第41話 少年と父

文字数 3,074文字

ブレストは一方グラントの怪我を見ていた。
「だいぶ腐敗はよくなってきていますが、無理は禁物です。本来なら絶対安静が必要な怪我だ」
グラントはうざったそうにうなずく。
「感謝してるよ。先生」
ブレストは毎日患者を診ていて忙しく、ここにはグラントを見る以外で立ち寄ることはほぼなかった。
彼が家から出て行ったのを確認するとグラントはレイルと家の地下室へと向かった。
そこにはピントがつながれていた。
「いつまでこうしておくつもり?」
ピントの威勢のいい返事にグラントは苦笑する。
「よく死なないでいれると思った方がいい」
「もう俺からは何も情報は引き出せないよ。ほんとに何も知らないんだ」
実際グラントももう特にピントが情報を持っているとは思っていなかったが、念のために彼をここに置いていた。
「だいたい、なんでお前あの獣をかばうんだ。あの獣がいるとみんな迷惑なんだろう?」
ピントはグラントをみて、ゆっくりと話し出した。
「奴はだれも傷つけてなんかいない」
グラントはこの言葉に反応した。
「傷つけていないだと?誰に言ってやがる。」
レイルもいきり立ってピントに詰め寄る。
「お前ほんとに…」
ピントが反論する。
「俺が言っているのは無抵抗の人間だ。あんたたちは自分からあいつを攻撃してる。奴はそれから自分の身を守っているだけだ。」
レイルは聞かずピントを殴ろうとするが、グラントがそれを制する。
「つまり、お前が言いたいのは、この町の人間で奴に襲われた奴はいないとそういうことか?」
レイルがまさかという顔でグラントをみる
「へっへっ。たいがいにしろよ小僧。じゃあなんで領主はあんなバカ高い金を報酬でだしてんだよ」
グラントは笑わずにピントを見つめる。
「それは、やつがいるとキエフの街の商人が来ないからだ。」
ピントの答えにレイルが反応する
「キエフ…?そこに何があるっていうんだ?」
ピントは父との会話を思い出す。
マルケタの街での取引が終わり、クンクラの森の中を馬車に乗って帰っているときのことだった。
「みて、父さん」
ピントがさす先には別の馬車に男が二人乗っていた。
馬車の荷台には特徴的な紋章がつけられていた。
ピントの父はそれを確認すると
「あまり指をさすな。特にあいつらには」
とピントをたしなめた。
いつもは方向が一緒の馬車を見つけると挨拶をする父だったのでピントは父の態度をすこし不振がった。
「父さん?」
「いいから…さっさと帰るぞ」
そういって父は馬車を走らせた。
家についてから、馬を小屋に戻すと、ピントは少し気になって父に態度の理由を聞いてみた。
「あの人たちは?」
ピントの父は馬の鞍を外しながら、すこし改まると、
「あの人達?」
と聞いた
「父さんいつも商人には挨拶するのに、あいつらには何も言わなかったでしょ?」
父はむつかしい表情を崩さないがピントの真剣な表情をみて優しくポンポンと頭をたたく。
「まあそうか、変に思って当然だな。あいつらの紋章をみたろ?」
ピントは彼らの紋章を思い出していた。
「あれは…キエフのだよね?」
「そうだ…だがリクソスの街の商人でキエフと直接取引をしている人間は俺の知っているかぎりいない」
「それってどういうこと?」
「奴らは商人ではない。噂によるといつも領主の家に行くそうだ」
「領主の?」
父は悲しそうな顔をする。この話を息子にするか迷っているようだった。
だが意を決して話し始めた。
「今からする話は…みんなにはするな。俺とお前だけの秘密だ」
ピントがうなずくと父は話の続きを始めた。
「結論から言うとキエフは隠れ蓑なんだ。領主と帝国の取引のな」
ピントは父の言っていることがよくわからずに聞き返す。
「でもキエフはリエル地区だよ?どうして他の地区の街がリクソスの領主を助けるの?」
クンクラの森は他の地区との境界線でもある。
森を超えた先にはキエフ、グルメット、リルバウの街があり、そのうちのキエフだけが
リエル地区に属していた。
「移住者の受け入れの見返りがあるらしい。」
「どういうこと?」
「移住者の受け入れ先は基本的には各地区の領主を集めた領主会議で決まる。当然そこに帝国も介入はしているが」
ピントもその話は聞いたことがあった。
ピントたちのような移住者がどこの地区に割り振られるかは領主たちの話し合いによってきまる。
「だが移住者を積極的に受け入れたい地区はあまりない…当然だ。移住者は常に自分の生まれた町に戻りたいと思っている分、あまりその地区の決まりに従わないことも多いし、何よりどこに住まわせるかも含めて問題になることが多いからだ」
ピントの父は商人が故に集まってくる情報も多かった。
「それで?」
「キエフのあるリエル地区は、他に比べると地区全体の面積がそこまで広くない。だが移住者の受け入れは各地区に割と均等になってしまう…そこでうちの領主はリエル地区の移住者も受け入れることを提案したんだ」
ピントは何となくことの全容がわかってきた。確かにバーラ地区はリクソス以外にも5つほどの街が含まれていて、森や自然もある分土地は広かった。
「じゃあキエフから帝国の取引が来るのは…」
「いわば対価だ。移住者を多く受け入れるかわりに、キエフは帝国とうちの領主の取引を補助している。大っぴらにやると、帝国と領主のつながりがばれるからな。だからキエフの街の紋章をつかっているんだ」
「そこまでして領主は何をやり取りしているの?」
「そこまでは分からん。中身を見たことはないからなあ」
ピントは父を見つめながら不思議な気持ちになった。
「父さんはどうしてそれを知ったの?」
父は考えてから答える。
「お前と同じだよ。知り合いの商人にキエフにリクソスと取引している奴がいるのか聞いたら
こっそりと教えてくれた。この街の歴史もな」
「歴史?」
ピントは尋ねる。
「帝国との付き合いを密接にしてきたことでこのバーラ地区は反映してきたということだよ。バーラ地区自体は帝国の傘下に入る前は、たくさんの土地があるだけの場所だったそうだ。
それが傘下に入って、地区になり代替わりで今の領主が取り仕切るようになってから、バーラ地区は急速に発展したんだそうだ…そしてそれに比例して移住者の受け入れも行ってきた」
ピントはなぜこの話を父があまりしたがらなかったか、わかるような気がした。
こういう話を聞くといやでも領主にあまりいい感情はわかない。
それでもなお父が話したのは、商人として生きていきたいとピントがこの前父に伝えたからであることもピントは何となくわかった。
こういった政治的な事情に詳しくないと、言い商人にはなれない。
グラントは話をピントの話を一通り聞くと少し考え込んだ表情をする。
ピントは気にせず続けた。
「あいつが現れているところは全部、キエフからの通り道なんだ。だからあいつがあそこにいるとキエフからの馬車はあそこを通れない」
グラントはピントを見ながら訪ねる
「本当にそれ以外のやつをおそったことはないんだな?」
「俺の知っている限りはいないはずだ」
ピントは、獣が現れてから、父の仲間だった商人のなかで、あの獣に襲われた奴がいないかどうかを聞いていた。
だが結果は誰も襲われていなかったのである。
「領主の書いていた討伐以来には街に物資が届きづらくなるとなっていたが…」
グラントが疑念を抱きだしているところにレイルが口を挟む。
「仮にそうだとしても、俺たちがあいつを狩らなきゃいけないことに変わりはありませんよ」
グラントもそこは同感だった。
だがグラントの長年の感は何となく、なぜ領主がそこを意図的に隠しているかを突き止めることが今回の狩りにも重要だと告げていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み