第30話 ただ一人の女の子

文字数 2,669文字

 ファミレスで教科書とノートを開いている同じクラスの女子三人組。
 もくもくと勉強をしている中、もねが携帯をいじり始める。それにつられ残りの二人もスマホをいじりはじめ、自然と休憩に入った。
「調子はどーなのー」
「ぼちぼちかなー」
 志津の問いかけにもねがノートを見ながら答える。
「違う違う、勉強の方じゃなくて彼氏」
「あ、いい感じ。まじいい感じなの、このまま結婚するのかなーって最近は考え始めてる」
「え、ほんとー?もねに限ってそんなことあるの、勝手に一人で思ってるだけじゃない」
「いや、全然そんなことないの。お互いにそう言う話してるってこと。志津の方こそどーなの」
「特に何もないよ、ただ同じ大学目指してるぐらいかなー」
「いい肝心なんだ、なんだかんだ言って記録更新してんじゃない?」
「あ、そーかも。でもそれはお互い様」
「そっか」
 もねと志津が笑い合う中カンナだけがじっとスマホとにらめっこしていた。
「ね、カンナはどんな感じ?」
「……」
 もねの言葉にカンナは沈黙を返す。
「まだ付き合えてないんだ」
 カンナはもねの言葉にただ頷いた。
「え~?なん回かしたんでしょ~?」
 志津がそう続ける。
「でも、あれ以来誘いに乗らない」
「え、がち?なんかあった?」
 もねの問いかけに対するカンナの反応は首を横に振るだけだった。
「難攻不落じゃん」
「でも、今頃になってなんで?あ、來未とかに聞いてみたら?前見たときはまだ早苗の事狙って頑張ってるみたいだったし、あの三人幼馴染じゃん」
 そんな会話をしているとあっという間に勉強時間が終わってしまう。
 もねと志津が恋人との予定があるため勉強会はお開きとなる。
 なにも予定がないカンナはスタ時をに足を運んだ。
 部屋にないるとやっぱりいつもの様にアコギをならしている騎士がいる。カンナは演奏している騎士と向き合うように静かにパーペットに座る。そして、演奏が終わると同時に小さな拍手を送った。
「きたのか、今日も勉強会だったんだろ」
「そう……でも、恋人いるからすぐにお開き」
「なるほどなー」
 騎士に返す言葉が思いつかず静寂が訪れる。それでも騎士が引き始める事はなく黙ってカンナを見つめていた。
「なんかいいたいこと、話したいことあるんだろ」
 初めて話した時からそうだった。自分の思いを最初から見透かしているようにやさしくは暗視を聞いてくれて相談に乗ってくれる。
 同じ長女と長男なのにもかかわらず、騎士の方が何倍も大人に見えた。騎士の前だと不思議と弱さを見せてしまう、そんな自分がいた。
「まだ迷ってる……進学するか働くか。騎士はなんでしんがくしないの?したくないの?」
「したくない訳じゃないけどな、弟の選択肢をもっと広げておいてやりたいんだ」
「でもあんたの人生はそれでいいの。うちの勉強の相手してくれてるぐらい成績もいいし頭もいい、それに夢もあるでしょ」
 カンナの最後の言葉に俯いている騎士の表情がわずかにゆがむ。
「わたしはあんたの夢を応援してる、叶えて欲しいと思ってる」
 そう続けながらカンナはゆっくりと騎士に近付いた。
 下ばかり見ないで、上を向いて、私をみて。お願いだからこっちを向いて。
 あんなの夢を私は全力で支える。その民に今必死になって勉強してるの。少しでも一緒にいたい、傍にいたい。そんな気持ちももちろんある。
 でもそんなおもいよりも、あんたの夢を隣で追いかけたい。隣で見ていたいの。
 ねえ、あんたの気持ちはいったいどこにあるの?何であんたはそんな寂しそうな顔をするの?知りたい……教えて欲しい。ねえ、その気持ちはあんた意外に他に知ってる人はいるの?來未は知ってるの?それとも早苗が?
 あんたは去年の夏休みが明けて少ししてから時々寂しそうな顔を浮かべるようになった。あんたの周りで起きたことで私の知ってることは來未と早苗が分かれたことくらいしか知らない。
 もしかしてそれが原因なの?
 でもあなたに何がそんなに関係あるの?それとも就職のこと?将来のこと?夢を諦めきれなくて悲しんでるの?
 知りたい、聞きたい。
 きっと私だけがあなたのその表情に気付いてる。私があなたを一番気にかけている。あなたがわたしを気にかけてくれているように、私はもっとたくさん気にかけえるの。
 騎士の口にゆっくりと近づくカンナの顔。
 うつむく騎士にそっとキスをしようとした時、カンナの肩を両手が抑える。
 顔を上げた騎士が首を振りながらカンナの体を遠ざける。
「だめだ。そう言うのはもうやめよーって言っただろ。ちゃんと付き合った恋人同士がやるべきだ」
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。分かってくれたら」
 もう一度騎士から少し離れてす向き合うように座る。今度はカンナの方が騎士とは対照的に俯いてしまう。
 悪いことをしてしまったバツの悪さから、そして、こんな状況にもかかわらず自分からまたお願いしようとしている自分の行動、立場、考え全てに頭があげられない。
 だけど、カンナは言葉にした。
「お願いがあるの」
「ああ」
 その言葉にただやさしい返事が返ってくる。
「私目指す場所決めたから、そのに合格したら一つだけお願い聞いて欲しい」
「いいぜ。ってか今言わないのかよ」
 笑いながら言う騎士にカンナは静かに答える。
「……今は言わない」
「じゃっさっそく頑張らないとな、付き合うぜ!どれどれ、見てやる」
 担いでいたアコギを片付け始める騎士に戸惑いを隠せないカンナ。
「ちょっと……せっかく練習してたのに、なんで。こっちの事は気にいなくていいの、何のための約束なの」
 カンナのその言葉に騎士は動きを止めることなく当然のように答えた。
「いまは、そっちの目標の方が大切だろ。それにその約束、俺と一緒にかなえちゃだめなのか」
 笑い飛ばす騎士にカンナは何も言い返せない。
「それに普段家でねーちゃんしてて大変なんだろ。今このタイミングぐらい甘えたっていいじゃねーの?」
 優しい言葉がカンナを包み込む。
 その言葉で胸からこみあげてくる思いを必死に抑え込む。それでも止まらない感情が涙となってあふれ出した。
「なんで、あんたはそんなにやさしいのよ!馬鹿!」
「なんだよそれ、って言うか俺といる時はよくなくなぁほんとに。……よく頑張ってるよ」
 カンナを優しく抱き寄せる騎士は、柔らかい声で囁いた。そして、カンナの背中を優しく摩る。
 もう止まることのない感情が嗚咽と変わっていく。
 あんなにも強くてかっこよかったカンナの姿は今はもうどこにもない。騎士に抱き寄せられるカンナはただの一人の女の子になっていた。
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