第11話 ああ最悪だ。

文字数 2,318文字

 気分転換に來未は一人で町に出て映画を一本見た。
帰り道、もう薄暗くなっている夜空を見つめ夏の終わりを感じる。
 家に近付くにつれおじさんの怒号がどこからか微かに聞こえてくる気がする。家の目の前で、それは確かの物となった。
自宅の前で確かにその怒りの言葉が後ろから聞こえた。そして、その声が早苗の部屋の窓から漏れ出ていることに気が付いた。
 ドアノブに伸ばしていた手を止める。会話の内容が気になった來未は、恐いもの見たさからか、耳を澄まし早苗の家に近付いた。

「今回の期末テスト……いつもよりも出来が悪いじゃないか」
 早苗のお父さんの声にたいし早苗の声は聞こえてこない。
「原因を解明し、それついての解決策をいつも考えろと言っているだろ。まだ答えを出してないのか!あれから何日たった!」
 きつい言葉にその場にいない來未も思わず身を縮こませてしまう。
「もう……何度言わせたらわかるのよ。あの子と付き合ってるんでしょ?まさかあの子のせいで?悪い方向に……」
 早苗のお母さんの悲しむ声が來未の胸を締め付ける。
「お父さんとお母さんを悲しませるな。別に人間関係にどうこういうわけじゃないが、お前もいい加減大人なんだ。人付き合いはよく考えなさい」
 さっきまで怒っていた早苗のお父さんの声が今度は優しくなっていた。そこへ更に早苗のお母さんの声が休ませない。
「昔から何度も言ってるでしょ。普通の子になって普通の生活を送りなさい。そうじゃないとこの先とても苦労するのよ」
 そこで初めて早苗の声が聞こえた。
「……ふつう、じゃない」
 その声はとても静かで少し震えていた。
「ええ。その目……今のあんたは普通じゃない」
 早苗のお母さんの落ち着いた声がはっきりと聞こえた。

 來未は家に帰る。
「今日は遅かったな」「もう用ご飯できてるわよ」
「うん」
 來未は空返事で部屋に向かった。ぼーっとしている來未の耳に両親の言葉が届くことは無い。 
部屋に着くと同時に荷物を椅子へと放った來未はそのまま布団に倒れた。
 そしてさっきの事を思い出す。
見てはいけないものを見てしまった。知ってはいけないものを知ってしまった。そのことへの焦りか、不思議と胸のうちのドキドキがやまない。盗み聞ぎしてしまったことへの緊張が今頃押し寄せてくる。
 早苗の両親の言葉が來未に刺さる。來未の抱いていた不安が、現実のものとなる。
 クリームベージュに染められた髪を巻き、スカートを折り曲げ足を出し、夜の街で遊んでいる。今の自分の姿が、存在が、早苗の足かせになっている。好きでこんな格好をしてる訳じゃない、それでも來未には、この格好を辞める勇気なんてなかった。
 自分の意志なんてない。流されるようにカンナちゃんたちのグループに染まる。……そう、私は仲間外れにされるのが怖い。目の前で仲間はずれにされてみんなからいじめられている人の姿を見たことがあるから。だからこそ早苗の両親の言葉を否定できず、胸に刺さり続けた。
 それと同時に言葉では言い表せない感情がどっと溢れれてきて、來未の気持ちを、感情をぐちゃぐちゃにする。
 漏れ出す涙を布団が吸い取っていく。それでもぬぐえ切れない悲しみが嗚咽となって布団から溢れ出した。



 ああ最悪だ。
來未は化粧も落とさずあの日はそのまま寝てしまった。それに女の子の日で下着を汚してしまった。ついでに遅刻ギリギリ。
 化粧は諦め髪だけを軽く巻き玄関を開けると、丁度隣の家のドアも一緒に開いた。
「あら、來未ちゃん。おはよー」「あ、おはよー」
 騎士とそのお母さんが同時に家から出て玄関に鍵をかけている所だった。
「おはようございます」
 來未が挨拶に騎士のお母さんが昔と何も変わらない穏やかな笑顔で続ける。
「こんな時間にあうの珍しいわね。げんきしてるー?うちの息子の相手してくれてホントありがとね」
「いえいえ」
 相変わらず優しそうなお母さんに騎士が遮る。
「いいからそんな話。仕事遅れるだろ」
「でもね~」
「いいからいいから」
 騎士がお母さんの背中を押し、しぶしぶ車に乗り込む。
「すまん母さんが」
 頭に手を当てて笑って答える騎士に來未は微笑みを返し歩きだす。それに続いて騎士が來未の隣に並んだ。
「寝坊か?」
「うん」
「めずらしーな」
「うん」
 久しぶりの二人きりに少し緊張してしまい静寂が気まずかった。いつもなら騎士がたくさんしゃべってくれてたけど今日は違う。騎士も私と同じよう緊張しているのかな?そんな疑問を抱き確認するように顔を見る。
 すると同時に騎士がまた口を開いた。
「久しぶりだな、こうやって一緒に登校すんの」
 少しドキッとして焦ってしまう。
「……うん」
 來未は短く返事を返すことしかできなかった。でも、きっと落ち着いていてもそんな返事しか思いつかなかったと思う。
「おはよ―」
 教室に着くと同時にすぐ隣から大きな挨拶聞こえて聞くる。騎士の恒例の挨拶を忘れていた來未は少し眉を寄せてから騎士の後に続いて教室に入る。そこで机に座っている早苗と目が合った。
 昨日のこともあり少し気まずく目を逸らしてしまった。ああ、また逃げた。
 するとカンナちゃんたちがわたしの元に来る。
「どうした」
 カンナちゃんの言葉にいつもの様にもねと志津が続く。
「なになにー?なんかあった?生理?」
「最近そればっか」
 來未は教室に入り荷物を整理しながらうなずいた。
「飲んだ?」
 カンナちゃんの問いかけに來未は黙ったまま首を横に振る。
「ほんとにだるいやつじゃん、はい」
 そう言ってもねは薬を渡してくれる。
「ありがとう」
「授業始まるし終わってから飲みにいっておいで」
「うん」
 來未は志津の言葉に答えて席に座った。
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