第23話 花の影に

文字数 3,901文字

 背を向けて歩いていく荒井さん(來未)の姿を木下はただ見ていた。
「あ、はい」
 小さく発した言葉はその背中に届くことはない。
 もっと話していたい。そんな気持ちがあっても体が言う事を聞かなかった。遊ばれてるだけ、同情されてるだけ、ただの気まぐれ。自分が更に話しかけても迷惑。そう思ってしまう。
 いや、違う……ただ逃げてるだけだった。自分から声をかける、ただそれだけの行為に木下はただは足踏みをする。


 台湾に着いた木下は一人そわそわとしていた。他のみんなは友達と合流して異文化の文字と言葉を楽しんでいる。
 でも、木下はそんなものに意識はほとんど向かってなかった。そんな物よりも、さっきの飛行機内での荒井さんとの会話に心奪われていた。
 木下とは正反対の場所で生きている荒井さんが話しかけてきた。それに後半はほとんど普通の友達のように話せている自分に驚いた。
 正直始めは、ドッキリか何かか意地悪か何かかと思った。でもそれが事実ではないことは分かる。
「……た、……した、木下!」
 後ろから友達の沼田に背中を叩かれて木下は我に返る。
「おいどーしたんだよ」
「ごめんごめん」
「それよりさ、さっきのあれ何だったんだよ」
 まるで子供がプレゼントを貰った時のように目を輝かせ身を乗り出してくる沼田。
「な、何がだよ」
「おいおい、しらばっくれてんじゃねーよ。荒井さんと楽しそうに話してただろ」
 周りに聞こえないように囁き声で気遣ってくれている沼田だが、声からは高揚している感情を隠しきれていない。
「てきとーにだよ」
 木下は冷静に答えるが頬が不自然に上がってしまう。
「テキトーにって言っても、漫画、アニメ、ゲームぐらいの話しかできないだろ」
「そのアニメの話」
「ええ!」
 そうとう衝撃だったのか大きな声を出してしまう沼田、幸い回りも騒がしかったおかげで注目は浴びなかった。
 丁度その時先生の案内で皆がバスに移動を始める。
「なーどんな話してたんだよ」
 沼田の小声の追及を木下は流す。
「あとでな」
 そう言って木下は沼田と一緒にバスに乗り込んだ。隣同士の席になれたお陰でたくさん趣味の話ができる。
 バスはホテルに着き、そこで荷物を下ろす。同じ部屋の騎士と沼田はさっきの話をしようとしていたが会話話直ぐに先生の指示によって中断させられた。
 ホールに集まってからすぐにバスに乗り込む。バスの中ではほかの生徒も多く、というよりも荒井さんの座席が目の前で、そんな話は出来なかった。
 ダムの観光では皆の様に景色はそっちのけで、木下と沼田は小声で会話を始める。
「羨ましー、紹介してくれよー」
「無理だよ、こっちから話しかけられるわけないだろ。キモがられるし、迷惑だろ」
「荒井さんから話しかけてくれたんだろ、大丈夫だよ」
「なら、お前が話しかければいいじゃん」
「無理無理、恐い」
「同じだって」
 二人は笑いながら話を続けた。
「で、荒井のこと好き?」
 唐突の沼田の言葉に木下は戸惑いながらも答える。
「べ、別にそんなんじゃねーよ」
「俺は好き!ギャル恐いし、相手にされなさそうだけど」
「好きなのに怖いってなんだよ、それ」
「木下も気になってんだろ、荒井の事。もっと話したいんだろ」
 意地悪に笑う沼田に木下は何も言えない。
「俺だって、雫(カンナ)にそんな風に話しかけられたら、好きになる自信ある」
 少し照れくさそうにいう沼田、その姿に木下は笑った。
「なんだよ、ひどくね。ありえないって分かってるからな」
「違う違う、ただ想像したらさ、ただのパシリにしか見えねーなって」
 木下の言葉に同じように笑いながら沼田も続ける。
「それ言ったらお前も同じだろ」
「それな」
「何言ってんだろ俺たち、俺たちが恋バナ」
「しかも三次元で」
 何もかもがおかしく思えてきた二人はただひたすらに笑った。

 またバスに乗った二人が次に下ろされたのは九份だった。流石にアニメを知っている二人は、少し気分が上がる。
 だが木下はそれどころじゃなかった。狭い道のせいで基本的に班が並んで進んでいく。すると二人の視界には荒井さんと雫さんの後ろ姿と横顔が何度も視界に入ってくる。木下はどうしても荒井さんに視線を向けてしまう。
 正面からはなかなか見れないからこそ、しっかりとその顔を見たい。気が付けば、そんなことを思う様になっていた。
 あの時、飛行機で隣に並んで話した時も、ほとんど顔を合わせられなかった。恥ずかしかったからだ。
 だからこそ、しっかりと目に焼き付けたい。二次元のように止まってくれなければ、手元でいつでも表情を見せてくれるわけでもない。三次元であるせいで、しっかりと顔を見ることらままならない。
「しんどいな、この坂」
 隣で必死に階段を上っている沼田に木下は無言でうなずいた。
 木下にとってこの階段はしんどくはなかった。上を向けば近くに荒井さんの横顔後ろ姿が見え、足を上げて進めば、また一歩近づける。だけど、永遠にこの距離が縮まる事はない。荒井さんもまた一歩上がっていく。まるで、自分とは同じ土俵にいないかのように。
 そんなことは分かっている。荒井さんは高嶺の花のようで自分とは違い一歩先の存在。自分とは全く違う世界に立つ存在だ。クラスで一番上のカーストと一番下のカースト。この階段の高さが、そう感じさせたが自然と不快ではない。
 そんなこと始めから分かり切っていたからだ。
 ただ運命があるとするならばもう一度しっかりと顔を見たい。振り向いて欲しい。
 その時。
 荒井さんは立ち止まり振り返った。
 それは景色を眺めるためだったと思う、それでも間違いなく目が合った。すぐに目線を遠くにやる荒井さんを僕は立ち止まって見つめる。
 やっとはっきりと荒井さんの顔を見れた。神様のいたずらのように僕の声が届いた。
 少し遅れて到着した沼田が隣で荒い息を吐きながら休んでいる。でも今の僕はちっとも興味はなかった。
 僕は荒井さんの顔を脳裏に焼き付けてからはっきりと確信した。
 僕は荒井さんの事が好きだ。

 会場での夕食。
 沼田に勧められてパスタを取りに来た僕の腕を荒井さんが握った。
 この会場でもう一度荒井さんと話せたらいいな、とそんな思いを抱いていた。そしたら本当に、こんなアニメ未知な出来事が起こった。奇跡のような出来事だった。
 荒井さんはついてないねと笑ったけど、僕にとっては全くの逆。僕にとっては奇跡だ。
 荒井さんは少し話すと背を向けてどこかに行く。
 また、一軍の所に行くんだろーな。雫さんの方に行くと思った荒井さんの足が逆方向に向かって止まった。
 荒井さんはお皿の箸をいじくりながら周囲を確認している。一向に動こうとしていない。
 よく一人ぼっちになるからわかるのかもしれない。木下は今、荒井さんが独りぼっちであるということが分かった。自分から話しかけるチャンスは今しかない。
「あ……あの」
 微かに出た声は騒がしい会場の雑音にかき消さ荒井さんには届かない。
 その声で力尽きてしまったかのように振り返ると、離れた所に沼田がいる。友達なのもあるが特徴的な体系なおかげで直ぐに分かる。
 苦笑いを浮かべながら沼田の方に向かおうとすると、怒った顔で指を指してくる。
 沼田は次にスマホをかざして指を指した。メッセージを送ったというジェスチャーだと直ぐに分かり内容を確認する。
『おい!話しかけろよ!チャンス今しかないだろ、そして俺にも紹介しろよな。友達になれるだけで俺たちにとっては大勝利だろ。いつだって最後には二次元が俺たちを待ってくれてるだろ?それに、お前だけじゃなくて、荒井さんもきっと勇気出してたと思うぞ。それぐらい俺たちって接点ないからな、じゃなきゃ、バスであんな対応しなかっただろ。今度はお前の番だ、さあ行って来い、そして死んで来い!リア充爆発しろだ!死体回収は任せとけ(キリ』
 もう一度沼田を見れば笑って頷いている。
 流石に緊張で笑顔を向けられなかったが、同じように相槌を返した。
 そうだ、こう何度も何度もチャンスを手に入れてるんだ。神様が味方してくれている。そうだ、きっとそうだ!何を恐がってる!笑いものにされる?そんなはずない。少なくとも荒井さんはそんなことしない。信じるんだ!
 二次元だ三次元だとか今はそんなこと関係ない!実らない?叶わない?そんなもの、何度も二次元で経験してきてる!
 今の僕にとっての失敗はそんな事じゃない。勇気を出せるかどうか、行動するかしないかだ!
雑だってい、下手クソだっていい、かっこ悪くたって、みじめだっていい!行動しなかった自分よりも、何割かはマシだってそう思えるだけでいいんだ!
 荒井さんのすぐ近くまで行くと、僕に気が付いたのか振り返る。強張っている僕にキョトンとした顔を向ける荒井さん。
「あ……荒井さん……あの、一緒に……」
 木下はそれ以上の言葉を発せなかった。頭が真っ白になって今すぐこの場から逃げ出したい。
 だけど、荒井さんは少し驚いた顔をしてから笑って答えてくれた。
「うん、いいよ。丁度私ひとりで暇だったし。ってか、緊張しすぎでしょ、さっきそこで普通に話せるようになってたじゃん」
 馬鹿にされてるのかもしれないでも、嫌みではない荒井さんの返事に笑顔に木下の中にあった緊張が和んでいく。
「っていうか、荒井って何?來未でいいよ、湊(みなと)くん」
 來未はそう微笑んだ。きっとこれも愛想笑い、でも僕の心を癒してくれる。
 いつだってそう、僕の中に土足で踏み込んでくる。そして、外へ連れ出してくれる、思っているほど怖いもじゃないよって教えてくれているように、知らない世界を見せてれくれる。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み