第７４話　別れ

「ひどい！どうしてそんなことができるの？」
クレアがサルドに掴みかかった。しかしサルドがそれを跳ね除ける。
「ようやく解放されるんだ。こいつさえいなくなれば！」
サルドはなんとか動こうとしている龍を、そばに落ちている剣を拾って斬りつけた。
龍は金切声をあげる。龍の体から白い瘴気が溢れ出た。
グラントが止めようとする。
「おい！もう…」
誰の目にも龍が虫の息なのは明らかだった。
「やめろお！」
カルケルの泣き叫ぶ声がする。
サルドはもう一度剣を振ろうとすると今度はクレアがサルドを突き飛ばした。
「あんたになんかに殺させやしないわ！」
サルドは尻餅をつくと、クレアに対して憎しみの視線を向ける。
「下手に出ていればつけ上がりやがって！もう許さん」
そういうと、サルドはクレアに詰め寄った。
グラントが見かねてそれを止めようとすると。後ろからレンドに止められた。
「なんで止める！いくらなんでも…」
だがレンドはグラントを見てただ首を横にふった。
サルドはクレアを突き飛ばして、さらに倒れたクレアを怒りに任せて剣で切り倒そうとした。
しかしその瞬間、雷が、サルドの体を貫いた。
サルドは一瞬何が起きたのか分からなかった。
彼が最後に目にしたのは、雷に驚いたクレアが誤って落としたお守りだった。
「どうして…」
その一言を最後にサルドは絶命した。
グラントが驚いて雷が来たその方向をみると、龍が最後の力を振り絞って雷を放っていた。
領主はすぐさまサルドの元にかけよった。
「おい！サルド！目を開けんか！おい！」
だがサルドはその場で絶命していた。レンドはその光景に一言。
「やはり守り神だな」
とつぶやいた。
グラントはなぜレンドが止めたのかようやく分かった。
あの龍は攻撃を受けることによって瘴気を溜める。
それを詳しく知らないサルドは龍を斬りつけたことによって返って反撃の機会を与えてしまったのだった。
領主は憤ってお付きの男達に告げた。
「何をしておる！この忌々しい龍を早く殺さんか！」
男達がおそるおそる龍に近づこうとするが、レンドが一言声をかける。
「やめておいた方がいい、いくら瀕死とは言え、獣狩りを何人も葬った奴だ。それに放っておいてももう長くない。ここでこの領主の息子のように死にたいか？」
そう言われると、男達は顔を見合わせてしまった。
「ええい、意気地なしどもめ！こうなったらワシが直接！」
だが、領主が龍の方に向かおうとしたとき、龍はゆっくりと起き上がり、領主をしっかりと睨みつけた。そのあまりの雰囲気にグラント達ですら一瞬剣を構えた。
「ひ！！！」
領主は恐れをなすと、サルドを置いてその場から逃げ出してしまった。
お付きの者たちも、抑えているカルケルを放り出して領主を追った。
領主が逃げたのを確認すると龍はその場で崩れ落ちた。
カルケルとクレアが龍に駆け寄る。
「リクードごめんね…守ってあげれなくて」
「メイ痛くなかったか…」
すると白い龍がゆっくりと形を変え始め、同じ色のまま人の形になった、顔はなかったがその姿はまるで女の子どものような姿をしていて、カルケルは一眼でこれがメイだと分かった。
クレアが一歩ひいて、カルケルに抱き締めるようにうながす。
カルケルはすぐさまメイを抱きしめた。
「ごめんなぁ気づいてやれなくて、怖かったよなぁ」
『お父さんずっと会いたかったよう』
メイの魂の言葉はカルケルには届かないが、カルケルは彼女の意思を感じ取っていた。
「これからはワシが守るから、もう絶対お前を傷つけさせやしないから」
だが彼女は首を振った。
『もう時間がないみたい…父さん、お母さんと仲良くね。飲みすぎちゃダメだよ…お店を大切にしてね。あとは…あとは…』
リクードとベルは手をつないでいるメイが泣いているのに気付いた。
そんなメイをベルは片手を繋いだまま抱きしめた。
リクードはポンポンと頭を撫でた。
カルケルも泣きながらメイを抱きしめていた。
メイはカルケルと長く抱きしめあっていたが、ふとカルケルをゆっくりと離すとクレアの方に駆け寄った。
『あなたの番』
というと、メイはリクードに魂の部屋の中心の位置を譲る。
リクードは言われるがままに真ん中の位置に来ると自身の魂を獣の体に順応させていく、
すると実体も、少女の体から青年の体に変わる。
姿はまだ白いままで龍と同じようにかすかに光っていた。
クレアはいつも見ていたように彼を見上げる
リクードはクレアにいつもしているように頭をポンポンとなでた。
「どうして何も言ってくれなかったの？」
リクードもメイと同じように直接喋ることはできなかった。
『俺の悪い癖だ』
「言わなきゃ分からないことだってあるのに」
それは口数が少ないリクードにクレアがいつも愚痴っていたことだった。
『どうしても守りたかった。君とそして俺たちイパルの民を』
「なぜあなたが犠牲にならなきゃいけないの？あなたじゃなくたってよかったはずよ」
リクードはゆっくりと首を振った
『命をかけるなら君のためと決めていた』
なんとなくだが、何故かクレアもリクードが何を伝えているのかがわかる気がした。
「死んでほしくない。皆んなを守って死ぬより、どんな方法でも私と一緒に生きる道を選んで欲しかった」
周りで見ている皆も顔がないはずのリクードがなぜか悲しい表情をしていることが分かった
『俺もそうしたかった。力不足ですまない』
クレアは泣き出した。
彼女はどうしてもリクードを失いたくなかった。
伝えるべきことがありすぎて、何を伝えてあげればいいのかわからなかった。
リクードはクレアをもう一度抱き寄せる。
リクードの父はよくリクードに言い聞かせていた。
――言葉は難しい。たくさん頭の中にあると本当に伝えたいことがわからなくなる。
　　だからこそ相手に最も伝えたいことだけを慎重に考えて選ぶんだ。
リクードはもう一度きちんとクレアと向き合うと
「あ・い・し・て・る」
とゆっくりと言った。口がないはずの獣から短いがしっかりとした言葉が出てきてクレアは少し驚いたが、強くリクードを抱きしめた。
「わたしも常にあなたを愛してる。ずっとあなたを忘れないわ」
だがリクードはクレアをもう一度離すと、ただ首を振った。
――君は幸せになってくれ。俺や、みんなの分も。俺は短い間でも君に幸せをもらった。
　　今度は君が幸せをもらう番だ。
死に行く自分が未来あるクレアを縛りつけてはいけないとリクードは感じていた。