第76話 戦いの終わり

文字数 2,676文字

「あの仕掛けはおそらく銀の爪がやったことだろう。なぜピントくん達が銀の爪に協力しているのか不思議だったが、領主を追い詰めるためだったわけか。なるほど大したものだ。復讐を交換条件にされれば協力するのもうなずける」
そしてリマとルブーがその場から立ち去ろうとすると、後ろから声がした。
「この人!記録にないわ」
二人が驚いて後ろを振り返ると、そこにはリコがいた。
そしてリコの隣には1人の男が立っており、彼もまた顔に入れ墨をしていた。
「これは驚いたな」
これもまたレンドの作戦だった。レンドは戦いが始まる前にリコにリクソスの全ての街の人間の記録をすぐに出せるように準備させていた。
記録師が持つ『叡智の記録』の中には伝承や言い伝えを扱うものに加えて、人間の情報の記録もあった。その記録は地域ごとに生きている人間や死んだ人間の情報が記録師が知る限りで集められていて、かつその人間の最後に記録された顔の情報が紐づいていた。
レンドはリコから自身の武器の情報を渡す代わりとしてこれらの情報を得ており、顔のわからないリマとルブーを街の人間と識別するために使わせていた。
そしてレンドはリコに銀の爪の一人を戦いの始まる直前に引き合わせていた。
リコの隣にいる入れ墨の男がしゃべり始める。
「ようやく会えたな…。全くさすがはレンドといったところか」
男はかなりの優男で、言いながらレンド達が戦っていた場所をチラッと見る。
リマは最初こそ驚いていたが、冷静さを取り戻して問いかける。
「君は銀の爪の一員なのかい?」
「そうだ。俺はゴルドという。あんたがあの獣の製作者だな?」
リコがレンドに紹介された銀の爪は、銀の爪の集いに最後に参加した優男のゴルドだった。
「なるほど君たちは私を製作者と呼んでいるのか。まあ浅からず遠からずと言うところだな」
リマは納得したように頷く。
「私に何の用かな?」
ゴルドは続ける。
「俺たちと共に来てもらいたい。あんたにはどうやって獣を作っているのか、その謎を全部吐いてもらう」
リマは考え込んでから答える。
「残念だが、それはできかねる。私がしていることが広まってしまえば、その分他の危険性も増える。私1人でこの知識は完結させている方が結果的に都合が良い」
ゴルドが反論する。
「力尽くで連れて行くといったら?」
リマは苦笑いする。
「それは嫌だがおそらくそうはならないよ。だが去る前にせっかく会えたのだから少し話をしよう」
ゴルドはリマが思ったより好意的で余裕がある態度なのが不思議だった。
「話だと?」
リマが続ける。
「おそらく君たちは私が各地区の強い獣を作り出したり…ひいては伝承型を作っている張本人ではないのかと疑っているんじゃないのかな」
ゴルドは慎重に頷いた。
リマは納得したような表情をして続ける。
「だがそれは半分程度しか当たっていない。確かに私は今回のエルくんや、横にいるルブーを始め何匹?かの獣の覚醒と、その際の条件付けなどを手伝った…。だが今の私自身に伝承型の獣を1から作るような力はない」
ゴルドは何を言いたいのかを捉えようとする。
「それは伝承型の大半を作ってるのは自分じゃないという意味か?」
リマはうなずく。
「そうだね。僕はもう伝承型の作成には携わっていない。今回のエルくんの件にしても元になった龍は私が作ったのではない」
ゴルドは尋ねる。
「じゃあ誰が?」
リマは答える。
「君らも薄々気が付いているだろうが、帝国だよ。正しくは帝国にいる僕の義弟?と言っていいかな…。まあいいだろう。とにかくその彼が最近の伝承型を作っている」
ゴルドはいくつか質問をつづける。
「なぜ帝国が?」
リマは返す。
「彼らにとって獣という存在は都合がいい、獣から守ってやるという名目で支配地域を広げれるからね。それに皇帝は随分と獣の作成技術に入れ上げている」
ゴルドは聞く。
「何であんたはそんなことを知っているんだ。」
リマは少し切ない表情を浮かべる。
「私達は一時期共同で帝国に雇われていたんだ。結局私は帝国のやり方と反りが合わなくて出てきたが、彼は研究を続けたいと残った」
リマは一呼吸置くと話をつづけた。
「だから君たちは、私を追うより、彼を気にかけた方がいい、この先獣による被害は加速していくだろう。彼自身はいずれそを制御できなくなって行く。そうなったらおそらく君たちは困るのだろう?」
ゴルドは反論する。
「あんたも危険因子には変わりない。現にあんたが関わった獣は強くなってる。」
リマは笑って反論する。
「君達ももう知っているだろうが、私は獣に関わる際は自分から攻撃しないように条件づけをしている。君たちが攻撃をしない限り彼らは君らに害を与えない。それに強敵と感じているのは生きるための術を私がいくつか授けているだけのことだ」
ゴルドはこれには反論できなかった。だがこの情報源をここで手放すわけにもいかなかった。
「とにかく俺たちと共に来てもらうぞ」
リマは残念そうに微笑む。
「すまないが先程言った通り、そうはならない。伝えるべきは伝えたよ。どうするかは君たち次第だ」
そういうとリマはルブーに合図をする。
ゴルドが武器を構えようとすると、リマとルブーはその場から一瞬で消えてしまった。
「これは能力か?」
だがゴルドは彼らが消えたあとに何かが動いたような気配を感じ、すぐにその足元をみた。
すると一匹のネズミが走り出していた。
ゴルドはそれを瞬時につかんだが何の変哲もないただのネズミだった。
一方でそこから20キロほど離れた土地にリマとルブーはいた。
リマはルブーに話しかける。
「別に捕まっても良かったのだが、痛そうなのは苦手でね。あそこまではっきりと罠だと分かっているところに飛び込むのには多少の準備がいる…ありがとうルブー」
ルブーは嬉しそうにうなずく。
ゴルドの元にグラントに肩を担がれたレンドが現れる。
「奴は?」
レンドの問いにゴルドは悔しそうに呟く。
「消えてしまった。突然な。だがいくつか有用な情報は手に入れた。後で共有する」
レンドは頷いた。ゴルドはレンドの傷だらけの様子を見ると一言。
「あんたでこれか、随分と手強かったんだな」
とレンドに軽い口調で声をかける。だがレンドは辛辣に返す。
「用が済んだらさっさと行け」
ゴルドは肩をすくめるとその場を後にした。
グラントは銀の爪が2人揃っているところは初めて見たので少し興味深かった。
リコがレンドの元に駆け寄る。
「レンド怪我してる…」
「ああ、問題ない…」
だがレンドはふらつくとそのまま意識を失った。
グラントはレンドを支えると急いでデルムタとブレストを呼ぶ。 
レンドの記憶はそこで途切れていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み