第18話 傷を埋める仮初

文字数 3,666文字

 放課後を迎えると早苗は直ぐに席を立ち荷物をまとめ教室を出ていく。
 騎士はその後姿を睨んでいた。怒りはまだ収まってはいない。來未に関することだけで怒っているわけではなかった。騎士が信じていた早苗を裏切られたような気がしたからだった。
 苛立ちを隠せないでいる騎士にカンナが声をかける。振り返ればいつもの様にもねと志津が付き添っていた。
「騎士……來未が呼んでる。話があるって」
「來未が俺にか?」
 疑うわけではなかったが、騎士のスマホには相変わらず先進もなければ、メッセージも何も来ていない。
「何ぼーとしてんの?」
「來未が呼んでるよおー」
 もねと志津がそれぞれ騎士に告げる。
 そうだった、今はとにかく行動に移さないといけない。騎士は急いで荷物を待とめると、大きな声でカンナたち三人に言う。
「ありがとう」
 騎士の顔にはもう、さっきまでの苛立ちはなく明るい笑顔に変わっていた。
 また振り返り廊下に飛び出そうとする騎士をもねが呼び止める。
「ちょっと待った!」
 その声に体を止めもう一度向き直る騎士。志津が隣にいるカンナの背中を押すと小さな声で言った。
「頑張って」
 カンナは騎士の前に一歩近づくと、いつもとは少し違い頬赤目らせ、もじもじした姿を見せる。騎士はじっと見つめるが、カンナとどうしても目線が合わない。
 それから覚悟を決めたのか、急に鋭い顔で騎士の顔を睨みつける。カンナの激しい態度の変化に騎士は戸惑うしかなかった。
「來未を、お願い」
 カンナが言った言葉はそれだけだった。
 騎士は大きく頷く。
「ああ、任せろ!」
 騎士は振り帰ると走り出した。一切振り返らずに、ただ真っ直ぐに。
 カンナは走っていく騎士の後ろ姿を見えなくなるまで見届けた。
 何事にもまっすぐな騎士が振り返らないことをカンナはし知っている。それでも、カンナは振り向いてくれることへの期待を辞めることは出来なかった。
 教室と廊下に差し込むオレンジ色の光が、カンナの頬に一筋の光の線を作り出す。



 來未の家のインターホンを押しても誰も出てこない。返事もない。
 騎士がドアに手を伸ばすと、カチッと音を立てて開いた。それと同時にスマホに來未からのメッセージが届く。『鍵は開いてるから入ってきて』玄関に入った騎士はその場で返信する。『鍵は閉めるか?』すると、すぐに返信が返ってきた。『うん、お願い』
 鍵を閉めてから二階にある來未の部屋へ向かう。
 來未の家に入ったのは小学生以来。なつかしさからか、胸にこみ上げるものがあった。
 そんなことを感じている間にすぐ來未の部屋に着いく。
 ドアノックしようとした時、部屋の中から來未の声が聞こえる。
「はいっていいよ」
 騎士がドアを開けると薄暗い部屋が広がっていた。來未は布団に入りながらベットの上で体育座りをしている。それに少し鼻を刺すような臭いもした。
 部屋が暗く表情まではうかがえなかった。
「なあ、來未。電気着けていいか?」
「……うん。少しだけなら」
 その弱々しい來未の声に騎士の胸は締め付けられそうになった。
 明かりの小さい電気をつけるとうっすらとだが散らかっている部屋の全貌があらわになる。入った時に少し感じた匂いの理由も分かった。
 この匂いはアルコールだった。お酒の缶が部屋に落ちている。
 未成年である來未がお酒を飲んでいる事実をまのあたりにしても、騎士は來未をとがめることができなかった。いつもなら注意ぐらいはしたかもしれないが、今の來未にそれを言える自信がない、それほど來未は弱々しく小刻みに震えていた。
「ここに……座って」
 來未はベットを指さしながら言う。確か見回せば、そこ意外に座れそうな場所もない。
 部屋のドアを閉めてベットの上に座る。
 すると來未から自分の事を話し始めた。
 來未自身の事、來未のお姉ちゃんの事、ストーカーの事、自分が早苗の嫌いな人になってること、早苗の両親に嫌われてる事、そして、最後に來未からの謝罪で長い話は終わった。
 辛くても苦しくても泣きながら話続けた來未を優しく抱きしめる。
「きにしてない、大丈夫だから」
 騎士は震えた声で來未の頭を撫でながらやさしく囁く。こんなに弱っている來未を見るのは初めてだった。そして、自分が一番つらいことにあっているにもかかわらず、早苗と騎士の心配もしていた。
「だってだって、私がお姉ちゃんを、それに騎士にひどいことお……いった。それに、早苗のお母さんとお父さんは間違ったこと言ってない。でも認められないの、にげてるの。認めたら、私を、カンナちゃんたちを、それに騎士を否定してるみたいで……。お姉ちゃんの……たった一つの宝物なのに!でも……もし変なことに使われてたらって、きもちわるくて!」
 來未は泣きながら纏まりのない、苦しみと迷いを吐きだす。騎士は來未の心が冷たく凍えてしまわないように、ただやさしく抱きしめてあげる事しかできなかった。何もできない自分に、騎士は唇を強く噛んだ。
 
 暫くして來未が落ち着きを取り戻すと、抱き寄せていた騎士は我に返ったように離れる。
「俺は、そんな葛藤も苦しみもないよ、つらい経験はもう來未はさんざん見て来ただろうし、來未自身もつらかっただろうから言う必要ないだろ。だから、かわりにっていったらなんだけど、最近の悩みって言うか秘密っていうか……まあ、いうよ」
 來未は黙ったままこくりと頷く。
 お互いベットの上で隣同士肩を寄せ合いベットの横にある壁を背もたれにして座っている。
「昔はこの部屋で三人でしょっちゅう遊んでたよな……」
「……」
 來未は鼻をすすりながら、騎士の腕を抱き寄せ、頭を騎士の方にもたれかかる。今日親は帰ってこないと言っていた、こわいし、寂しいのだろう。疲れきってている來未の頭を優しくなでながら騎士は続けた。
「俺さ……夢あるんだよ。知ってると思うけど、音楽関係の仕事に着きたいんだ。でもさ、俺の親方親だろ?正直、きつくてさ、大学とか専門は厳しそうなんだ。それに妹がいるからな、妹の学費のためにも、少しでもお母さん楽にさせてあげたいんだよ」
 騎士は一旦、口を閉じる。そして、もう一度小さく開いた口から声は出なかった。
 騎士は覚悟を決めるように唇を強くかんでから、いつもの声色で無理して笑いながら言う。
「まあそこまででもねーし、あくまで趣味程度だったから、これからは音楽も辞めてバイトでもしないとな―って、俺は高校卒業したら就職予定だからな」
 そんな言葉で自分を紛らわせていることが騎士は嫌だった。でも、好きだけで生きていけないのは当たり前だ。そんなもの、この夢を小学生から抱き続けていた騎士には容易に理解できていた。
 隣にいる來未に目線を向けると同じようにこちらを見つめていた。不意の事に呆気にとらわれる。來未は予想外にも悲しそうな騎士に向けている。
 なんだかんだずっと一緒にいたせいか、來未には隠しきれていない、心の内を見透かされているようなそんな気がした。
 しばらく無言で見つめ合う。
 來未の目がまた赤くなっている気がした。悲しみを隠している騎士の代わりに來未が悲しんでくれているのだと思う。
「私は……好きなのにな」
 來未の枯れた声が力なく零れる。
 騎士はそれが自分のギターと歌に対してだと理解していた。それでも、お互いの顔が近く、見つめ合っている、騎士と來未の二人きりのこの空間では他の意味で捉えてしまっている自分がいた。
 変に意識して顔が赤くなっている気がする。
 でも、そこで変に顔を遠ざければ自分の片隅に出来たその考えを肯定している気がして動けない。
 すると來未も少し意識したのか頬を赤くしている気がする。そして少しずつ顔をが近づいてきている気がした。騎士は気のせいだと何度も自分に言い聞かせる。
 そして。
 ずっと一人でいる弱りきった小鳥が心に空いた傷を埋めるように、仮初めの温もりを求めて唇を濡らす。
 驚いた騎士は大きく目を見開くが離れることができなかった。來未の閉じた瞼から微かに滴る涙を、騎士は見ていたから。
 騎士は來未の傷を一時でも忘れられるように、來未の首に腕を回した。お互いの傷を隠すように騎士と來未の舌が絡み合い、そして同時に甘い吐息を漏らす。
 騎士は來未をそのまま押し倒し、服の上から胸を鷲掴んだ。大きな声を上げた來未は手を伸ばし、騎士の素肌をさらけ出す。同じように騎士も來未の素肌をさらけ出し、今度は優しく胸の先端に唇が吸い付いた。
 激しく動く騎士の舌に來未の吐息が甘い声色へと変わっていく。
 残りの服を脱ぎ始めた騎士に続いて、來未も同じように脱ぎ捨てる。そして、一枚の正方形型の袋を騎士に渡した。
 それからすぐに熱くて太い愛の蜜が体の内側へと入ってくるのを感じる。
 騎士の中指が來未の口に入り、空いた指が來未の胸の先をいじくりまわす。
 今までの怒りをぶつけるように、激しく動く腰が大きな音を連続で立てる。お互いの悲しみを温かい舌が絡み取る。そして、胸の先に染み付いた葛藤を暖かで優しい手がふき取っていく。
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