第3話

文字数 3,572文字

 教室の真ん中に広がる大きな円の外側。教室の後ろ側に四人で固まっている女子たちの中に來未はいた。スマホをいじりながらご飯を食べて言いると騎士を中心に盛り上がっている会話が來未たちの元にも聞こえてくる。
「なんか、盛り上がってんね」
 リーダー格の彼女、カンナに來未は空返事をする。
「うん」
 というのも会話の内容が気になって仕方がなかったから。スマホをいじるふりをしながら早苗の言葉に意識を集中している來未に、鋭い言葉が刺さる。
「あんた、結構さばさばしてんね」
「それうちも思った」「あたしもー」
 カンナの言葉にもねと志津が賛同する。
 さばさば系女子はあまりモテないイメージを持っている來未は慌てて否定する。
「え、そんなことないけど」
「まぁ、さばさば系っつーか、なんつーか。地味だよな」
「なにそれ、ウケるんだけど」「ひどいって、それー」
 カンナの言葉に同調して笑うもねと志津、來未は口ごもるしかなかった。
 あの子の言う通り、私は地味。髪を染めて濃い化粧をして、そしたら空っぽの私にも何かできると思ってた。何か変わるかなって。でも、どんなに着飾っても、見た目をいじっても中身は何も変わらない。この気持ちは変わらない。
 普通過ぎる私は外に出れば何も魅力もないモブキャラ。地味すぎる私が早苗に振り向いてもらえるはずない。こんなんだから私は何年間もこのままだったんだ。
「あんた、早苗と騎士どっちが好きなの?」
 カンナの核心を突くような唐突の質問に私は分かりやすく戸惑った。
「えええ~」「わかりやすぅ~」
 変に否定するのもめんどくさいし、それに全部知ってそう。
「え、なんでわかったの」
「わかってたわけじゃねーけど、ただ聞いてみた」
 ……………………
「…………」
「なにそれ」「バカウケるんだけど~」
「で、どっちなんだよ」
「言わなきゃ……ダメ?」
 躊躇いつつ言う來未の言葉。
「別にどっちでもいい。ただうちらダチだろ?それぐらい手伝ってやってもいいってことだよ。人の幸せを願えないやつが自分の幸せを願えっかよって話」
「カンナかっこいい—!」「で、どっちなのよ」
 正直このグループに私は入らないじゃないかって、場違いだと思ってた。だからと言って、どこかほかに居場所があるわけでもない。何にもないから、どこにでも入れて混じれたけど、それは本当に混じれてたのかなって、時々どこかで感じてた。私だけ仲間外れのような感覚。ここにいて、ここにいないような感覚。
 その気持ちがほんの少しだけ拭えた気がした。『頼れるところは頼ればいいだろ?別に減るもんじゃないし』昔、騎士が言っていた言葉が私の背中を押した。
「早苗……早苗が好き」
 私はまた一歩前に踏み出した。



「秘密だよ」
 笑って答える早苗に皆のヤジが飛び騎士の腕が伸び作る。
 気持ち悪い不愉快だ。
 笑いながら伸びてきた騎士の腕を抑えていると、少し拗ねたように腕をひっこめた。
「せめているか、いないかぐらい教えてくれたっていいだろー」
「なら、おまえはどうなんだよ」
「いねーよ」
 表情も態度も変えることなく即答する騎士、早苗はため息交じりで言った。
「つまんな」
 あっという間に昼休みは終わり放課後を迎え帰りの支度をしていると早苗の目の前に現れるカンナは冷たい目で静かに言った。
「ちょっとツラ貸しな」

「おい、どういうことだよ」
 隣の席の騎士はただならぬ雰囲気を感じたのか食って掛かるように立ち上がる。
 來未はカンナの想像以上の強引さに戸惑いを隠せない。
 あれだったら騎士に勘違いされても仕方がない。そんな気持ちを見透かしているかのようにもねと志津が小さく声を漏らした。
「ほんと不憫」「不器用すぎでしょ」
 來未にしか聞こえない二人の言葉は置いて行かれ、騎士が強い口調でカンナに言う。
「おい、どういうことだよ」
「ただ話があるだけなの」「ごめんね―分かりにくくて、それと騎士。來未がよんでるよ」
 もねと志津がすかさず割り入ってくれたおかげで教室に張り詰める緊張感が緩む。その代わりに、志津からのバトンを受け取った來未に緊張が走り始めた。
 戸惑っている騎士を背中を押すように言ったのは早苗だった。
「僕はいいから、行ってきて」
 納得できない様子でしぶしぶと歩いてくる騎士に來未は苦笑いを浮かべ手を振った。
「どういう事なんだよ來未」
「ご、ごめん。ちゃんと説明するからちょっとついてきてくれる。ここだと周りの目が合って恥ずかしいし」
 來未は黙って頷き騎士と一緒に人気のない屋上に向かった。
 夕日の指す屋上、夏に差し掛かっているというのに冷たい風が向き合う二人の間を吹き抜ける。
「で、なんだったんだよ」
 問い詰めるような騎士に來未は下を向きながら答える。
「早苗好きな事皆にもいって協力してもらうことになったの。告白の仕方とか、場所とか、その他もろもろ……。カンナちゃんはりきっちゃって」
 來未は返しのない騎士の態度に不安がこみ上げ急いで顔を上げた。思ったよりもすぐ近くにある顔に少し恥ずかしい。
 そんな私の様子など気にする様子もなく騎士は豪快に笑った。
「なんだよそれ!ならなんであんな態度なんだよ」
 いつの顔に戻った騎士に安堵からか自然と笑顔がこぼれる。
「早苗に声かけるのはじめてだと思うから緊張したんだと思う」
 心に余裕ができた私は可愛いカンナちゃんの態度を思い出し笑ってしまう。
「よかった」
「え?」
 騎士から出た唐突のその優しい言葉に來未は驚いて顔を見つめた。
 すっと伸ばされた騎士の手が自然と私の頬に伸ばされる。付き合いが長いからか、嫌な気はしなかった。
「さっきまでひどい顔してたからさ、今の顔のままいつも通りに思ったこと言えばいいだよ。どんな言葉でも自分の気持ちをしっかり伝えられればいい」
 そう言ってゆっくりと手を引いた。
「でも……ちゃんと言えるかやっぱり不安、逃げ出してしまいそう」
 騎士の手を追いかけるように伸ばした右手を左手で止め胸元に引き戻す。
「大丈夫俺がついててやる。それにあいつは、早苗はしっかりとお前の気持ちを受け止めてくれる」
 そう言って、横を向き屋上の入り口に目線を向ける。
 來未も同じように向き直ると、入り口からカンナに連れてこられた早苗の姿があった。
 ゆっくりと近づいてくる早苗の足音に合わせ私の心臓は大きな音を立てる。手汗ふき取るように強く握るスカートの裾。
 学校に響く騒がしい放課後の音すべて消し去ってしまうほどの緊張が私の体を襲う。頭は真っ白になり、うるさい心臓の鼓動とこの場から消えたい、逃げ出したいとしか思えなくなってしまう。
 気付けば目の前にいる早苗。見慣れたその瞳が私の目をしっかりと見据えている。
 ああ、ダメ。何だっけ……。緊張しすぎたのかな、時間がわからない。夢の中にいるみたいな、そんな時間のない空間が広がる。大きな心臓の鼓動が少し遅れて耳に届く気がする。
「早苗……」
 ぼそっと私の口から出た言葉。今まで当たり前に一緒にいた幼馴染の名前。呼び慣れた名前。そのはずなのに、胸に来るその言葉が何度も頭でこだまする。
 私は何もない、何も持ってないからこんなに頭の中が真っ白になる。この気持ちが本物のはずなのに全然、特別な言葉が出てこない。私は中身のない、魅力のない、空っぽの人間。そんな私を好きになることなんてあるのかな。
「私、あなたが好き……こんな私とだけど付き合ってくれる?」
 心の中の問いかけが自然に漏れ出る。不思議と落ち着きを取り戻していた私はどこか自分ではないような感覚に襲われていた。
 そんな感覚を無理やり押し戻すように早苗の両腕が私の体を抱き寄せた。あまりの突然の出来事に心の準備ができていなかった私の胸が大きく脈打った。
 そして、早苗の甘い声が私の耳元でささやかれる。
「うん……いいですよ」
 気づけば私の頬から自然と涙が出てきていた。
 暫くして落ち着いた時、カンナちゃんたちいなくなっていた、たぶん帰ったんだと思う。
「お前ら本当によく似合ってんな。おめでとうな!」
 騎士の言葉に來未は心からの笑顔で返した。
「ありがとう。久しぶりに一緒に帰る?」
「ああ俺は別にいいけど、いいのか?」
「時間はまだいっぱいあるから」
 戸惑い騎士に來未が諭すし、早苗も同じように背中を押す。
「來未もそう言ってるだろ」
「んじゃ、久しぶりに一緒に帰るか」
 支度を済ませた三人は小学生の時ぶりに揃って学校の校門を跨いだ。気まずさなんてなく、あの時に戻ったようにくだらない会話で盛り上がる三人に笑顔があふれかえる。
 その三人の後ろ姿はまるで、無邪気に遊んでいた小学生の頃に戻っている様だった。
「それにしても叶ってよかったな來未」
「そういえば、お前いつから知ってたの?」
「それはなー」
「はいはーい、そこまで!言わないでよ騎士」
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