第15話 早苗の思い

文字数 1,875文字

「おまたせー」
「ありがとう」
 早苗の元に着いた來未は席に座り、ビニール袋から焼きそばを取り出した。
「おいしそー」
「うん、おいしそうだよね」
 焼きそばの香りがケースを開けると一気に溢れ出す。二人は同時に手を合わせ、いただきますと言って食べ始めた。
 お互い食べ終わり、今度は早苗がごみを捨てに行き、飲み物を買う。二本のペットボトルを買って戻ってきた。席に着くなり二人は同時に水を飲んで喉を潤す。
 少ししゃべりやすくなった所で來未が先に口を開いた。
「こんどは、早苗の番。全部じゃなくていいから、言えること言っときたいこと、それとあの夜お父さんとお母さんに何で叱られてたのか早苗の口からききたい」
「わかった。でも、來未と比べたら全然足したことは無いよ。でも、詰まり詰まりになっちゃうのは許して」
「大丈夫」
 まっすぐな瞳でうなずく來未。早苗はその視線に押されるように言葉を選びながら話し始めた。
「最初に、來未が聞いてたテストの話だけど、目指してる大学があって……そこに受かるためのボーダーラインに今回届いてなかったんだよね」
「その成績落ちた要因って、私が夏休みに早苗を呼んでたから?親に嫌われてるのもそれが?」
 言葉を選びながらゆっくりと話す早苗に來未は食いつくように問いかけた。そんな態度に早苗は小さく笑いながらゆっくりと続ける。
「別に……それだけが原因じゃないよ。自分のためにならないような、好きな事しちゃってるだけ。……それと、きっと親が嫌ってるのは普通じゃないからだよ。親にとっては普通じゃないからだと思う」
「普通……。」
「そう。來未の染めてる髪や服装がそう思わせたんだろうね。それと夜まで遊んでるところ?……僕はそんな來未を別に普通じゃないとは思わなかった、……いい方悪いかもしれないけど本音はどうでも良かった。だけど、それでも、僕にとって『普通』は……一番大切な事なんだ」
 普通にそこまで執着する理由が分からない來未は続けて聞く。
「そーなの?」
「こんな僕を、普通がここまで連れて来てくれたんだ。僕は……どこまでも普通になりたいんじゃん、どこまでも普通を極めたいんじゃない……どこまでも普通でいたいんだ」
 その考えは普通なの?と瞬間的に思ったけど口から出ることは無かった。早苗のどこか儚げで虚ろな瞳に、全てを奪われ何も言えなくなってしまった。
「そうだね。さっき言ってた……僕の好きなこと言っとくよ」
「うん、聞かせて」
「歌う事……歌を歌う事なんだ。……あと、これは夢なんだけど、ある人の歌を歌いたいんだ。リズムは、覚えてるけど、曲名は覚えてない、誰の曲名かもわからない。だけど、ここ曲がきっかけで僕は歌を歌うことが好きになったんだ」
そう言って早苗は鼻歌でリズムを奏でた。不思議と來未の懐かしい気がした。どこかできいたことあるような、そんな不思議な感覚が來未を支配する。
 ただカラオケでのあの歌唱力、心御打たれたあの歌声の理由が少しわかった気がする。
「凄かったよ。歌声綺麗だったよ。歌手になるの?」
「歌手なんて……将来その道を進むつもりはないよ、もっと普通な大人になるよ……歌手を目指すなんて、変わってるし。……普通、じゃないと思う」
 否定したい、でも否定してはいけない気がした。普通という言葉が早苗の奥深くにしみこんでいる気がする。
「僕は普通じゃないものは嫌い……でも、それ以上に普通じゃない、そんな自分がもっと嫌いなんだ。嫌なんだ、だから……來未の空気を読む力が好きだった」
「そう、なんだ。親とかは大丈夫なの?大変そうだけど……」
 來未の失敗そうな顔に早苗は優しく微笑みながら続けた。
「大丈夫。確かに厳しい所もあるけど、気持ちは分かるから。僕のためにしてくれてるから……それに、僕を普通にしてくれてる。それは凄く嬉しい」
 気が付けば夕方で、あっという間に文化祭が終わってしまった。
 教室では教卓の前に早苗と來未が立ち、皆に祝われながら写真を取られた。まさに注目の的で、今回の出し物の貢献はこのカップルだと盛大にたたえられた。そして、騎士が來未にくっつき盛大に祝う。お祭り騒ぎの中、その騒ぎに酔う様に早苗も來未も騎士も盛大に騒ぎ合った。この一時の空間が三人の溝をと距離を埋める。まるで昔のあの頃のように。
 久しぶりに早苗と來未と騎士、三人で一緒に帰った。文化祭で起きたたわいのない会話を続ける。昔みたいに騒ぐ事はなく、高校生になって落ち着いていたけど楽しかった。会おうと思えば、またこの三人と会える、一緒にいられる。
 この時の來未はまだそう思っていた。
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