第28話 繰り返す過ち
文字数 3,869文字
※池田は誤りで正しくは沼田
「木下~今年も同じクラスになったな~」
少し離れた所から聞きなれた沼田の声が耳に届く。
「おおーひさしぶり。ラッキーじゃん」
目の前についた沼田に言葉を返すと、隣にいる來未を一目見ると動揺する。
「あ、ごめん。荒井さん……だよね、話の邪魔しちゃって」
來未はいつのも笑顔を沼田にも向けて答える。
「ううん、全然。よろしくね、來未って呼んでいいからね」
「あ……うん」
「で、ごめん、沼田くんの下の名前知らない。」
「いい、いいよ。沼田でいい……く、來未さん」
「そう、ありがとう。沼田くん」
照れくさそうに言う沼田の気持ちは良く分かる。それでもいい気はしなかった。
二人のそのやり取りに胸の奥がチクチク痛い。きっとこれが嫉妬なんだろう。理解できていても対処法を知らない。
博人はただ黙って笑顔を向けた。
それから何日も立ちクラスの雰囲気も随分と落ち着いた。
今回のクラスはトプカーストになる人が誰もいない、平穏で穏やかなクラスだった。変に目立つ人もいなければ、気が強い人もいない。
そのクラスで博人はいつも沼田と一緒にいる。そこに來未が仲間に入ることも何度かあった。
せっかく今年も同じクラスになったのに來未と仲良くなれてる気がしない。距離が縮んでる気がしない。
でも、そんな中どうしても期待してしまっている自分がいた。來未と付き合いたい、來未と付き合えるかもと。
來未は僕ではなく早苗が好き。でも、早苗が來未に振り身来そうな予感はしない。それに、違うクラスで中々会えない。でも僕はほぼ毎日会える。話そうと思えばかなり話せる。だから期待してしまう。
期待してしまう理由なんていくらでも湧いてくる。潰しても潰しても沸いてくる。これが恋なんだと僕は改めて実感した。
放課後。
いつものように声をかけてくる沼田と一緒に下校する。
並んで歩く二人の間に静寂が続く。いつもと違う沼田の態度を感じ取っていた博人は普段の様に話しかけられない。
すると初めに口を開いたのは沼田だった。
「なあ」
「うん」
「お前そろそろ、荒井さんに告白いないの?」
「……」
「好きなんだろ?」
そう改めて地位かけられると恥ずかしくてうまく返事ができず押し黙ってしまうそんな博人をよそに沼田は続ける。
「俺も荒井さんの事、好きになっちゃった」
想像しなかったと言えば嘘になるが、その事実に驚きを隠せない博人。
その態度を見て沼田が笑う。
「どうようしすぎだろー」
「だ、だってお前がいきなりそんなこと言うからだろ」
「安心しろよ。横取りしねーから、ってかそもそも不釣り合いだしな。絶対無理なんだよなー」
沼田が笑って答える。その声はどこか乾いていて、悟っているような。
その暗い瞳からは完全に諦めているというのが伝わってくる。
「.……わかるよ」
博人は俯きながら返事を返した。
痛いほどわかる。分かりたくないけど分かってしまう。チャンスなどない、希望などない、それでも思ってしまう。
「なあ、あの子はいい子だから俺よりも、もっといい人に出合ってきっと幸せになるんだろうな」
「そうだろうな」
「なにいってんだろうな、そもそも俺はお前が居なかったらあの子の事好きになってないから。それに俺は抜け駆けみたいな真似しねーよ、そもそも百パーふられるけど」
「抜け駆けって、何も伝えずに自分勝手に行動することじゃないの?」
「こまかいことはいいだろー。それ言ったらそもそも、恋愛にずるいも卑怯もないだろー」
「たしかに」
僕が笑って答えると沼田も一緒に笑った。
「まさか俺たちがこんな会話するなてなー」
「似合わねー」
「いや、一応高校最後だしそんなことないんじゃね?」
「青春だなー」
「な、最後だしなるべく後悔しないようにしないとな」
「ああ」
「やっほー」
本を読んでいた博人は途中だったがお構いなく閉じた。
「あ。來未どうしたの?」
僕にとっていつでも読めるこの本よりも今年一年しか会えない來未との会話の方が大切な時間だった。
「今日の私どうかな?いつも通り?普通?」
どこか落ち着きがなくそわそわしえいる來未。もしかしたら少し周りの目を気にしているのかもしれないそれでも話しかけてくれる、僕に聞いてくれることが今は嬉しかった。
「うん、どうかしたの?」
その問いかけに來未は苦笑いする。
「あれ、博人も?他の子にも、あ、洋一(沼田)にも言われたよ」
その言葉に博人の胸が閉まる。
呼び擦れされている、そう自分だけが特別じゃないんだと言われているよう。現実を見ろと。
ぬか喜びしていた自分が恥ずかしい。博人はそんな意識を必死に振り払った。
「で、どうしたの?おしえてよ」
笑って返すと來未は少し恥ずかしそうにしてから小さな声で言う。
「わかった、耳貸して」
言われるがまま耳を來未に傾けると、甘い囁き声が耳を撫でる。
「今日ね……早苗にもう一度告白するの」
跳ね上がった心臓が一瞬で沈み込む。
まただ、これで何度目だろうか。勝手に気持ちが高鳴って、その後に現実に叩き落される。単純なのか、馬鹿なのか。もう自分の事が自分でも良く分からなくなってくる。
「博人は私の秘密知ってるから、それに勝手に秘密を明かしたりしないから教えたんだ。それに、修学旅行の時に言ってくれたあの言葉があったから、自分の気持ちに気付けた」
「そっか、頑張って。応援してる」
「ありがとう」
「で、どこでするの?いつするの?」
博人が笑いながらいじるように問いかける。
「え、今日の放課後、屋上でだよ」
案外普通に答えてくれた。そんな些細な事から信用されているんだって、心の底から感じてうれしくなっている自分がいた。
ほんとに学習しない。
胸のうちののモヤモヤが亡くならず授業に集中できないまま放課後を迎えた。
「なーかえろーぜー」
今日も沼田が声をかけてくる。
「……ごめん、先帰ってて余事があるんだ」
「あ?ああ……分かった」
なんとか納得してくれた様子の沼田が一人で帰っていく。教室から次第に人がいなくなりそして僕だけが残った。
どこからか部活動の掛け声が聞こえてくる。こんな時間に放課後残るのは久しぶりでどこか気持ちが落ち着かない。
教室には來未のカバンが残っていた。きっと今告白しているんだと思う。気になって仕方がなかった。その結果、放課後の学校に残っているんだけど。なぜかそわそわする博人は教室の中をお意味もなく往復する。覗きに行っていいのか、そもそも何のために教室に残ったのか。
意を決して博人は教室を出た。そして屋上を目指して廊下を歩いていく。道中、廊下の窓から屋上を見上げるが姿は何も見えない。
屋上へと繋がる階段の手前で上から降りてくる足音が聞こえた。身が固まりあたふたしていると早苗だけが降りてくる。
何食わぬ顔で降りてくる早苗は博人に一切目もくれずそのまま通り過ぎて行った。
僕はしばらく早苗の後ろ姿を見届けてから思い出したようにもう一度早苗が降りてきた階段の方へ眼をやる。
誰も降りてこない、足音も聞こえない。
博人はおもむろに思い足を上げて階段を上った。
何が正解か何が間違い博人には分からない。結果もまだ分からない。ただもし、振られたのならなんと声をかけてあげればいいのだろうか。
そもそも振られたなんて考えている自分が嫌だ。いや、本当に嫌なのか?
矛盾した考えが、矛盾した行動が博人の足を動かした。
屋上に着くと來未がフェンスの前でただ一人ぽつんと立っている。博人が來未の元に歩いて行くと振り返って彼女っ入った。
「やっぱり……振られちゃった」
その顔は穏やかでどこか悲しい。
來未はそう言い終えるとまた外の景色をぼーっと見つめる。博人も同様に静かに外の景色を見つめた。
本当に何しに来たんだろうか。そんな思いが胸を満たしていく。
少ししていつもの明るい來未に戻ると声をかけてくる。
「変えろっか」
「うん」
一緒に廊下を歩き教室に戻る。そして下駄箱でいったん分かれてから玄関でまた集合する。
たかが、こんなことに博人は幸せを感じた。
恐らくもう二度とない子の出来事。ただ二人の間に会話はほとんどない。気まずい空気が流れないか、逆に声をかけていいものか分からない。
そうして校門の前まで来てしまった。
一瞬のこの時間が博人にはかけがえのない時間。
まだ一緒にいたい。終わって欲しくない。もっと話したい。決して自分の口から出すことのできないその思いを黙って飲み込む。
だからこそ、いつだって神様に願ってしまうのだ。その弱さがより一層來未の隣に相いれないと痛感させられる。
ああ、神様。もし奇跡がるならもう少し……傍にいたい……。
「ねぇ……夜まで遊んでかない?」
來未が静かな声で僕に囁いた。
「ぼくでいいなら……」
來未は黙って歩き始めた。その後を僕は付いていく。
放課後の博人の態度を心配していた沼田が少し離れていたところで二人の後ろ姿を見ていた。
沼田はその光景を目に焼き付け、改めて自分には手の届かない存在だと感じた。そして、この気持ちに区切りをつけるため 涙を流す両目でその光景を脳裏に焼き付ける。
重たい足を上げ、重たい体を引っ張りながら走り出す。
すべてを忘れるため。
気持ちを切り替えるため。
こんなにも現実の恋がつらいものだったのかと、胸を締め付けられる。今までで一切知らなかった、初めて本気で好きになった彼女の名を呼びながら。
上位カーストの女が、陽キャが、運動が、大嫌いだったはずなのにもかかわらず、走ることはやめなかった。
「木下~今年も同じクラスになったな~」
少し離れた所から聞きなれた沼田の声が耳に届く。
「おおーひさしぶり。ラッキーじゃん」
目の前についた沼田に言葉を返すと、隣にいる來未を一目見ると動揺する。
「あ、ごめん。荒井さん……だよね、話の邪魔しちゃって」
來未はいつのも笑顔を沼田にも向けて答える。
「ううん、全然。よろしくね、來未って呼んでいいからね」
「あ……うん」
「で、ごめん、沼田くんの下の名前知らない。」
「いい、いいよ。沼田でいい……く、來未さん」
「そう、ありがとう。沼田くん」
照れくさそうに言う沼田の気持ちは良く分かる。それでもいい気はしなかった。
二人のそのやり取りに胸の奥がチクチク痛い。きっとこれが嫉妬なんだろう。理解できていても対処法を知らない。
博人はただ黙って笑顔を向けた。
それから何日も立ちクラスの雰囲気も随分と落ち着いた。
今回のクラスはトプカーストになる人が誰もいない、平穏で穏やかなクラスだった。変に目立つ人もいなければ、気が強い人もいない。
そのクラスで博人はいつも沼田と一緒にいる。そこに來未が仲間に入ることも何度かあった。
せっかく今年も同じクラスになったのに來未と仲良くなれてる気がしない。距離が縮んでる気がしない。
でも、そんな中どうしても期待してしまっている自分がいた。來未と付き合いたい、來未と付き合えるかもと。
來未は僕ではなく早苗が好き。でも、早苗が來未に振り身来そうな予感はしない。それに、違うクラスで中々会えない。でも僕はほぼ毎日会える。話そうと思えばかなり話せる。だから期待してしまう。
期待してしまう理由なんていくらでも湧いてくる。潰しても潰しても沸いてくる。これが恋なんだと僕は改めて実感した。
放課後。
いつものように声をかけてくる沼田と一緒に下校する。
並んで歩く二人の間に静寂が続く。いつもと違う沼田の態度を感じ取っていた博人は普段の様に話しかけられない。
すると初めに口を開いたのは沼田だった。
「なあ」
「うん」
「お前そろそろ、荒井さんに告白いないの?」
「……」
「好きなんだろ?」
そう改めて地位かけられると恥ずかしくてうまく返事ができず押し黙ってしまうそんな博人をよそに沼田は続ける。
「俺も荒井さんの事、好きになっちゃった」
想像しなかったと言えば嘘になるが、その事実に驚きを隠せない博人。
その態度を見て沼田が笑う。
「どうようしすぎだろー」
「だ、だってお前がいきなりそんなこと言うからだろ」
「安心しろよ。横取りしねーから、ってかそもそも不釣り合いだしな。絶対無理なんだよなー」
沼田が笑って答える。その声はどこか乾いていて、悟っているような。
その暗い瞳からは完全に諦めているというのが伝わってくる。
「.……わかるよ」
博人は俯きながら返事を返した。
痛いほどわかる。分かりたくないけど分かってしまう。チャンスなどない、希望などない、それでも思ってしまう。
「なあ、あの子はいい子だから俺よりも、もっといい人に出合ってきっと幸せになるんだろうな」
「そうだろうな」
「なにいってんだろうな、そもそも俺はお前が居なかったらあの子の事好きになってないから。それに俺は抜け駆けみたいな真似しねーよ、そもそも百パーふられるけど」
「抜け駆けって、何も伝えずに自分勝手に行動することじゃないの?」
「こまかいことはいいだろー。それ言ったらそもそも、恋愛にずるいも卑怯もないだろー」
「たしかに」
僕が笑って答えると沼田も一緒に笑った。
「まさか俺たちがこんな会話するなてなー」
「似合わねー」
「いや、一応高校最後だしそんなことないんじゃね?」
「青春だなー」
「な、最後だしなるべく後悔しないようにしないとな」
「ああ」
「やっほー」
本を読んでいた博人は途中だったがお構いなく閉じた。
「あ。來未どうしたの?」
僕にとっていつでも読めるこの本よりも今年一年しか会えない來未との会話の方が大切な時間だった。
「今日の私どうかな?いつも通り?普通?」
どこか落ち着きがなくそわそわしえいる來未。もしかしたら少し周りの目を気にしているのかもしれないそれでも話しかけてくれる、僕に聞いてくれることが今は嬉しかった。
「うん、どうかしたの?」
その問いかけに來未は苦笑いする。
「あれ、博人も?他の子にも、あ、洋一(沼田)にも言われたよ」
その言葉に博人の胸が閉まる。
呼び擦れされている、そう自分だけが特別じゃないんだと言われているよう。現実を見ろと。
ぬか喜びしていた自分が恥ずかしい。博人はそんな意識を必死に振り払った。
「で、どうしたの?おしえてよ」
笑って返すと來未は少し恥ずかしそうにしてから小さな声で言う。
「わかった、耳貸して」
言われるがまま耳を來未に傾けると、甘い囁き声が耳を撫でる。
「今日ね……早苗にもう一度告白するの」
跳ね上がった心臓が一瞬で沈み込む。
まただ、これで何度目だろうか。勝手に気持ちが高鳴って、その後に現実に叩き落される。単純なのか、馬鹿なのか。もう自分の事が自分でも良く分からなくなってくる。
「博人は私の秘密知ってるから、それに勝手に秘密を明かしたりしないから教えたんだ。それに、修学旅行の時に言ってくれたあの言葉があったから、自分の気持ちに気付けた」
「そっか、頑張って。応援してる」
「ありがとう」
「で、どこでするの?いつするの?」
博人が笑いながらいじるように問いかける。
「え、今日の放課後、屋上でだよ」
案外普通に答えてくれた。そんな些細な事から信用されているんだって、心の底から感じてうれしくなっている自分がいた。
ほんとに学習しない。
胸のうちののモヤモヤが亡くならず授業に集中できないまま放課後を迎えた。
「なーかえろーぜー」
今日も沼田が声をかけてくる。
「……ごめん、先帰ってて余事があるんだ」
「あ?ああ……分かった」
なんとか納得してくれた様子の沼田が一人で帰っていく。教室から次第に人がいなくなりそして僕だけが残った。
どこからか部活動の掛け声が聞こえてくる。こんな時間に放課後残るのは久しぶりでどこか気持ちが落ち着かない。
教室には來未のカバンが残っていた。きっと今告白しているんだと思う。気になって仕方がなかった。その結果、放課後の学校に残っているんだけど。なぜかそわそわする博人は教室の中をお意味もなく往復する。覗きに行っていいのか、そもそも何のために教室に残ったのか。
意を決して博人は教室を出た。そして屋上を目指して廊下を歩いていく。道中、廊下の窓から屋上を見上げるが姿は何も見えない。
屋上へと繋がる階段の手前で上から降りてくる足音が聞こえた。身が固まりあたふたしていると早苗だけが降りてくる。
何食わぬ顔で降りてくる早苗は博人に一切目もくれずそのまま通り過ぎて行った。
僕はしばらく早苗の後ろ姿を見届けてから思い出したようにもう一度早苗が降りてきた階段の方へ眼をやる。
誰も降りてこない、足音も聞こえない。
博人はおもむろに思い足を上げて階段を上った。
何が正解か何が間違い博人には分からない。結果もまだ分からない。ただもし、振られたのならなんと声をかけてあげればいいのだろうか。
そもそも振られたなんて考えている自分が嫌だ。いや、本当に嫌なのか?
矛盾した考えが、矛盾した行動が博人の足を動かした。
屋上に着くと來未がフェンスの前でただ一人ぽつんと立っている。博人が來未の元に歩いて行くと振り返って彼女っ入った。
「やっぱり……振られちゃった」
その顔は穏やかでどこか悲しい。
來未はそう言い終えるとまた外の景色をぼーっと見つめる。博人も同様に静かに外の景色を見つめた。
本当に何しに来たんだろうか。そんな思いが胸を満たしていく。
少ししていつもの明るい來未に戻ると声をかけてくる。
「変えろっか」
「うん」
一緒に廊下を歩き教室に戻る。そして下駄箱でいったん分かれてから玄関でまた集合する。
たかが、こんなことに博人は幸せを感じた。
恐らくもう二度とない子の出来事。ただ二人の間に会話はほとんどない。気まずい空気が流れないか、逆に声をかけていいものか分からない。
そうして校門の前まで来てしまった。
一瞬のこの時間が博人にはかけがえのない時間。
まだ一緒にいたい。終わって欲しくない。もっと話したい。決して自分の口から出すことのできないその思いを黙って飲み込む。
だからこそ、いつだって神様に願ってしまうのだ。その弱さがより一層來未の隣に相いれないと痛感させられる。
ああ、神様。もし奇跡がるならもう少し……傍にいたい……。
「ねぇ……夜まで遊んでかない?」
來未が静かな声で僕に囁いた。
「ぼくでいいなら……」
來未は黙って歩き始めた。その後を僕は付いていく。
放課後の博人の態度を心配していた沼田が少し離れていたところで二人の後ろ姿を見ていた。
沼田はその光景を目に焼き付け、改めて自分には手の届かない存在だと感じた。そして、この気持ちに区切りをつけるため 涙を流す両目でその光景を脳裏に焼き付ける。
重たい足を上げ、重たい体を引っ張りながら走り出す。
すべてを忘れるため。
気持ちを切り替えるため。
こんなにも現実の恋がつらいものだったのかと、胸を締め付けられる。今までで一切知らなかった、初めて本気で好きになった彼女の名を呼びながら。
上位カーストの女が、陽キャが、運動が、大嫌いだったはずなのにもかかわらず、走ることはやめなかった。