奥の扉からトイレを済ませたカンナちゃんが姿を現し同じように鏡でメイクを整え始めた。
「志津は?」
 カンナちゃんの言葉に顔の前で手を振りながら志津は答えた。
「今回はパスで、あーでもカンナと來未はやるー?」
「あいつとはセフレだし、たぶんやる」
 私も悩んでいるとせかすように志津が聞いてくる。
「くみちーは?」
「なんかたまってんでしょ、パーってやっちゃいなよ」
 來未の代わりにもねが答えた。志津は腕を組んで悩みながら回答を絞り出す。
「あっちから誘われたらにするかなー」
「わたしもそれから考えるよ」
 來未が答えると同時にカンナちゃんは縫っていた口紅をもねに返し移動を始めた。
「戻どるよ」
 その言葉にみんなも黙ってついて行く。一番後ろからついていっている來未は皆の背中を見つめながら一人考えていた。そのせいで歩くスピードが遅くなってるのかもしれない。
 本当はもっと考えることがあるのにもかかわらず、來未は乗る気のあるあの男とするかしないかばかり考えていた。

 カラオケが終わり店から出ると外はもう薄暗くなっていた。
 すでにできていたもねに続き、カンナちゃんも二人きりで歩いて行く。
「じゃー私も行くから」
 志津も來未に一言言うと悩んでいた男と一緒に街の中に消えていった。
「皆行っちゃったね」
「うん」
「じゃあ俺たちも行こっか」
 もじもじしている來未の手をその男は掴み引っ張っていく。
 私はこうやってまた流されるんだ。ずっと変わっていない。こんな私だから早苗にも言えず、誰にも何も言えない。考えもしないで逃げるだけ。
 ホテルの目の前に着いた。この先に踏み込んだらもう後戻りはできない。
 変に緊張して手汗がにじむ。ほんとにいいのか、後悔しないのか。
建物の中に入り込み、受付で開いている部屋を確認する。
怖いな、嫌だな、不安だな。気持ちきりかえれるのかな。部屋空いてないといいな。
そんな気持ちが來未の進む足止めた。
そう、はじめから答えは出てる。行きたくない。逃げてるのは自分に対しての責任。全部人任せにすれば自分を責めなくていい。相手に責任を擦り付けられる。だけど、そんな自分の行動が今の状況を作り出してる。あの時、あの小学生の時から何も変わっていない。保身のために簡単に人を切り捨てる。変わると言って変わり切れてない。あの時の自分との約束を守れていない。
あの時、早苗に告白した時の緊張に比べたらこんな物たいしたことないから。
來未は強くこぶしを握り締める。それでも思いとは対照的に口を強く噤んでいた。
今のままではだめ、逃げてはだめ、変わらないとだめだと分かっている來未は自分の心にさらに強く言い聞かせた。
変わって……変わって……変わって……変わって。
何度念じても自分の素直な気持ちが出てくれない。
「どうしたの?大丈夫?」
 男は心配そうに俯いて手を握り締めている來未に声をかける。でもその声は來未に届いてはいない。男は心配そうに來未の肩へと手を伸ばした。
変わってって……誰にお願いしてるのよ。私ってほんとバカ、自分自身の問題でしょ。
勇気を出せ!踏み出せ!変わるんだ!
 伸ばされた男の手首を掴み顔を上げた。
「やめて、私帰るから」
 固まっている男に來未は背を向け歩き出した。
「おい、ちょっと。何だよいきなり」
 戸惑っている様子で追いかけてくる男に來未は立ち止まり振り返る。そして優しい口調で続けた。
「ごめんなさい。そういうことは出来ない、私好きな人がいる恋人がいるの、あくまで数合わせだったんだ。ごめんなさい」
 來未は周りにたくさんの歩行者いるにもかかわらず堂々と深く頭を下げた。
 あたふたと戸惑っている男と深く頭を下げている來未にたくさんの目線が集まる。でも、今は不思議と恐くなかった。どこか清々しくて、胸のうちのモヤモヤが張れたみたいに心地がいい。
「い、いや、別に怒ってないし、謝んなくていいよ」
 顔を上げた來未は満面の笑みで笑った。
「ありがとう、じゃあね!」
 來未は走ってその場から離れる。その足取りはとても軽かった。
「來未変わった」
「あーそれね、自分で選ぶようになったし」
「ほんとそれー、吹っ切れたんだ」
 カンナちゃん、もね、志津の言葉にスマホをいじりながら答える來未。その声はどこかいつもよりも明るかった。
「そーね、楽になった」
「えーやっぱなんかあったんじゃ」
「何あったの気になるでしょ、早苗とは相変わらず一緒に登校してにいけど」
「まーいろいろと」
 來未の言葉にカンナちゃんが笑って返してくれる。
「よかったな」

 とある高校の教室。夕日の指し込むその教室で二人の男子生徒だけが残っていた。お互いスマホをいじりながらくだらない会話をする。
「ナオミ~」
「なんだよ、蓮(れん)」
 蓮はナオミのスマホを覗き込みながら言う。対するナオミは見られているスマホ画面を隠す様子もない。
「ああその子前の合コンにいたこだよな、お前が相手した」
 ナオミは來未のアカウントを開き、投稿された写真やメッセージをまじまじと見ている様だ。
「彼氏持ちで逃げられたんだろ?」
 蓮の言葉に無言を貫くナオミ。長年の付き合いからその態度を知っている。
 ナオミからでる嫌な雰囲気にいてもたっても入れれず勢いよく席を立った蓮が止めようと声をかけた。
「まさか、彼女を狙うつもりか?」
「ああ」
 不気味な笑みを浮かべるナオミにはもう蓮の言葉など届かない。
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