第33話 最後の思い出

文字数 3,588文字

 來未の部屋のテーブルにお菓子とジュースと小さなケーキがおかれている。
 ちょっとしたパーティーが二人で開かれているなか、カンナが謝った。
「また、あんたの家でごめんね」
 來未話笑いながら答える。
「いいよ、藍ちゃん(カンナの妹)中学生になるんでしょ、しかも進学校の」
「ほんと凄い」
「ねー、改めて乾杯しよ」
 來未がそう言ってコップをカンナの前に持っていく。カンナは來未に流されるようにコップを持って合わせた。
「それでは、二人の合格を祝って乾杯!」
「乾杯」
 冷めた掛け声を上げるカンナも來未と合わせて一緒にジュースを口に運ぶ。一口飲み終えると、來未がぱあぁーと大袈裟な態度をとる。
「今まで散々お酒飲んでたの今頃ジュースってね」
「ごめんってー、だって大学生になるわけだからこれを節目に真面目にって思って」
「手遅れでしょ」
「でも、やっぱりおさけだよねー、持ってくる」
 來未は立ち上がるとそそくさと部屋を出て行った。戻ってきた來未がお酒の缶を数個持ってくる。そしてもう一度開け、乾杯をして飲む。
「やっぱこれねー」
 ご満悦の來未にカンナは小さく笑って答えた。
「私らはこれでいいの」
 くだらない会話を楽しみながらお酒とお菓子を口に運んで行く。
「あんたは学科、どこなんだっけ」
「私は法学。で、早苗が心理」
「一緒にしなかったんだ」
「うん。少し興味があったっていうのもあるんだけど、今の自分から変わりたいって意味が大部分かも。それにそこまで一緒に行くのは早苗の負担になるだろうなって」
「ねぇ、あんたは二度も振られたのになんで諦めないの?」
「一回目は気持ちのすれ違い……だと私は思ってる。それと、二回目の告白の時もなんだけど、何か我慢してる隠そうとしてる気がしたの」
「どういう事?」
「ごめん、なんて言うのかな?」
 お酒を一口飲んで悩みながら言葉にする。
「んー、本心を隠すための咄嗟の言い訳の様に聞こえたの」
「そ」
「うん、だから私は最後に早苗の本心を聞きたいの。それだけを聞けたら満足かな、そしたらまた気長に新しい出会いを探すよ」
 來未はお酒をまた口に運ぶ。どこか落ち着いていて、どんな結果でも受け止められるんだろうと、カンナは感じた。
 知覚で來未を見てきたカンナだからこそ、たまに見せる來未の不安定さを知っている。でも今の來未からはそんなものは一切感じない。
 いつの間にか大きく成長し、大人になっているように見える。カンナは追いつかないといけないとそう感じた。
「あんた、大人になったね」
「そーお?」
「私も騎士に告白する。結果はどうあれそれで終わらせる」
「そっか」
 そう言って二人はお酒を飲んだ。



 カンナは騎士との約束の日を迎えた。
 騎士とのデートそれがカンナのお願いだった。
「お待たせ」
「よっ!」
 斜め掛けバックを背負っている騎士が朝から大きな声をかける。カンナはすました顔で騎士の前にたついつもの様に冷たく言う。
「行こ」
「おう!」
 カンナは改めてカバンを背負い直し、騎士と一緒に駅に向かった。都市部からだいぶ離れた人気のない駅で二人は降りる。
 見慣れない街並み景色を見つめながら歩いているとすぐに大きく立派な旅館が姿を現す。
 二人は一度荷物を預けたからたわいのない会話をして観光する。見慣れないお菓子を食べたり、足湯を体験したり、お箸づくりで二人おそろいの物を作った。
 そして、たくさんの写真と動画を記録していく。そして脳裏に焼き付ける。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 チェックインを済ませた二人はそれぞれ温泉に向かう。その後に二人で豪華な旅館のご飯を食べて夜を迎えった。
 本当に一瞬だった。
 永遠に続いて惜しいと何度も思った。立ち止まっても、引き留めても、時間は止まらない、楽しい時間は過ぎていく。
 部屋の電気を消して二人が布団に入る。始めは今日の楽しかった思い出話で盛り上がるが次第にそれもなくなり、静かになる。
 暗闇の中、カンナだけがこの儚い時間に涙を流した。
 次の日、朝食を食べてから旅館からチェックアウトする。
 少し時間があることもあり二人は妹と弟へのお見上げをそれぞれ買い電車に乗った。
 行きと同じように帰りも隣同士に座るカンナと騎士。しかし、その隙間が縮まることはなかった。
 まだ少し時間があった二人は海に来た。
 フェンスの先に広がる海の波は少し荒く濁っているように見える。風も少し強いせいか人は全然いない。
「久しぶりんみきたなー海なんか」
「私も」
 ただぼーっと海を見つめる。繰り返す波と海水の音が耳を揺らす。
 心地よく、心落ち着かせてくれる。
 もうわかっている、結果は出ている。そろそろ終わりの時間。
 カンナは改めて騎士に向き直り静かに瞳を見つめる。騎士も空気を感じ取ったのか改めて向き直る。
「私、騎士が好き。いいつも笑ってて明るい所、優しい所、誰かのために真剣に向き合えるところ。話し方笑い科t、その長い髪すべて含めて私はあなたが好き、騎士が好き」
 自分が思っていた以上になぜか緊張はしなかった。
 潮の音が二人の間を抜けていく。騎士の返答はまだない。
 悩んでいる、深く考えている。きっと言葉お選んでいるんだ。私をなるべく木津付かせないようにと。
「……すまん。気持ちだけは受け取るよ、いろんな楽しい思い出をくれてありがとう」
 ふられた。正直おおよそ分かっていた。好きでずっとそばにいたからこそわかってしまう、自分に気などない事を。
 今回の旅行でもそれを再確認した、痛いほど痛感した。
 涙はもういらない。昨日の夜……ううん、今までの夜、何度も何度も泣いたのだから。だからもう辛くない。悲しくないんだ。この冷たい海の様に間の心は冷たくなっている。それがカンナの知っている身を守る唯一の手段だったから。
「カンナのおかげで自分の気持ちが分かった、気づいた。カンナには正直に言うよ俺の好きな人、聞きたくなかったら言ってくれ」
 カンナは静かに首を横に振った。表情も変わらないカンナに安心した騎士はとある人の名前を言う。
「……好きだ、俺は。この気持ちにやっと決心がついた」
 不安そうな顔を浮かべる騎士にカンナはいつも通り落ち着いた声で答える。
「私は応援する」
 きっと騎士は口に出すことで、誰かに聞いてもらうことで自分の気持ちを再確認したかったんだと思う。
「すまん、俺そろそろ帰らないと」
 カンナも時間を確認してみると約束の時間を少し過ぎていた。
「いいよ先返って、付き合ってくれてありがとう」
 騎士は駆け足でカンナの横を通り過ぎていく。でもカンナは振り返ることができなかった。
 そんなカンナの背中に騎士の声が届く。
「こんなに楽しかったの、それに嬉しかったのは初めてだ!一生の思い出だ!絶対に忘れない!ありがとう!」
 遠くから潮の音をかき消すようにカンナの冷たい心に染みわたる。
「辛くない……辛くない」
 誰もいない海辺で静かにつぶやく。感情のない声で繰り返しつぶやいた。
「……辛くない……辛くない」
 辛くないはずなのにもかかわらず声が震えはじめる。そして両眼から涙が滴り始めた。
「辛く……ない……わけ、ないじゃない」
 震え声は嗚咽と変わり、そして、号泣へと変わっていく。冷たくかっこいい姿など想像できない程、ため込んでいた悲しみを海に吐きだしていく。




 慣れないスーツに少し違和感を感じながらも新しい環境に内心少しわくわくいしていた早苗。
 大学の入学式を終えた僕は改めて人の多さに驚いた。うちの高校からもこの大学に何人か入学したはずだが、こんなにも人が大勢いると見つけるのはおおよそ不可能だろう。
 そう思っていると聞きなれた声が後ろから聞こえる。もう何年間この声を聞いただろう。
「早苗~」
 振り返ると必死に人込みをかき分けて来たのか疲れた様子のスーツ姿の來未。そもそもどうやってこの人ごみの中見つけ出せたのだろうか。
 そんなくだらない考えを抱いている間に來未の虚空が落ち着いたようだった。
「大学も一緒のなんだね、狙ったでしょ」
「まあまあ、一緒に帰ろ」
 二人は一緒に会場を後にする。
「サークルはいる?」
 來未の問いかけに早苗も「普通に答える。
「特に、っていうか言ったら来るでしょ」
「ご想像に。にしても、スーツ着るだけで一気に大人っぽくなるよね、早苗すっごく似合ってるよかっこいい」
「はいはい。來未も似合ってるよ、可愛い」
「でしょー、私仕事出来て頭よさそう」
「いやそれはない」
 たわいのない会話をしているうちに家に着いた。
「ねえ早苗」
 少しまじめな口調で言われまっすぐ玄関に向かっていた足が止まる。
「大丈夫なの?」
 何のことかさっぱり分からない。だから考えても無駄だ。
 僕は止まった足を動かし、鍵を取り出し玄関のドアを開ける。
「私はまだ諦めてない」
 ドアを閉める瞬間そんな声が聞こえてきた気がした。

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