第39話 娘と母

文字数 1,151文字

一方クレアの酒場では領主がクレアの母に挨拶に来ていた。
領主は息子であるサルドと比べるとかなり年おいていたが、それをあまり感じさせない
迫力があった。
クレアは領主と会うたびにその圧をひしひしと感じて気分が悪くなった。
「これは領主様、こんなところまで」
クレアの母が挨拶をしてすぐ領主を席に案内する。
「いえいえ、私たちは家族になるのですから当たり前ですよ」
相変わらず母の腰はいやに低いままで、それがクレアの嫌悪感を強めた。
領主は我が物顔で椅子に腰かけると、クレアの母がすぐにお茶を出した。
領主はお茶も飲まず、すぐ本題を切り出した。
「つきましてはな、クレアさんにはここを離れて、我が息子サルドの住む館に移り住んでいただきたいと思いましてな」
これにクレアはすぐ同意した
「そうですね。あたしもそれでいいと思います」
「新婚ですからなあ。で館に入ってからは慣れてもらうために酒場の出勤はやめていただきたい」
だが同意している二人をよそにクレアの母はあまり予想していないことだったのか聞き返した。
「は?」
「聞こえませんでしたかな。これからクレアさんは未来の領主の妻になる。そんな方が結婚しても街の酒場で働いているとなったらどんな評判が立つか…」
クレアの母は俄然心配そうな顔つきになる。
「ですが私一人では…」
領主はあっけらかんと笑う。
「なあに、心配はいりません、クレアさんがお生まれになる前は立派に努めてきたじゃないですか。それともクレアさんの評判が悪くなってもあなたは気にしないのですか?」
クレアの母は押し黙った。
クレアは母の悲しそうな顔を始めてみたような気がしていた。
「お母さん…」
だがクレアの母はすぐさま切り替えた。
「いいの。私は、すいません領主様、当然ですわよね。クレアは領主様のお嫁さんになるんですもの、ここを手伝わない方がいいに決まっているわ」
領主はうんうんとうなずく。
「ほんとに物分かりのよろしいご家族だ。心配しなくても酒場は十分に栄えますよ」
だがクレアは領主がそんなことをサラサラ思っていないことを知っていた。
元々クレアの母の酒場はそこまで繁盛していたわけではなく、クレアが酒の造りを変えたり、積極的に店を手伝ってお客さんを増やしていることで軌道に乗った部分があった。
そんな酒場でクレアが抜けてしまえば、クレア目当ての客も含めて客足が減ることは明らかだった。
それにクレアは領主が、リクソスの街でいくつかひいきにしている酒場がほかにあることを知っていた。
領主からすれば、そこと競合になるクレアの母の酒場などいらないのである。
だがクレアはその全てを知っていてなお、この領主の意向に逆らう気はなかった。
彼女にとって大事なのは別の事だったからである。
母の悲しい表情を見るのはつらかったが、気にするわけにはいかなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み