第51話 手記19

文字数 1,038文字

手記19
ここに来てから長い月日がたったように思う。
決めたことがある。それは男の提案に乗ることだ。
男は実験が成功するか失敗するかは正直な所わからないと言っていた。
いくつか失敗している例があることも。
だがどちらにしても俺たちがその実験に使われることはもう決まっていることで逃れられないと男は言っていた。
彼はなぜか俺たちに少し同情気味で、どうせ逃れられないのなら、むしろ成功率を上げることに集中してみてはどうかと何日か前に俺に提案してきていたのだ。
男が言うには、実験の鍵を握るのは『強い願い』だと言っていた。
だから俺たちに何度も『死ぬ前に何がしたい?』と問いかけていたのだ。
俺達も何度かその質問に答えてはきたが、男によるとその時にその願いが実験に成功するに足るかを測る装置があるらしく、その装置の値が納得いくものではないらしい。
つまるところ男の提案は、真の自分の望みを確かめることで、この実験の成功率を上げてみないかということだった。
そこまでを踏まえて俺は以前に少し考えた望みの値を測ってもらうことを考えた。
そして昨日あいつの質問に答えたときに、今までと答えが違うのもあってか、彼の表情が変わった。
これならば次の段階に進めると彼は言って、俺にさらにある頼みをした。
内容は単純に言うと、『願いの調和』だと彼は言っていた。
残りの二人の願いを聞いて、それと俺の願いが似たようなものになるようにまとめてほしいと。
それを言われて以降、俺は残りの二人と会話をするようになった。
二人と会話を進める中で、女の子の方はやはり両親に会いたいという希望が常に強かった。
だが、彼女はもう一つ望みがあった。
それは早く大きくなって、母の料理屋で働きたいということだった。
彼女の母は小さなレストランを営んでいるらしく、彼女はそこで料理を作る母が大好きだったそうである。
自分もそうなりたいというのが彼女の願いだった。
しかし、母が移住者ということもあり、周りの風当たりは強く、悪い輩によく嫌がらせも受けていた。
彼女はそんな悪い輩をやっつけたいとも、常々思っていた。
一方でもう一人の詩人の男の望みはだいぶ違っていた。
彼の望みはいわゆる普通の家庭に対する憧れのようなものだった。
長年生きてきて自分の流浪な生き方に,後悔はないが、唯一あるとすれば、家族や恋人といったような特定の人間との深いつながりを持てなかったことだと彼は言っていた。
これをまとめて、あの男に告げると、それならば目的は調和できるかもしれないと俺に言った。
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登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

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