第1話

文字数 2,084文字

 僕は普通だ。
 本当に普通だ。目立った特技もなく、成績も平均ぐらいで高校は市立で偏差値は50程度。特別クラスに割り振られることもなく、どこにでもいるごく普通の高校生。
 そんな僕は普通が好きだ。丸く収まり、見慣れた景色に溶けて居込んでいくモブキャラ。
 そうあり続けることが僕そのものだ。
 僕はいつも通りの教室で、いつも通りの朝を迎える。変わったことも目立ったことも一切起こらない。その日常こそが僕の至高の幸せだ。
 しかし、この教室には僕の大っ嫌いな奴がいた。
「おはよー」
 教室の入り口で朝っぱらから、すがすがしいほど爽快に大きな声を張り上げる男。綺麗に手入れされた艶やかな髪は腰に届くほど伸ばしていた。その人目を引く容姿と誰よりも明るく元気なキャラはクラスの――学年全体のムードメーカーになっている。
 そんな、奴のどこまでも普通から逸脱した人間性が嫌いだ。
 見た目が、態度が、いや、存在そのものが本当に不愉快だ。
 奴はまっすぐ僕の方に近付き隣の席に荷物を下ろす。そこが奴の席。
 無駄に明るい笑顔で奴が僕の名前を呼ぶ。
「よぉー!おはよー早苗」
 僕はどこまでも普通になり普通を極めたいわけではなく、どこまでも普通でいたいのだ。だからここで奴を無視すること自体が僕の信念に背くことになる。
 無視したい関わりたくない。だが、それでは普通ではない。少なくとも僕自身はそう感じた。ならばどんなに嫌でも演じざる負えない。
 胸に潜む気持ちを隠しながら僕はにこやかに笑って返事をした。
「うん、おはよ騎士(ナイト)。今日も一段と元気だね」
「あったりめえよ。毎日元気に!正直に!それが俺のモットーだからな」
 無理やり肩を組もうとしてくる奴の腕を、行動を、早苗の体が心が拒絶する。
「やめてよー」
 心とは裏腹に穏やかな声いう早苗は奴の腕を抑え胴体に手を伸ばされないように抵抗していると聞きなれた声がその抗争を遮る。
「あなた達、朝っぱらから本当仲いいね」
 二人は同時に動きを止め声をかけてきた女子生徒を見つめた。
 クリームベージュに染められた髪はミディアムで切り揃えられ、スカートは短く折りカーディガンを腰に巻く彼女。
 いかにも上位カーストの風貌をしていたその彼女の名前は來未。
「ああ、勿論!」
「いや、全く」
 早苗の言葉にまた突っかかろうとする騎士に來未の鋭い言葉が刺さる。
「もう授業始まるよ……まだ準備できてないでしょ」
「あ、そうだった!マズッ」
 騎士が慌ただしく動く中、他のクラスメイトは余裕を持って席に着き始めていた。
 僕は隣にいる奴を、この席になったことを、誰にもばれないようにただ一人静かに呪う。
 そんな間にも担任の先生が教室に入ってきてホームルームを始める。
「おーい、騎士まだかー」
「すみませーん!」
 クラスのみんながどっと笑い教室に笑顔が溢れるそんな中、早苗だけが誰にも知られないように小さく舌打ちをした。


 これは、どこまでも普通を目指し憧れた少年と、自分の中だけの特別を信じた者と、自分の色を持たない無垢な少女の恋の物語。






 授業が終わり放課後を迎える教室、帰る者や部活動の準備をするもの、はたまた掃除当番の者が思い思いの行動をする。
「ねぇ騎士、このあとちょっといい?」
 支度をしている奴は突然声をかけた來未に少し驚いた声色で聞き返す。
「おお、いいけど……」
 その問いかけに答えるかのように、三人組のギャルのうちの一人の声が飛んでくる。
「ねー、行かねーの?」
 すぐに彼女の方を振り返ると申し訳無さそうに手を合わせた。
「ごめーん。今日パスで!」
 彼女は返事の代わりに片手を上げ、三人揃って教室を出て行った。來未はいつもあの人たちと絡んでいるが、今日は奴にやむを得ない用事があるようだった。
 僕はそんな二人を横目で見ては、何事もなかったかのように席を立ちカバンをかつぐ。
「おつかれ、またな!」
「またね」
 そんな二人の挨拶にさっきの彼女たちと同じように片手だけを上げ無言で教室を出た。
 來未と同じように部活動に入っていない僕はいつも通りまっすぐ家に帰る、そんな変わらない平凡な一日を送っていた。



 お互い用事を済ませた騎士と來未は校門で集合すると並んで歩き出す。
「ほんとによかったのか、スタジオに向かって。家、別方向だろ」
「いいよ、久しぶりに騎士の演奏聞きたいし」
「そう改めて言われると照れるな」
 ランドセルのようにアコーステックギターが入ったケースを担いでいる騎士は改めてしっかりと背負い直した。
 スタジオに着いた二人は向き合う様に座る。そして、椅子に座って弾き語りを始める騎士を來未は体育座りで静かに聴き入った。
 暫くして演奏が終わり、騎士に黙って拍手を送る來未。どこか心ここにあらずの來未にいつもと違い優しい声がかかった。
「で、どうしたんだ」
 その静かな問いに体育座りの來未は爪先をもじもじさせながら、恥ずかしそうに顔を下に向け小さな声で答える。
「早苗の事が……好き」
 自分の気持ちをはっきりと言葉に出した來未はだんだんと顔を赤くし、騎士にもはっきりわかるほどわかりやすく真っ赤にした。
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