第24話 花影に染まる

文字数 2,211文字

 少し離れた場所で荒井さんは立ち止まり木下はその隣に静かに並ぶ。おもむろにパスタを口に運ぶ二人。
 先に静寂を破ったのは荒井さんだった。
「ほんとだ、美味し―」
 相槌を打つことしかできない木下に荒井さんは続けた。
「そういえば、私の事は來未でいいよ。上で呼ばれ慣れてないから違和感ある」
「ご、ごめん。……來未」
「そ!所で木下の下の名前は?」
「博人(ひろと)」
「じゃあ改めてよろしくね、博人」
 博人は静かに相槌だけを打ち言葉は返さなかった。
 名前を呼ぶなんて、しかも本人の前で。恥ずかしさで口が動かない。
 そんな博人をよそに來未は何か思いつめた様子で口を開く。
「まあ、いいや。ねえ、せっかくの修学旅行でこんなこと言うのちょっとあれなんだけど、相談って言うか、話聞いてくれる?」
「うん」
 博人は頷きながら言葉を返した。さっきの失敗を繰り返さないように、引いてしまいそうになる足を一歩また一歩と踏み込んだ。
「私、早苗と別れたってこと知ってるよね」
 こくりと頷く博人に來未は早苗に言った過去の話を赤裸々に語った。そして最後に続ける。
「いろいろと性格がどうしても会わなくて、別れちゃったんだ。それが早苗のためになるのかなって、私のために今までずっと無理させてたんだと思う。そしたらね、私が分かれたタイミングでカンナちゃんが騎士と楽しそうに話し始めたの。きっとカンナちゃんは騎士の事が好き、それに対して私モヤモヤしちゃって、なんか、嫌だなーって思っちゃった」
「カンナって……」
 聞きなれない名前に戸惑っていると慌てた様子で來未が補足する。
「ああ、カンナちゃんって言うのは雫のこと。下の名前カンナって言うの」
「そうだったんだ」
「うん。本当の私って何だろうね、いつも誰かに流されて生きて来たからさ、私自分の気持ちが良く分からない。小さい頃に近所だった二人にであって、その時早苗に恋をした。きっかけは分からないけど、好きになったの。でも、そんな私をいつも支えてくれてたのは騎士、なのにもかかわらず騎士の事を今まで好きにならなかった。だけど、今初めて騎士が他の人の恋人になりそうな気がしてモヤモヤしてる」
 來未は一度口を止めて黙まり込んだ。なんて声をかけてあげたらいいのか分からなかった博人も同様に口を閉じる。
 來未はゆっくりと博人の方を向くとすごく悲しそうな顔で微笑んだ。
「本当の私ってこんなにもクズだったんだね」
「そんなことない」
 反射的に博人は否定した。
 生まれて初めて見た來未の表情、胸が張り裂けそうになるその表情に博人の頬が濡れる。
「え?あれ、大丈夫?」
 來未が慌てながらハンカチを取り出そうとする。また初めて見る表情に今度は笑いがこみ上げて、思わず笑い声を漏らしてしまう。
 僕の中で口調と気が強く怖い印象があったギャルの來未のイメージが跡形もなく崩れ去っていくのを感じた。あんなにも恐ろしく怖がっていた存在が今目の前であどけない表情を浮かべている。
「ごめん、大丈夫。おかげ様でだいぶ慣れて来たよ」
「なにそれ、癪」
 そう言って來未の顔に笑顔が戻る。
「僕は二次元ばっかりで生きて来てるから、そんなアドバイスとかできないけど。騎士と雫さんについてはただのやきもちだと思う。早苗の件と一緒に考えなくていいんじゃないかなって」
「そうかな」
 笑いながら言う博人に不満そうな表情を浮かべる來未。
 博人は言葉を続けた。
「どれも本当の來未だと思う。誰かに流されてるんじゃなくて、誰にでも合わせられる誰とでも一緒に入れる、それが來未なんだと思うよ」
「なにそれ」
 笑っていう來未に博人も笑って答える。
「だってほら、ギャルで上位カースト來未が真逆の場所にいる陰キャでカースト底辺にいる僕とでも、こんなにも合わせられてるんだよ」
「そんなに自分さげすまなくてもいいでしょ」
「それブーメラン」
「うざ」
「そんな怖い声でいわないでよ、分かってても結構胸に刺さる」
「そーいうもん?」
「あなた方上位カーストの特に女子の言葉は、下位装備の僕たちには重すぎる一撃だよ」
「よくわかんないけど、でもありがとう。元気出た」
「ううん、こちらこそ。僕もついノリでマニアックなネタ使っちゃっただけだから」
「あ、そろそろおわりだね、ありがとう今日は」
 そう言って離れていく來未を博人は呼び止める。
「あっちょっと」
振り返るる來未に近付く博人。
「なに?」
「よけいかもなんだけど、まだ思い残りあるんだと思う。もしそうなら、自分の意志にもっと正直になっていいと思う。僕とこんなに仲良くなれるんだから、來未はもっと自信持っていいと思うよ。ありがとう、じゃあまたあした、おやすみ」
「うん、ありがとう、おやすみー」
 二人は小さく手を振って離れた。

 沼田が興奮気味で出迎える。
「おいおい何だよお前、いい感じじゃねーか!どうしたんだ、おい、何があったんだ?」
「凄いのは、來未の方」
「來未ぃぃいいい⁉」
 その反応を予想していた博人は思わず笑ってしまう。
「そう、來未。呼び捨て許された」
「は、なんだそれ。うらやま―」
「來未だったら池田とも普通に仲良くなれそうだけどね」
「え?それまじ?きたいしちょうぞ俺」
「まじまじ、それぐらい凄いんだよ來未って」
「じゃあ、今度紹介してくれよ」
「は?なんでだよ、この前言ってたみたいに自分から行けばいいだろ」
「おいいい、むりいうなよー頼むよー」
「まぁ、考えとくかなー」
「たのむぞー」
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