第27話 新しい歩み

文字数 2,168文字

 冬休みが明け、またすぐに学校が始まる。
 月日はすぐに過ぎていき、そして明日三年生は卒業式を迎える。今日はその会場の準備を二年生の私達が行う。
 三年生も先生の説明を受けながら段取りの予習をしにきていた。皆どこかそわそわしていて、少し寂しそう。今日は授業がはやく終わってみんなは嬉しいはずなのにどこか静か。
 三年生の名残惜しそうな表情を見ていた來未は授業がない喜びを心のうちにそっとしまった。
 部活動に入っていなかった來未たち四人は先輩などに特に何の思いれもない。それでも、卒業と同時に中々会えなくなる寂しさを三年生たちの態度から身にしみて感じる。
 さっきまでたわいのない会話をしていた四人は、気づけば誰も話さなくなっていた。
 三年生はきっとのこの三年間の高校生活の思い出を今思い出してるんだと思う。明日が最後なんだと。
 來未は改めて二年生の学園生活を思い出した。いろんなことがあった、本当にいろんなことが。
 でも、私にはまだもう一年ある。学園生活が終わったわけじゃない。今から振り返っても仕方がない、まだ終わってない途中な事がある、向き合わないといけないことがあるんだから。
 矛盾した感情と複雑な気持ちを静かに胸へとしまい込む。
「そっか、あたしたち来年から別々のクラスになるかもしんないんだ」
「やだー、また一緒がいい」
「そーね」
 もねの言葉に志津とカンナちゃんが反応する。
 來未だけが言葉を返すことができなかった。來未はその事実をただ一人ゆっくりと受け止める。
 終わらない。まだ終わらない。節目なだけで、きっとこれが気かけなんだ。このタイミングしかないんだ。今の私は変わった、二年生で私は大きく変わった。だから、もしかしたら変わるかもしれない。
 一度きりなんだから、最後の一年になるんだから。素直になれ。
 自分にそう言い聞かせた來未は気持ちがすっきりした気がした。
 悩みが晴れたから?新たな目標ができたから?変われたから?どれが正解かはわからないけど、そんなこと気にならない程に今、來未は心地よかった。
「來未?」
 カンナちゃんの声で我に返る來未。
 皆が心配そうにカンナちゃんを見つめている。
 皆の顔をゆっくり見てから來未は笑いながら言葉を返した。
「この四人で、旅行いこ!」

 私たち四人は思い出作りに二泊三日で旅行をした。たくさんはしゃいで、たくさん遊んで、たくさんしゃべって、忘れられない大切な思い出を作った。
 写真フォルダーはたくさんの写真と動画で埋まった。



 そして月日は過ぎていく。






 春休みを終え、久しぶりの学校に少し緊張する。
 教室に入ると知らない顔ばかりで肩身が狭い。僕は黒板に張られている座席表にある木下という名前を見て席に座った。少しだけ後ろ側だった。
 席についてから外をぼーっと眺めながら去年の出来事を思い出す。
 虹のような青春学園生活を望んでいた僕だったけど、実際足がすくんでそんな行動には移せない。クラスの隅っこで静かにしているような陰キャ下位カーストだったけど、そんな僕にも同じカーストの友達が出来てそれなりに楽しめた。
 そんなある日、転機が訪れた。それは僕にとって一番最悪で最低な出来事。
 僕とは真逆の世界で生きているトップカーストの一人の女子と隣同士の席になった。
 僕の気持ちはどん底にまで突き落とされ、暗闇の底に沈んでいった。クラスのボスのすぐ隣にいる女子、その女子が隣だった。
 そんな彼女が僕の手を引っ張った。暗闇の世界にいた僕を引っ張り上げ、今まで見たこともない景色を見せてくれた。
 僕の世界に色を付けてくれた、鮮やかにしてくれた。そして僕は彼女に恋をした。
 心の中にいる自分が自分を笑う。身の丈に合ってない、あまりにも単純すぎる。
 そんなことは自分でもわかっていた、でもきっかけなんてどうでもいい。そう思えるほどに彼女に魅了されていた。
 僕の前にあった当たり前の壁を、絶対に壊せないと思っていた壁を彼女が簡単に打ち砕いた。
 ただ、そうして彼女が見せてくれた景色から自分を見れば、嫌でも分かってしまう。彼女と僕には埋められない程の差がある。
 引っ張り上げてくれた彼女は上にいて、ひっぱりあげられてもなお僕はまだ彼女の下にいた。
 僕の人生の中に現れた唐突の奇跡。都合よく現れないはずの奇跡が連続して僕の前にやってきた。
 だからこそ思ってしまう。だからこそ考えてしまう。だからこそ願ってしまう。
 彼女の隣を一緒に歩くことは出来ないけれど、ただもう一度奇跡があるとするなら見せて欲しい。一度だけでいい、もう一度見たい。
 すぐ隣で椅子を引く音が聞こえると同時に、誰かに肩を叩かれた。
 そうそうちょっかいをかけられたのか、それとも席を間違えたのか。身を震わせる僕。その不安を消しさるように聞き覚えのある声が、僕の心を突き刺した。
「博人!おはよー、一緒のクラスだね。よろしく」
 振り返ると、彼女がそこにいた。
 肩に着く前にバッサリと切りそろえられた黒髪のボブ姿。それに合わせて化粧も少し控えめで、クリームベージュに巻いていた髪のあの頃の面影はもうどこにもない。
 ただ笑った顔は、僕の記憶に鮮明に残っているあの時の顔と重なった。
 予想もしていなかった出来事に呆気に捕らわれていた僕はぽろっと彼女の名をこぼす。
「……來未」
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