第68話 戦いの始まり

文字数 2,530文字

次の日、クンクラの森を一台の馬車が駆け抜けていた。
馬車にはキエフの紋章があり、男が2人乗っていた。
男達の手綱を持つ手は心なしか震えていた。
「俺らツイてないよなぁ」
進行方向から見て馬車の左側にのる男が愚痴を並べ立て始める。
隣に乗る男は同感だといわんばかりにうなずく。
「まあでも、これがうまく行きゃ報酬が出るって隊長が言ってたからなぁ」
「生きて帰れたらなぁ」
2人を乗せた馬車が、森を抜けて丘に出るあたりで、エルが現れた。
2人は大慌てで手綱をひいて馬車を止める。
エルはただ馬車を見ていた。
2人は馬車を、すぐさま降りると一目散で馬車をおいて駆け出した。
エルは特にその後を追おうとはしなかった。
そして馬車の荷台を探るように前足でさわっていた。
その丘を見渡せる荒野には戦いが始まる前から人がたくさん集まっており、そこに遅れてサルドや領主がやってきた。
「これは…どういうことだ。なんでこんなに人がいるんだ…」
どうやら街の野次馬達が銀の爪が戦うという噂を聞きつけてやって来ているらしかった。
サルドと領主は辺りを見渡してかなり唖然としていた。
その前の夜、バルガスはグラントに呼び出されてヘルナンドの酒場へと来ていた。
「また痛めつけようってんじゃないでしょうね」
「それがないようにわざわざ一目が多いここに呼びだしたんだ」
バルガスは辺りをみわたす。ヘルナンドはいつにも増して盛況だった。
バルガスがここへ来ることを決めたのも、グラントが言うように人目があり、簡単には手を出せない場所を彼が選択していたからである。
そのあたりの事情から、なんとなくバルガスはグラントは自分に危害を加えたいわけではなく、何か頼み事があるのではないかと踏んでいた。
「お前に一つ頼みがある」
グラントは単刀直入に切り出す。
「頼み?」
「ああ、情報を一つ。ここら一帯に広めてほしい、できれば近くの街にもな」
グラントはここに来る前にレンドに言われたことを思い出していた。
レンドはグラント初めにこう告げた。
「情報ってのは得るだけが使い方じゃない」
グラントは意味が分からずに聞き返す。
「どういう意味だ?」
「情報の真の使い方はその管理にある。製作者がやったようにな。自分の望む方向に情報を聞いた人間が向くように仕向けるのがその本質だ」
グラントは何を偉そうにと思いながらレンドの話を聞いていた。
「お前にその管理を任せる。バルガスを使えば、自然と闘いの場所に人を集めることができるはずだ」
レンドの指示は大まかに、『銀の爪がクンクラの森で戦う』ということをたくさんの人に広めて欲しいということだった。『情報源は領主の部下に聞いた』という事にしろと。
グラントから広めてほしい内容を一通りきいたバルガスは怪しがっていた。
なぜ自分を陥れた人間に情報を流せといっているのか、そこが彼にとっては不思議だった。
「なぜ頼むか不思議に見えるか?」
グラントに尋ねられてバルガスは神妙な面持ちでうなずいた。
「お前の情報は間違ってなかった。だが俺たちをはめたやろうがいるのも事実だ。そいつを引き摺り出したいのさ」
実際レンドはこの指示の意図についてグラントに詳細を伝えていた。
グラントはバルガスに意図の詳細を喋りながら言われたことを思い出す。
――あいつが言っていた意図は二つ。一つはなるべく大勢の人間を戦いの場に集めること。
そしてもう一つが…製作者自身を見物に来させること。
製作者は今回の獣の強さにかなり自信を持っているはずなので銀の爪がどう獣を殺すか見に来たくなるはず、というのがレンドの狙いだった。
バルガスは納得したが、追加で一つ尋ねる。
「じゃあ実際には獣とは戦わないんですか?」
グラントは首を振る。
「いや、もちろん戦う。一石二鳥ってやつだ。」
バルガスは頷いた。グラントが報酬を出そうとすると、バルガスはそれをとめた。
「今回はいいです。なんだかんだ、あんたに不利益をもたらした。次は無いようにしますからもう一度だけ俺を使ってくれると約束してください」
バルガス自身も今回の件に思うところがあったようだった。
グラントは、ゆっくりと頷くと、その場をあとにした。
不思議とバルガスの元を後にするときは前ほど嫌な印象を受けなくなっていた。
リクソスの街の住民は大勢丘に駆けつけてり、皆思い思いに獣の感想を言い合っていた。
「やっぱりでけえな。」
「黒い…なんて恐ろしい姿なの…」
エルは多数の人影をみつけると、それに向かって大きく吠えた。
あまりの音の大きさに街の人達はすくみあがった、
「ほら危ないから皆んな帰りなさい」
領主のこの声に何人かが賛同して帰ろうとしたその時。
「あそこに銀の爪がいるぞ!」
という声が響きわたった。
見るとレンドが、重砲を肩に担いで現れた。
この戦闘が始まる前、レンドはリコに自分の武器についてを少し解説していた。
レンドが使う、三つの金属塊からなる武器は銃の時を『重砲』、剣の時を『重剣』として区別しているそうだった。
獣とレンドとは25パル(約30m程)の距離があった。
エルはレンドに気がつくとゆっくりと体をレンドの方に向け、瘴気を体から放出し始めた。
レンドは動じず、重砲を構えると、一発エルに向けてはなった。
エルに弾が着弾するとエルから瘴気が一気に溢れ出した。
「おおー!」
戦いを見ている人々から歓声があがった。
皆もう領主の声は気にしていないようだった。
一方でグラントはクンクラの森のレンド達から少し離れた茂みに隠れていた。
レンドは、戦いがはじまる前にグラントに驚くべきことを告げていた。
「奴の心臓部は今、移動しているようだ」
グラントは驚く。
「移動だと?」
レンドはうなずく
「詳しくは観てみないとわからないが、おそらく奴の能力で、形状が変わったのだろう。それで移動ができるようになったというところか」
「なら、どうするんだ」
レンドは少し考えていたが、
「心臓部の行動範囲は活動体と祠にある心臓の間に限定されるはずだ。その位置で球体を張っていろ。必ずそこに現れるはずだ」
そして今、グラント達は各々隠れてそこに潜んでいた。レイル達の方にも兵を分散しているため、多い人数をこちらに割くことはできなかったが分離した小さい球体相手には十分だとグラント達は考えていた。
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登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

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