第6話 カラオケ

文字数 2,917文字

 いつも通りの朝を迎える早苗。
 ベットから起き上がるとまずカーテンを開ける。その次に昨日の夜に準備した学校のカバンの中身を確認する。
 確認を終えると自分の部屋を出てリビングに向かう。
 四人用の木のテーブルに四つの椅子。
 そこに座っているのは新聞を読んでいる父親だった。その隣に丁度朝食を運んできた母親が座る。
「お父さん、お母さん。おはよう」
 ハッキリとした声で挨拶をすると納得するように父親がうなづく。
「ああ、おはよう」
「早苗、おはよう」
 母親の言葉に無言でうなづいてから父親の向かいの席に早苗は座る。
 すると父親も読んでいた新聞を畳み隅に置く。
「いただきます」
 三人揃って手を合わせ静かに食事を始める。
 テレビからニュースの音声が寂しく流れるだけで、その空間はとても静かだった。
 それからは、食べ終わった人から手を合わせ『ごちそうさま』と言い台所まで食べ終わった食事を持っていく。
 父親はそのまま仕事に行き、専業主婦の母親は食器を洗い始める。
 僕は身支度を済ませてから大きな声で挨拶して家を出る。
 これが目にとって何ら変わりのない日常で普通の事だった。
 それでもこの日常にちょっとした変化が訪れた。
 玄関のドア御あけると同じように來未が丁度家から出てくる。お互いに挨拶をして一緒に学校に向かった。
 來未から自然と手を握ってくる。早苗は嫌がることもなくしかりとその手を掴み直す。
 いつも一人で歩いていたこの道。今は隣に來未がいる。
いつも一人でどこか寂しくいる早苗。その冷たくなっていた早苗の手を、來未の温かい手が優しく温めた。



 一緒に教室に入ってからしばらく早苗と來未は楽しそうに会話をしていた。
 するとカンナたちが学校に着く。それを見た來未が小さく早苗に手を振って友達の元に歩いてく。
 この機を逃すまいと、同じクラスの男子たちが一斉に早苗の元に集まった。
「おいおいおい、どういう事なんだよアレ」
「お前らが一緒に登校するなんてな」
「まさか付き合ったのか?」
「何で隠してたんだよ」
「まじか、騎士の方だと思ったんだけどなー」
「隠してるなんて世知辛いなー」
 思い思いの事を勝手に言い合い話は勝手に盛り上がっていく。
「「「詳しく頼む」」」
 みんなが揃って雲の顔を覗き込む。
 苦笑いする來未は簡単には話始めた。
 昼休みに入り、いつもの様に皆で弁当を食べる。
 すると一人の男が騎士に言った。
「ドンマイだったな騎士」
「え?」
 騎士の反応を無視してまた他の男子生徒が続ける。
「俺がなぐさめたる」
「何の話だ?」
 騎士は完全に戸惑っている。状況が理解できないでいた。しかし、他の生徒が畳みかけるように話を勝手に進めていく。
「いいよ。今日はパーッと歌おう」
「おいちょっと待て」
 こうなったらもう誰も騎士の言葉を聞く者はいない。
「俺も行く!」
「カラオケいいなー」
「早く授業終わんねーかなー」
「俺部活休むわ」
「俺もさぼるわー」
「俺も俺もー」
「俺さぼるなんて言って無くね?休むって……」
「一緒一緒」
 置いて行かれる騎士が早苗の耳元に声をかける。
「これどういうことだ?」
 早苗は咄嗟に騎士の口元から耳を離す。心臓が跳ね上がり息が上がりそうになる。驚いたというよりも何よりも気持ち悪かった。それでも今のこの反応は普通ではない。普通ではない。普通にならないと普通にならないと。早くなる心拍数を、早くなる脈を落ち着かせた。
必死に動揺を悟られないように冷静な態度を装い説明を始める。
一瞬、騎士は訝しい目で來未を見つめたが話の本題に入るといつも通りの表情に戻る。

全ての授業が終わり教室が騒がしくなる。その中でも嫌いな奴の声がより一層目立って耳に届く。
「おい、聞いてただろ?……お前らただカラオケ行きたいだけだろ!まあいいけどさ」
 騎士の声はほかの男子生徒の声と一緒に廊下へと消えていった。するともう一人の聞きなれた声が聞こえる。
「ごめん、待った?」
 帰りの準備を済ませた來未が目の前に立ちはだかった。
「ん、大丈夫だよ」
「よかった」
「じゃあ行こうか」
 早苗が手を差し出しながら言う。來未はうなづいてからその手をつないで一緒に教室を出た。

「カラオケ行きたかったんだよね」
「うん」
 來未の質問に早苗がうなづく。
「同じカラオケ店じゃないといいね、少し恥ずかしいし」
「そうだね」
 パッと見同じクラスの男子生徒はいなかった。
 受付を終え指定された個室へと二人で移動する。
「電機は……つけたかったら着けていいよ。それに先……は、僕が入れた方がいいよね」
「ごめん」
「いいよ」
 早苗がタッチパネルで私の知らない曲の伴奏が始まる。上着を脱いで腕をまくると立ち上がりマイクを持つ。どこか様になっていてかっこいい。
 早苗が騎士と同じように歌が大好きで歌うことが大好きなのは知っていた。でも、最後に歌を聞いたのは十年前。それも声変わりする前。
 今はどんな歌が好きでどんな歌を歌うのか、そしてどんな歌声なのか全く知らなかった。
 來未は早苗の事をしらない。早苗は自分の事をあまり話さないタイプだった。でも、それは來未も同じ。自分の思っていることを何も言わない、そもそも自分の意志があまりない。いつも誰かの選択を待っている相手に合わせている。
 伴奏が少し長いなと感じた來未は自分がまだ曲を入れていないことに思い出す。パネルをタップして適当な曲を入れる。
 丁度その時、早苗が歌い始めた。
 胸元に手を当て感情的に歌う早苗。その声はとてもきれいで美しかった。
「かっこいい……」
 思わず漏らした言葉をすくい上げるように口元を両手で隠す。
 すごく胸を締め付けられるような歌い方、そしてあまりにもきれいな歌声。プロを目指しているのかと思えるほどだった。全く知らない早苗が來未の視界に映っていた。
 そしてサビに入った時に聞き覚えのあるメロディー息を飲んだ。この曲はいつも騎士がアコギで引いていた曲。
 來未を良く分からない感情が涙として溢れ出した。多分心の底から感動したんだと思う。
 曲が終わり、椅子にしわっている來未の目元が赤くなっていることに驚く早苗。
 心配して來未に駆け寄り上から覗き込むように顔を近づけた。部屋が暗くてよく見えなかった。
 そこで來未が顔を真っ赤にしているのに早苗が気が付いた。つられるように早苗の顔も赤くなる。
 お互いの顔の距離は十センチも離れてはいない。生暖かい鼻息がお互いの肌に当たり、更に体温が上がる。
 自然とゆっくりお互いの顔が近づいていく。來未も早苗も理解していても顔を逸らすことは無かった。
 鼻と鼻が触れるほど近づいた時、來未が目をつむって口を上に向ける。
 早苗は來未とのキスに緊張して自分の胸元に手を当て落ち着かせようとする。それでも跳ね上がる鼓動を抑えることは出来なかった。
 來未の閉じている眼をピクピクさせ、緊張していることが伝わってくる。
 変な汗をかいていることを感じる早苗は右手に握りこぶしを作りゆっくりと口を近付ける。
 またお互いの鼻息で目の前にいることが分かりお互いの脈が更に跳ね上がった。
 そして、ゆっくりとピンクで柔らかそうな來未の唇へ早苗の温かい唇が伸ばされていく。
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