第35話

文字数 3,581文字

「どうしよう」
 夕暮れ時の帰り道を歩いている來未の口から小さく言葉が漏れる。
 ついさっき早苗とあった時に言ってはいけない言葉を言ってしまった。そのことを今すぐ謝るべきか、日を改めるべきか。
 スマホを確認すると騎士から連絡が来ていた。メッセージ送って謝る機会をうかがってみたらって。
 來未は簡単に返信を済ませ急いで家に向かった。
 その途中、スマホを確認するも早苗に送ったメッセージに既読は付かない、もちろん返事もない。嫌われたかもしれない。今頃凄く怒っているのかも……。
 結局家までついても早苗の既読はつかない、返信はない。
 いきなり家に言って謝るべきか。そんな迷いを抱きながら、気が付けば早苗の家のドアの前に立っていた。
 ゆっくりと早苗の家のインターフォンに指を伸ばす。正直言葉なんて何も考えてない。早苗の両親が出てきたらなんて説明すればいいかもわからない。
 欲を言うなら、あまりいい印象を持たれていないみたいだから会いたくはない。
 ボタンを押すと家の中から微かに呼び出し音が漏れて聞こえてくる。しばらくたっても返事は何もなかった。
「はぁ」
 両親がいないことに張り詰めた緊張から解放され息を吐き漏らす。それでもこの結果がよかったとは言えない。早苗の事に関して何の解決もしていないから。
 いつまでも早苗の家の前で待っている訳にもいかない來未は振り返り正面にある自分の家に向かう。玄関に手をかけると同時にスマホが鳴る。
 早苗から?と期待した來未は開けようとしたドアから手を離しスマホを確認する。
 早苗からではなく騎士だった。
 冷静に考えれば早苗のはずないのになぜか期待していた來未はため息交じりで騎士からの通話に出る。
「はぁ、どうしたの?」
「來未どうだった?」
「出なかった」
「そっか……悪いが今回は俺も手伝えそうにない、俺が通話しても一切出ないんだ、既読もつかねー」
「そう、ううん、そこまでしてくれてありがとう、私が掘った墓穴だしどうにかする」
「そっか……じゃー頑張れよ!ただ今回はたいへんそうだな」
「なんで?」
「俺からメッセージ送ったり通話した時、でねーことねーんだよ今まで。まあ普段全然メッセージも通話もしねーけど。……だけどさぁ、今回やらかしたの來未で俺関係ねーだろ」
「う、だって心配だっ……」
 來未はそこで固まった。ありえない可能性を脳内で予想してしまっている自分がいた。
 ありえない、ありえない、あり得ない。考えたくもない、予想したくもない。
「おーい來未……おい!……來未?おい來未!……來未!」
 次第に必死になっていく騎士の問いかけは來未の耳には届かない。
 力なく上げていた腕が下に落ちる。ふらふらとゆっくりもう一度早苗の家の前に戻る。まるで現実ではない、夢の世界にいるかのように來未の心はほとんど失われていた。
 考えたくない、あって欲しくない可能性を否定しながら進んでいく。
 力なく押されるインターフォンの音がただ小さく返ってくる。
 恐る恐るドアノブに力をかけるとカチャっと音が鳴って開いた。
 ドアノブに触れていた手が震えだし、心臓の鼓動が速くなる。現実から目を逸らすように靴を脱ぎ捨てカバンを放り投げ、すぐ横にある階段に倒れ込みながら登っていく。
「……はぁ……はぁ、早苗……はぁ……早苗……ねぇ、早苗!」
 ふらつく足と掠れる声を何とか張り上げる。しかし返事が何もない。
 きっと早苗の部屋は昔と変わってないはず、窓側の部屋。
 早苗の部屋は暴れた後の様に散らかり部屋の扉は開きっぱなしになっていた。
 最悪な予想が現実のものになっていく。
 急いで家から飛びだし道路の真ん中に立った來未は急い通話の繋がっている騎士に話しかける。
「ねぇ!騎士!早苗が!早苗が!早苗が!」
 我慢できず震える声と同時に涙が溢れ出る。堪えきれない嗚咽がその先の言葉を遮る。
「ああ、繋がってるぞ!どうした!來未!早苗がどうしたんだ!」
「早苗が家にいない!出て行った!探さないと……きっと……きっと」
 その言葉の先を嗚咽が邪魔をする。
「なんだ!なんでそんなに!」
「さっき、早苗……橋の上で……」
「わかった!俺は東にある橋を探しに行く!來未は!西を頼む!」
「うん……ありがとう」
「礼は言いから急げ!」
 來未はスマホをポケットにしまってから走り出した。
 やだ、やだ、やめて、かさならないで、なんで重なるのよ!嫌だよ!
 來未はただ必死に走る。感覚のない足がもつれ地面を滑る。うまく着地できずに腕と顎を大きくに擦りむいた。ジンジンと痛みが走るがそんなことで足を止めれるはずがなかった。
「早苗……お願い……お願い……どこにいるの……ねぇ、お願い!死なないで……死なないで!」
 見つからないまま日が暮れた。走り疲れ痛い足を動かし続ける。でも休めるはずがない。來未は橋を歩く人を見るたびに全力で走った。胸が張り裂けそうになりながら、少しでも似ている人がいたら走って追いかけた。
 それからしばらくして、もう一度東に流れる橋を探す。そして、いないでと願いながら真っ暗な川を見つめる。
「もっと人気のないくて……高い所」
 とっくに枯れたはずの涙がまた溢れてくる。何度も止まってはまた流れ出す。
 車も通らない少し高めの橋で下を見つめる人影が見えた。真っ暗の橋にかすかに見える。
 近づくにつれ早苗に似ている気がした。
 同じ橋に着いた時、それは確信に変わった。
「早苗!」
「來未」
 來未の叫び声に振り返る早苗は小さな声を漏らす。歩き疲れて棒のようになっていたはずの來未の足が地面を蹴り早苗の元にかける。
「何でここに」
「何でって早苗を探しに来たに決まってるでしょ!」
 目の前にいる早苗に來未は怒鳴った。
「どんだけ心配したと思ってんの!」
「それはごめん。……ただかえってくれない。今は一緒にいたくない」
 早苗はどこか落ち着いてまるで別人の様だった。その暗い瞳から生気すら感じない。
 その態度が余計に來未を心配させ、胸を締め付ける。
「やだ!ぜったいにやだ!一緒に帰ってくれるまでここから離れない!」
「お願い……最後のお願いだから」
 感情のない声で言う早苗のお願いに來未は涙を流しながらお願いした。
「お願い……死のうとしないで……生きててよ……早苗まで、私の前からいなくなろうとしないでよ……」
「……」
 早苗は何も言わないでまた橋の下を見つめる。
 來未はそんな早苗の背中に静かに語り始めた。
「ねぇ……私の家ってさ昔はお母さんが専業主婦してたの覚えてる?」
「……」
「知っての通り今は共働きでたまに帰りが遅くなったり帰ってこなかったり。そうなったのにはちゃんと理由がある。損害賠償金を払うため。家を出てった私のお姉ちゃん、自殺したの。ねえ知ってる?自殺したらその悲しみを背負ったうえで、多額の賠償金まで払わないといけなくなるんだよ。……幸い、違う災厄だけど親はお姉ちゃんに対してあんまり罪悪感を感じていなかった、むしろイラついてた。でも私は死ぬほど胸が引き裂かれそうになったの、一度も謝れてないの」
「……」
「お願い、やめて。死なないで。残される私たちの気持ちはどうなるの?その苦しみを私たちに味合わせたいの?私だけじゃない、騎士もずっと引きずって行かなきゃいけなくなるんだよ!」
「うるさい!」
 早苗の怒声が來未の言葉を遮る。その勢いに押され來未は何も言えずに口籠った。
「かんけいないだろ!他人だろ!しらないんだよそんなこと!気持ち悪いんだ、吐き気がするんだ……」
 早苗は震えだす体を両腕で抑えながら目をつむり必死に耐えるように震える声で続ける。
「耐えられないんだよ……辛いんだよ……もう嫌なんだ。この苦しみに耐えられないんだ」
「何がそんなにつらいの?何がそんなに嫌なの?」
 來未の問いかけに目を見開く早苗は開いた口をゆっくりと閉じる。
「手伝ってあげられるかも、助けてあげられるかも」
「無理なんだよ……來未には何もできない」
 早苗は少し間を開けてから小さな声で力なく言う。
「でも聞いてあげることは出来る。だから、お願い」
 優しいと來未の問いかけに早苗の感情が爆発する。
「そんなことできるわけないだろ!僕の気持ちが分かるわけないだろ!人に合わせてきた奴に僕の気持ちが‼」
 また怒りを買ってしまった。それに早苗の言った言葉が私の胸に刺さる。その通りだと私は思った。早苗の言ったことが正論で私の言葉なんてただその場を取り繕った言葉。
 早苗に死んで欲しくないという自己満だけ。それ以外に何も考える余裕なんてなかった。痛みを苦しみを理解しようなんて思えていなかった。
 フラッシュバックするあの時の罪悪感と後悔をただがむしゃらに早苗に押し付けているだけ。
 その時、聞きなれた声が來未の前方、早苗の後ろから聞こえてくる。
「なら俺に聞かせてくれ」
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