第10話 

文字数 1,868文字

「おい早苗。最近のお前らちょっと変じゃね?」
 顔を覗き込むように聞いてくる騎士を早苗は遠ざける。
「近づくな、暑苦しい」
 気持ちとは裏腹に作り笑いを浮かべる。
「なんか最近來未の様子おかしくね?」
「そう?」
「そお?ってお前彼氏だろ。明らかに一人でいる機会増えただろ、それにカンナたちといてもどこか会話は入れてない感じだし」
「そうかな?」
「彼氏ならそこらへん配慮しないとダメだろ。気が付かないとダメだろ」
「ここ最近ずっと一緒にいるからそう言うの鈍くなるんだよ」
「いや逆じゃね?普通鋭く難ね?」
 その言葉に早苗は息がつまりそうになった。ありえないありえないありえない。B区が普通じゃない?そんなはずがない。それもよりによって一番普通じゃないやつに。ありえないありえない。普通じゃないやつの普通は普通じゃない。僕は普通だ普通だ。
 そう言い聞かせるように騎士の言葉を否定する。全身から湧き上がる寒気が騎士の言葉を否定する。
「こっちの関係に入ってくんなよ」
 早苗が静かにどすのきいた声で騎士を威嚇する。
 騎士は苦笑いしながら大きく両手を振り否定する。
「なになに。俺が來未を取ろうとしてるって勘違いしてるのか?冗談きついぜ」
 そう言ってそれ以降、会話が続くことは無かった。
 今の状況が普通じゃないのか。ならばどうすれば普通の行動になるのか。ここ最近の行動を考えてみる。
 そこで早苗は一つの答えを導き出した。いくら付き合っているからと言って毎日のように一緒に帰る、遊ぶのはおかしいのではないだろうか。



「あれ?來未一人か?早苗は?」
 來未が一人で寂しそうに帰る用意をしている。その動きは明らかに遅く何か思いこんでいる様子だった。
「何か予定あるみたいで先に帰っちゃった」
 大切にしろと伝えた矢先に早苗は來未を置き去りにして帰った。その事実に騎士は少しの怒りを覚える。でもそれを表に出すことは無い。
 なぜなら騎士はあくまで部外者だから。早苗が最後にはなった言葉が深く胸に残った。
「カンナたちとは一緒に遊ばないのか?」
「もう三人で行っちゃったし……それに」

「うん」
 騎士は來未に寄り添うように静かにうなずいた。來未は下を向いたまま、その優しさにまた甘えたいと思った。
 いつもの騎士だったら決まって言う。「なにかあったのか?話聞くぞ」って。
 しかし、騎士は黙ったまま何も言わない。
 來未は驚いて顔を上げると騎士は優しく笑うだけでその口が開くことは無かった。その騎士の行動が。無言のこの間が嫌でも來未の行動を、意識を思い返させる。
 ああ、わたしはまた相手の言葉を待っている。どうすればいいのか待っている。騎士の答えを待っている。
 早苗は今日は明らかに一人にしてほしい気分だったし聞いて欲しくないようにしてたのが分かった。いつも一緒にいたから、どんな内容で言葉を濁すのか、話を逸らすのかなんとなく態度を見ればわかってきた。それに、早苗の両親が來未の事をあまり良くないと思っているのは家族であれば、ひしひしと感じているうと思う。
 だからといって、カンナちゃんたちと一緒に遊んだら、まさしく早苗の両親に良いイメージは与えない。それに、私の性格状カンナちゃんたちと一緒に遊んでいたらまた夜遅くまで遊んでしまうと思う。
 言い寄られたら断れずにいけないことまでしてしまうと思う。
 その考えを頭から無理やり振り払う。
「うん、なんでもない。また明日」
 來未は強引に荷物をカバンにつめ、教室から駆け出した。本当の自分自身から逃げるように、背を向けるように。

騎士はいつもの様にスタジオに行く。
そして部屋を借り、たった一人寂しい部屋で静かに音を鳴らした。
早苗と來未が付き合い始めた時、あの遊園地の時、確かに三人の仲は昔のように温かかった。あの頃の三人に戻れるような気がした。
でも今の結果はまるで違った。それぞれが大人になったからなのか、理由間はったく分からない。
でもどうすればいいかわからなかった。あの頃と違い相手の気持ちを想像することができる、どうしたら相手を傷つけるのか、傷ついているのか、何となくわかるようになった。見えないものが見えるようになってきたんだ。
「見えなかったものが見えるようにか」
 深いため息と同時に言葉を漏らす。
 騎士の指は自然と止まり、アコギの奏でる音も消える。防音室のすべてを吸い取るような無音が騎士の夢を吸い取るように、気力を吸い取っていく。
 動かなくなった指を見つめる騎士の瞳は薄暗く気力もない。
「もう……無理なのか」
 その弱々しい声は誰にも届くことは無い。
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