第64話 領主の罠

文字数 2,460文字

「あの子治ったのかい」
ブレストは答える。
「ええなんとか、持ち堪えてくれるとはおもいませんでしたよ。今からカルケルさんに報告に行きます」
領主は少し考える表情をすると、
「待ってくれないか」
と言った。ブレストは突然の提案に少し驚く。
「待つ?何をですか?」
領主は顎をかきながら答える。
「あの父親への報告だよ。まだ容体は安定していないのだろう?2、3日様子をみてから
報告するのでも差しつかえないだろう」
ブレストはなぜ領主がそんなことを言い出すのかあまり意図が見えなかった。
「それはどういう…」
領主はその反応は当然と言わんばかりに苦笑した。
「ほんの2.3日だよ。そうしてくれれば君が前から言っていた薬の仕入れの拡大を行うと約束しよう」
そういって領主は契約書を書き始めた。
「何をする気なんです?」
「あの子は深刻なところからあの病を乗り越えた稀有な例だ。ぜひ他の地区の医者、私の信頼している何人かの先生に見せたいと思ってね」
ここで断っておくべきだったのだ。と後でブレストは悔いた。
だか一抹の不安を感じながらも2.3日その子を他の医者に見せるだけで薬の仕入れの拡大ができるのなら安いものだと彼はその瞬間思ってしまった。
ブレストは答えた。
「わかりましたでも2、3日ですよ」
領主は満足そうに頷くと自分の部屋にかえっていった。
次の日ブレストはカルケルにまだ何とか容体は保てているが、安心できないのでまだ対面することはできないと少し強引にごまかした。
そしてその日、カルケルが尋ねて来てから少しするとブレストの部屋に、帝国の医者と名乗る男が1人訪ねてきた。
だがブレストは長年の感で何となくこの男が本物の医者ではないような気がした。
だが、気のせいだと違和感を押し込め、メイに男を会わせた。
男はメイをみると、一緒に診療の記録もみた。
そして特に体に触るなどはせず、領主のところに戻っていった。
2人は何やら話し込んでいたが、詳細なところは聞き取れなかった。
ただ男が『あれなら申し分ない』
というようなことを言っていた所だけブレストは聞き取れた。
そしてその次の日、ブレストが毎日の見廻り検診に赴いてかえってくると、病室にはメイの姿がなかった。
ブレストが驚いて、このことを領主に尋ねると彼はなんてことはないように語り始めた。
「彼女は貴重な検体として帝国に一旦預けた」
ブレストはあまりの事に口が聞けずにいた。
「どういう事ですか?2.3日で両親の元に返す約束では?」
領主はゆっくりと話す。
「まあまあ、そう怒らんでくれ、私もそのつもりだったんだか帝国屈指のお医者さんがどうしてもというのでね。悪い話ではあるまい、あの子のおかげで他の多くが救われるかもしれん。」
ブレストは戸惑った。
「ですが…カルケルさんに何と言えば」
領主は続ける。
「その事なんだが、帝国からあの子が帰るまではあの子は死んだ事にしてほしい。」
ブレストはまたもや混乱した。
「それってどういう…」
その瞬間何となく彼は察した。
初めからこれが領主の目的だったのだと、子供の検体を1人帝国にわたすために彼は色々と理由をつけて彼女を両親の元に返さない用にしていたのだ。
「あなた、はじめから!」
領主は口に手をあてる
「そう騒ぎたてるな、何も殺すわけじゃないいずれはきっと両親にあえる。それにもしこのことがバレたら損をするのは君だ。薬のためにあの子を売ったのだからね」
この言葉にブレストは反論する。
「わたしはすぐ返すというから、あなたの話に乗ったのです。」
領主はニヤッと微笑む
「だか証拠はもうどこにもない、死んで火葬したことにせねばカルケルは娘を欲のために売った君を死ぬまで恨むだろう」
ブレストは必至で反論する。
「あなたがやったと言えばいい」
「誰も信じないよそんなことはね。この街…いやこの地区において私の言うことは絶対だ
私の影響力を知らんわけではあるまい」
ここでブレストは完全に領主にはめられたことに気づいた。
ここはこの男の提案に乗る以外の選択肢は無さそうにその瞬間は思えたのである。
権力があるものはどんなに悪いことでも自分の都合のいいように書き換えることができる。
そこからはあっという間だった。カルケルにメイは死んだと嘘をいい、診療所もそのように片づけた。だがメイの診療記録だけがどうしても書ききることができなかった。
どうしても嘘の記録だけは残せなかった…とブレストは崩れ落ちながら言った。
デルムタはなんとなく、それがブレストの心の叫びなのだろうと感じた。
誰かに気づいてほしい。真実を知ってほしい。というその願いがあの書きかけの診療記録をつくらせたのだろうと。
カルケルは聞き終えると、すごい剣幕でブレストに殴りかかる。
「あんた!それでも医者か!」
それをデルムタとピントがそれを必死に止める。カルケルは怒りのあまり肩で息をしていた。
ピントがレンドを見て話す。
「これもそうなのか?」
レンドが答える。
「恐らくその可能性は高いだろうな。その子も恐らく獣を作る元にされている」
これにはブレストを始め、後から来た面々が呆然としていた。
レンドは手短に後から来た三人にこの街で何が起きているかを説明する。
説明をうけてブレストは頭を抱えていた。
「まさか、そんな…」
カルケルはレンドに詰め寄る。
「じゃあまだあの子はその獣の中で生きているのか?」
レンドは残念そうに告げる。
「実際にそうかはわからないが可能性は高いだろう」
カルケルは一度に多くのことが起きすぎていて、頭が追いついていなかったが、一つ彼の中ではっきりしているのはレンドの立ち位置だった。
「あんたまさか、それを知ってでもあの獣を殺そうってんじゃないだろうな。そんなもんわしが許さないぞ」
カルケルがレンドに詰め寄る。ピントも同じようにレンドを睨んでいた。
グラントはなぜこれをレンドがカルケルに明かしたのか分からなかった。
こうなることはある程度予想がついたからだ。
レンドはゆっくりと息を整える。
「まず、お前ら2人の望みを整理しよう」
そういうと、レンドはカルケルとピントにむかいあった。
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登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

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