第21話 修学旅行2

文字数 2,388文字

 バスが動き始めて少し経つと周りの人たちも話し始めた。始めは小さい声だったがバスのエンジン音に、そして周りの話し声に負けないように声のボリュームは次第に大きくなり騒がしくなっていく。
 前を見れば誰にでも気後れせずに話しかけられる騎士がカンナちゃんに普通に話しかけていた。対するカンナちゃんの声はほとんど聞こえない。どうやら話しているというより一方的に騎士が話それをカンナちゃんが聞いている状態に近かった。
 その状況を見て來未の気持ちは少しだけ軽くなった気がした。気分がよくなった來未は流れで隣の木下くんに話しかける。
「ねぇねぇ」
 その言葉にビクリと肩を揺らす木下くんが謝った。
「ごめん」
 心に余裕ができたのか、來未は木下くんの態度を軽く受け流す。
「何謝ってんの、それよりさ、修学旅行楽しみ?」
 軽く笑いながら問いかけた來未の質問に、もじもじするだけで木下くんから返事がない。
 そこで來未は普段のノリでその池田くんに話しかけてしまったことに気が付いた。
 謝ればいいのか、質問に答えればいいのか悩んでいるんだと思う。焦って、変に深く考えて考えて、結局決断できなくて心の中で罪悪感を抱く。せっかくの楽しい修学旅行のはずだったのに木下くんの楽しさを減らしてしまったのかもしれない。
 いらない考えが気まずさを蘇らせる。
 ここでも、また気まずくなる……。そもそも何でこんな気持ちになってるんだろう……嫉妬からかな。
 カンナちゃんだけが楽しい思いをしてたら、騎士と楽しそうに話してたら。そんな姿を見たくなかったのかもしれない。理不尽にカンナちゃんの事がらやましいと思ったのかもしれない。
 そう思ってしまっている自分をひどく醜く感じた。本当に何やってるんだろう私は。
 それからしばらくして空港に着いた來未は早苗とも合流して四人揃った。
 点呼を終えてから、それぞれ飛行機の座席番号を渡される。
 騎士が配慮してくれたのか早苗と騎士が隣同士の番号でカンナちゃんと來未が隣同士になる番号を渡してくれた。早苗とは一番離れた番号。
 案内されるままに長い列になって飛行機に乗り込む。海外へ行くのは初めてでそわそわが止まらない。この一歩で日本から離れるんだ。
 そう思いながら席に乗り込んだ。
 飛行機の座席は三席ごと、少し嫌な予感がする。そして案内されるままに席に移動した時、前にいた騎士が振り返り申し訳なさそうな顔をした。
 それでだいたい察することは出来た。
 私の座席は通路を挟んで真ん中の席。私は気にしていない様子で席に着く。どちらにしろ、誰かが一人にならないといけない。それにカンナちゃんが一人のところ見たくないし。
 そう自分に言い聞かせ席に着くと、隣の席に木下くんが座った。左右が三列で真ん中が四列のこの席。木下くんの席の隣を見ると仲良さそうに女子が会話している。木下くんがここにいるということは、班長の流れで先頭に来てしまったのだろうか。
 バスの時もそうだったし……。
 奥にいる三人席を見ると男子が固まって座り楽しそうに話している。一番通路側の少し太っている男子、沼田くんがちらちらとこちら側を見ていた。恐らく、木下くんの友達で、一緒にペアを組んだんだと思う。
 間に挟まるように座る二人の女子は楽しそうに話していた。
 あのバスの時と言い、今回の空港の件と言い、いいように使われてるのかもしれない。
 どことなくついてない木下くんに親近感を感じた來未は笑いが自然とこぼれる。
「また一緒になったね」
 女子に挟まれて肩身を狭そうにしていた木下くんは驚いた表情で來未を見る。
「う、うん」
 木下くんは膝の上の荷物を抱きしめながらつぶやく。
 荷物を握る腕に力が入ったのを見逃さなかった來未は、今の何の変哲もないただの返事に凄い勇気を振り絞ったんだろうなと思った。
 頑張れ、もう少しだから。來未は素直にそう思った。
 來未は立ち上がってから、木下くんに手を伸ばす。膝の上に抱えている荷物、きっと上に置こうと思ってたんだと思う。でも、私がこんな見た目だからきっと声をかけられなくて動けなかった。
 それくらい勇気出せって他の人は思うかもしれないけど、返事をしてくれた、その勇気を見せてくれただけで來未は充分だった。
 まってるだけじゃだめ、こんな状況だからこそ自分から動かないと。せっかく楽しい修学旅行なんだから。楽しくなるかならないかは、結局自分次第なんだよ?
 自分に言い聞かせるように、そんな思いを乗せて木下くんの目を見つめる來未。
「荷物、上に乗せるんでしょ?」
「あ、うん。でも……自分で」
「いいよいいよ、それぐらい。私が通路側なんだから」
 申し訳なさそうにして、あたふたしている木下くんの荷物を來未は奪い取る。
「あ、なんか必要なもんあった?」
 木下くんは何も言葉を発さず小さく首を横に振った。
「りょーかっい」
 荷物を載せながら言葉を返した來未は、席に座り申し訳なさそうにしている木下くんにただ笑って見せる。
 木下くんはもじもじしながらも言葉を返す。
「ご、ごめん」
「いいの、そこはありがとうーでしょ」
「ありがとう」
「そ!それでいいの」
 満足そうにうなずく來未に木下くんは戸惑いながらも頷いた。
「飛行機乗るのは初めて?」
「うん」
 木下くんの返事は少しぎこちないけど、それでも來未は楽しそうに話し始めた。次第に木下くんの緊張も落ち着き始める。
「アニメ見てるんでしょ?」
「少しだけだよ」
 少し恥ずかしそうに言う木下くんに來未は笑いながら答えた。
「なにいってんの、絶対たくさん見てるでしょ」
「ま、まあね」
 すると初めて木下くんが笑い、來未もうれしそうに続けた。
「いいよ、聞かせて。気とか使わなくていいから」
 自分の行動のおかげで修学旅行が楽しくなった。そのことへの達成感と嬉しさで來未の心を満たし、楽しい思い出へと変わっていく。
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