第14話 來未の告白

文字数 4,892文字

「切れた」
 そう來未がつぶやいた。チェキ用の紙が切れてしまったらしい。
「たくさん撮ったからね」
 周りにいる女子校生のお客さんに紙が切れてしまったことを伝えていると來未が早苗に言う。
「もどろ」
「うん」
 すると丁度そこに学校の中でも目立つ騎士がやってくる。他の学校の生徒たちやお客さんたちの目線が騎士に注がれる。
「おーい!きれたろ?持ってきた」
 ただでさえ目立つ用紙なのにもかかわらず、豪快な声にさらに回りの注目を集め、その目線は早苗や來未にも移った。
「ああ、ありがとー」
「ありがとう」
 來未と早苗が返事を返すと、歯を見せて笑ってから続ける。
「せっかくだから撮ってやるよ!待ってる人もいるみたいだから、さっさと撮るぞー」
 その言葉を聞いて來未が早苗の腕に抱きつき体を寄せる。フ~などと陽気な口笛や、女子のきゃーという声がその場をさらに盛り上げた。
「さあ、皆さんこのふたりが学校一のお似合いカップルですよー」
 その場のノリに合わせて騎士が声を上げるとギャラリーはさらに盛り上がる。
「はい、チーズ」
 その言葉と同時に來未は早苗の頬にキスをした。まるでファンサービスのような行動に周りはさらに盛り上がった。
「これ、宣伝用に使っていいか?」
「いいよ、集客よろしくね」
 それから騎士は直ぐに振り返りお客さんたちを取り始めた。
 廊下を歩けば早苗と來未は注目をあびる。文化祭が終わればこの嫌な目線からもおさらばできると思うがめんどくさい。うっとうしい。うざい。
 なによるもこの状況化の僕の立ち位置が普通ではないのが心底気持ち悪かった。だが不自然な態度を取っていればそれは更に普通ではない。
 なるべく普通に戻すため―もっと普通ではない状態にならないために、自然なふるまいをしなければならない。嫌そうにしてはいけない、この気持ちを気取られてはいけない。
「疲れたね」
 突然放たれ來未の言葉に早苗の心臓がきゅっと縮こまる。
「そこのベンチで少しする?」
 早苗は意識を逸らすため、すぐ席を指さしそちらへ歩き始めた。席の椅子を引いて、來未に座るよう手招きしてから早苗も座る。
「あ……ありがと」
 席に座っている早苗に戸惑いの目でお礼をする來未はゆっくりと腰を下ろした。
「別にいいよ」
「あー、座れたー」
 すぐにいつもの調子に戻る來未は手足を伸ばして伸びをする。
「意外と体力持ってかれたもんね、特にチェキ撮影」
「ほんとそれ、でも私たちのおかげで大反響ね」
 早苗は頷き周りをぼーっと見つめる。校舎外に出てからはほとんど目線を向けられなった。宣伝用のアイテムや來未の声かけが無かったから当たり前だが一安心する。
 しかし、そう簡単に気持ちを休ませてはくれなかった。
「これで早苗のお父さんお母さんにも私たちのお似合い具合、見せつけられたんじゃない?」
「……そんなこと考えてたんだ」
「少しだけね。それと今こんなこと言うのあれかもしれないけど、先延ばしにするのも良くないと思うから伝えとく」
「うん」
「この前遊んで夜に帰ってた時、早苗の部屋の窓が開いてて両親が怒鳴ってる声聞こえちゃって、気になって聞いちゃったんだよね」
「……」
「具体的には期末テストがあまり良くなかったってお父さんが怒ってるのとお母さんが私なんかと付き合うなって感じの事」
「ごめん」
「ああ、違う違う。あやまってほしいわけじゃない。ていうか期末テスト私赤点ギリギリだったし、早苗の方が普通によかったじゃん」
「普通?」
「え?う、うん。それに私普通じゃないって思われてるの自覚あるし……。っていうか、どちらかというと盗み聞ぎしてた私の方が悪いし」
「そんなことないよ」
「ありがとう。じゃあ一度はっきり言い合うってことで、言い出しっぺの私から言うね」
「わかった」
 來未は言葉を探るように言い始めた。
「私昔っから人よりも自分の意志がなくてね、それも親がいっぱい甘やかせてくれたんだ。今もだけどね」
 來未は笑って言ったが、その目は笑っていなかった。どこか、虚ろで悲しそうにしている。だが、早苗にはその虚ろな目になる理由が分からなかった。自分の両親が厳しいからか羨ましくも感じる。
「だけど、それとは対照的にずっと厳しくされてたお姉ちゃんがいたの。知らなかったでしょ」
「お姉ちゃん?」
 その言葉に驚きを隠せず思わず聞き返してしまった。幼馴染であるにも限らず姉がいるなんてよそうにもしていない。そもそも、そんな話聞いたことすらなかった。
 なぜ隠してたのかすぐに聞きたかったけど、それもすぐに答えてくれるはずだ。
「そう。九年離れたお姉ちゃんがいたの。何でか分からないけどお姉ちゃんはお父さんとお母さんから蔑ろにされてた、知らわれてたの。だけど、私だけはすっごい可愛がられてた。お姉ちゃんの誕生日は祝われないことが当たり前で、私の誕生日は盛大に祝われる。でも、お姉ちゃんは私を嫌わなかった。いつも優しくしてくれた。だから私はお姉ちゃんが大好きだった。でも、私っていつでも強い方に流されるから、お姉ちゃんの味方にはなれなかったの。お姉ちゃんに厳しくするお父さんとお母さんがあの時は怖くて反抗できなかった。それに、私には優しかったから嫌いになれなかった。それで、お父さんお母さんの前ではわたしもお姉ちゃんをいじめたんだ。最低だよね」
「最低なのは來未じゃないよ」
 何も知らなかった早苗はそんな慰めの言葉しか思いつかなかった。本当に何も知らなかったんだ。
「で、早苗が転校して少し経ったあと、丁度高校を卒業したお姉ちゃんは家を出ってったの」
「お姉ちゃんは今は?」
「……知らなんだ。その後の事は何も」
「そっか」
「だから私は身を守るようにその場の空気に合わせてる。で、今もこんな感じ」
 染めて巻かれた紙を掴み、自分の事を小ばかにするように笑った。
「じゃあカンナたちとも?」
「うん。そう。」
 ため息混じりにそう呟いた。
「本当に呆れちゃうよね。別にこんなギャルっぽくなろうと思ったわけじゃない。ただ場のノリに流されただけ。その結果、何となく察してると思うけど、いろんな人と寝た。……あ、カンナちゃんたちと別に仲が悪いわけじゃないし、無理してるわけじゃないから大丈夫。それに、この事は騎士もしらないよ」
「そうなんだ、以外だね」
「だから、自分の意志でほとんど動けない。人な直ぐ流される。そんな普通な女なの……世の中に出たら何の個性も特徴もない、良くも悪くも普通。だから、最近変わろう正直になろうって。変わらないとって思ってね。優しくしてくれたお姉ちゃんが家を出る前に最後に言った『ありのままでいいんだよ』って言う言葉にそうために」
「普通でいいじゃん」
 どんな過程があっても普通であることがいけない理由にはならい。自分の存在を否定されたきがした早苗は、鋭い目つきでそう言い切った。
「え、まあ、普通かどうかは正直良く分からないから、そんなに気にしてないけど……。自分の今までの行動を考え直してるってだけ」
 少し戸惑う來未は言葉を言い換えた。そんな会話をしてる間に、お昼が近づいてくる。
「何かお昼食べよっか、なんでもいい?早苗は」
「うん」
「じゃあ買ってくるね」
 そう言って席を立つ來未を早苗は急いで呼び止める。
「それなら僕も行くよ?」
「いいよ、どっちか残らないと席取られちゃうよ」
「なら僕がいくよ、普通こういうのは男の僕がいくものでしょ?」
「いいの、今頃こんなことに普通も何もないし、それに、勝手に話付き合わせちゃってるお礼ってことで」
 來未は背を向けると手の甲を小さく早苗に向けて振りながら人込みの中に紛れていく。

「ああ~緊張した」
 來未は屋台へ向かいながら大きく心の声を吐き出す。自分の手を見れば小刻みに震えている。今頃緊張が押し寄せて来ていた。そんな自分がどこか可笑しくくすっと笑ってしまう。そして、笑いが引いてから意識しないようにしていた小さな不安をこぼした。
「嫌われれないといいなー」
「何が?」
 後ろから突然と聞こえた言葉に驚き小さな悲鳴を上げてしまう。振り返るとそこにはこの前の合コンにいた男の人がいた。
「まさかこんな所で会えるなんて、運命みたいですね」
「何でここに?」
「文化祭やってるからに決まってるじゃないですか、それと、來未ちゃんに会いに来たんですよ」
「ごめんなさい、私用事あるので」
「お昼る買うんでしょ、僕もちょうどそうしようどそうしようと思ってたんですよー」
 少し不気味に感じる來未は速足で焼きそばの文字が書かれた屋台に並ぶ。すると、その男、確か名前はナオミが一緒に並んでくる。
「何で知ってるの?何でついてくるの?」
「ただの予想。だって昼時だし、こっち側にある屋台は全部食べ物しかないから」
 列に並び少しするとすぐに來未の番が回ってきた。
「二つです」
「はーい、彼氏さんですか?お似合いでかっこいいですね」
 その言葉に來未は驚いた。後ろに並んでいたナオミが何も頼まずに一緒に会計に進んでいた。急いで、否定しようとすると以外にも口をはさんだのはナオミだった。
「違いますよ、ただの友達です」
 友達というのにも少し引っかかったけど、何も言わなかった。
「す、すみません。会計は千円になります」
「いえいえ、お気になさらず」
 ナオミが答えると來未よりも先にお金を渡す。どういうことか戸惑っていると。ナオミは受け取った焼きそばを持って移動する。
「ほらここに立ち止まってたら迷惑だから」
「う、うん」
「ほんとは友達が来るはずだったのに休養でこれなくなってさ、それで見かけた顔があったから思わず声かけちゃったわけ。あとお昼どこか分かんなくてさ、聞こうと思ってたんだけど、何か緊張してたから落ち着かせようと思ってからかっちゃった。でも、結構迷惑かけちゃってたみたいだからわびの記しに驕る」
「いや、気持ちが分かったので大丈夫、お金は返すから」
「いいよ、振られた男に少しはかっこいい所見させてくれよ」
 ナオミはそう言ってさわやかな笑みを浮かべる。
「それにチェキみたよ、來未ちゃんの彼氏すんげー素敵じゃん。めっちゃ似合ってた、幸せにね」
「あ、ありがとう」
 変に勘ぐっていたみたいだったんだと思った來未は少し申し訳ない気持ちを抱きながらも、人文に向けられていた行為にお礼を伝えた。
 少し開けた場所に出た焼きそばを持ったままその場から動かないかないナオミ。少し困惑していると口を開いた。
「お願い、最後に顔良く見せてくれる?」
「うん、それぐらいなら」
 來未が了承するとナオミは腰を落とし、顔を少し近づけてまじまじと顔を見つめてくる。
 ただずっと見つめられているこの状況。周りの人も少し足を止めその場が少しざわつく。。皆に見られ恥ずかしくかしくなり始めた所で顔を遠ざけたナオミは、相変わらずさわやかな笑顔で答える。
「ほんとにありがとう。じゃあ、これ。それと、この前の合コンの時落してってたハンカチ」
 焼きそばのプラのケースの上に綺麗にたたまれたお気に入りのハンカチを置いてくれる。それは最近なくしていたお姉ちゃんからのプレゼントされていたハンカチだった。
 みつかってよかった、届けてくれてよかった。心から感謝を込めて言葉にする。
「ありがとう」
「うん、いいよ。じゃあね」
 ナオミは來未から遠ざかりながら別れの言葉を口にする。その言葉の続きを嫌な笑みを浮かべながら誰にも聞こえない小さな声で言う。
「また近いうちに」

「來未って子しっかりしてたじゃないか、あの写真見ただろ」
「ええそうね」
 早苗のお父さんとお母さんはお昼時のため、屋台に向かいながらそう会話していた。そこで、突然、早苗のお母さんが立ち止まる。そして一点をただ見つめていた。お父さんも釣られてその場を向く。
 二人の視界に映ったのは、來未の後ろ姿。そして、少しチャラめの男が顔をとかづけている。そして、周りの人が空間を開け注目している姿だった。
 顔を離したチャラめの男に、顔を赤らせて笑い何かを受け取る來未の姿だった。
「帰るわ」
「……ああ」
 早苗のお母さんの言葉にお父さんも頷いた。
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