第78話 守り神

文字数 3,829文字

リクードが最後の手記を書いたあくる日。3人はラビルに連れられて領主の館から離れた小屋に連れてこられていた。
小屋の中は本当に何もなかったが、ラビルの注文でサイズは少し広かった。
この研究内容は極秘ということで、小屋を提供した領主にすら何を実際にするかを見学することをラビルは許さなかった。
小屋にたどり着くと、リクードはようやく面と向かって会えたベルとメイと会話を交わす。
「薄々わかってはいたけどやっぱりメイちゃんだったんだね」
メイはようやく知り合いと会えて普段より少し安心した表情をしていた。
「リクードのお兄ちゃんだったんだ。久しぶりだね」
ベルはそんな二人を楽しそうに見ていた。
「なんだ二人は知り合いだったのか」
リクードが返す。
「あなたは確かベルさんでは?以前にクレアの酒屋で詩を読まれているところをお見掛けしました」
ベルは照れくさそうに返す。
「これはこれは、あの酒場にいたのか。うれしいねえ聞いていてくれたとは」
ラビルは3人の会話を興味深そうに聞いていた。
リクードは一通り会話を終えると、ラビルと向き直った。
「なあ どうしてもメイちゃんを見逃すことはできないか?」
リクードは牢屋にいたころから再三再四、メイを見逃してくれないかとラビルと交渉していた。
ラビルも当然彼の気持ちはわかっていたが、首を振った。
「残念だけど、それはできませんね。年齢や性別をばらけさせることでなぜか覚醒の成功率は上がるんです。あなたの言うように大人だけで何度か試しましたが、どうしても子供を入れた時に比べると成功率が格段に落ちてしまう…」
リクードは食い下がったが遂にラビルを説得することはできなかった。
リクードはメイに謝る。
「ごめんな。俺の力不足だ」
メイは詳しい事情を把握しているわけではなかったが何となくリクードは悪くないことと、もしかするともう両親に会えなくなるかもしれないことは牢屋でリクード達の会話を聞いていて分かった。
さんざん牢屋では泣いていたメイだったが何度も励まして相談相手になってくれていたリクードが落ち込んでいるのを見て、何とか気持ちを奮い立たせてリクードを励ました。
「お兄ちゃんのせいじゃないよ」
そしていよいよラビルの準備が整うと彼は3人に説明を始めた。
「今からこの小屋全体に瘴気を充満させます。煙のようなものだけど、吸っても特に咳き込んだりはしないから安心してください。小屋中に瘴気が溢れたらこっちで音で合図するから、その時に皆事前に考えてもらったやりたいことを強く思い浮かべてほしいんです」
ラビルに言われて今日まで3人は本当にやりたいことと向き合う日々を過ごしていた。
リクードはうなずいた。ラビルは続ける。
「できればその時、皆手をつないでいるといいかもしれません」
言われて3人はリクードを中心に手をつないだ。
そして3人を小屋に残すとラビルは外に出て、金属でできた装置を起動させた。
「さあ、上手く行ってくれよ…」
小屋の中に徐々に白い瘴気が充満してくる。
メイは怖がり始めた。
「リクードお兄ちゃん。怖いよ…」
リクードもさすがに何が起きるのかわからない恐怖があったが何とかメイをはげます。
「大丈夫だ。俺もベルさんもついてる…」
一方のベルは興味深そうだった。
「ほんとに煙みたいだなあ」
そして煙が完全に小屋を包んだタイミングでラビルが装置のボタンを押すと、音が鳴り響く。
音を聞いて3人は自分の望みを思い浮かべる。
――家族や恋人のつながりの温かさを知りたい…
――お母さんのお店を守りたい…
――イパルの街から来た移住者を守りたい。心の支えになりたい…
ラビルは装置に出ている数値を見て、確信する。
「やはりいい数値だ。これなら行ける」
そういうとラビルは装置のレバーを引いた。すると瘴気の量が一気に増す。
小屋から白い瘴気がかなりあふれ出すほどになったタイミングで一瞬神々しい光があふれ出しラビルは目を隠す。
そして次の瞬間、大きな爆発音がして、その後静寂が訪れた。
ラビルが小屋を覗くと、中には一匹の白い龍がいた。
龍はゆっくりと自分の姿を見渡していた。その光景を見てラビルは満足げにうなずいた。
リクードがまだ牢屋にいたころ、ラビルに伝承や伝説について尋ねられたことがあった。
「この街の伝承を知っているかい?」
リクードは少し考えてから答える。
「俺達は移住者だからあまりここの事情に詳しくないんだ。生贄の儀式があるらしいとは聞いたが…」
ラビルは納得した。領主から実験に使う人材の提供は街の人間ではなく移住者を使うことは何度か言われて覚えていた。
「じゃあ君の街の伝承でもいい。何か知っているものは?」
リクードはまた考えてから答える。
「それなら、雷神の伝説がある」
ラビルは興味深そうな顔を浮かべる。
「雷神か…それはどんな姿をしているんだい?」
リクードからイパルの街の雷神について詳しく話を聞くと、ラビルは満足したようにうなずいた。
「龍と雷か、面白い。白で実現できるかはやってみないとわからないが…やってみる価値はありそうだ…」
そうして出来上がったのが小屋にいる白い龍だった。
龍は自分の体を見るとかなり驚いた様子で、ぐるっと自分の体を確認する。
ラビルは手元の数値を見ながら、確認を始める。
「どうかな?新しい体は?」
龍は自分の手がを見て完全に自分が龍であることに気づいた。
一方龍の内部の精神世界ではリクードは覚醒したときのままで、他の二人と手をつないでいた。
『私達、龍になったんだね…』
リクードは悲しい表情をしていた。
『そうだね…』
ベルは興味深い顔をしていた。
『これは…。なんでまた龍なんだろう…』
リクードが答える。
『多分俺が彼にイパルの伝承を教えたからです』
これにメイが反応する。
『お母さんが寝る時に話してくれたことがある…雷神様だよね』
リクードはうなずく。ラビルは龍に話しかける。
「領主は君たちがこうなったことを知らない…さて最初はどうしたい?私にできることがあれば何でも言ってくれ」
龍は何も言わずにラビルを見ていた。
リクードは真っ先にメイに聞く。
『何をしたい…?』
メイは少し悩むとリクードに返答し始めた。
『あのね…』
その日の夜、メイの母であるデリムの店に3人の男たちが来ていた。
3人が料理を注文して、デリムがそれを運んでくると、一口食うなり男の一人が苦情をつけ始めた。
「おいおい!!なんだこのくそまずい飯は?こんなもん食ってられるか!!」
周りの男達も示し合わせたようにそれに反応する。
「本当だ!やはり移住者は味音痴ばかりらしい。おい女!」
呼ばれてデリムが男たちの元へ行くと。
「なんだこの飯は!」
と男は料理をデリムの目の前で投げ捨てた。
そして立ち上がると、店を出ていこうとした。
「ちょっとお客さん困ります!お代を頂かないと…」
それに男の一人がさらに起こり始める。
「何い…こんなまずい飯食わせておいて、お代だと…?ふざけるな」
そう言ってデリムを突き飛ばした。
店に来ていた周りの客も心配そうにこの様子を見守っている。
男たちはデリムを突き飛ばすと、そのまま店を後にした。
男たちがいなくなるとデリムにみんなが駆け寄った。
「大丈夫?デリムさん…」
「全くあいつら、移住者に嫌がらせして回ってる連中だ。デリムさんの店が評判だからって…」
デリムはお客さんに感謝する。
「ありがとう皆。私は大丈夫だけど、ご飯が…」
店の床には男たちが投げ捨てたご飯が転がっていた。
外は雨が降っていて暗かったが男達は帰る道中、大声で笑いあっていた。
「見たか?あの女の顔、全くいい気味だ」
「ああ移住者の癖に調子に乗りやがって…」
だが、男達がちょうど廃墟の近くを通りかかろうとしたその時、ピカっと雷が光り、直後ズドンという音がした。
男の一人が驚いてしりもちをつくと、周りの男たちがそれを馬鹿にした。
「全く何を驚いているんだ…」
だが男は全く別の物に驚いていた。
「あ あれ…」
男が指さす先には龍がまっすぐにこちらを見ていた。
「り 龍?」
男達は皆おどろいてその場で動けなくなった。
龍は一言。
「く・る・な」
と告げた。
男の一人が恐る恐る尋ねる。
「しゃべった…」
龍はかなり低いゆっくりした声で続ける。
「に・ど・と」
そして龍はデリムの店がある方向を指さす。男達は一瞬わかっていたなったがすぐにそれがデリムの店であることが分かった。
返事を促すように龍が大声で吠えると。
男達は縮み上がって、首を縦にぶんぶんとふり、二度とここにこないと誓った。
そして男三人は走ってこの場所から逃げた。
事の首尾と雷の発動具合を龍から一通り聞くとラビルは満足そうにうなずいた。
そしておもむろにお守りを取り出す。それはリクードが肌身離さず持ち歩いていたもので、龍になる前に脱いだ服の中に入っていた物だった。
ラビルはそれをリクードに見せると、
「ある面白い実験をしてみよう」
と言った。
そしてリクードに自分に向かって雷を打つように言った。
少し時間をかけて雷を出すための瘴気をためると、リクードはラビルに向かって雷を放った。
だが、雷はラビルを避けて小屋の他の場所に当たったのである。
「上手く行った」
そういうとラビルはそのお守りをリクードに返して、
「攻撃に巻き込みたくない人間にそれを渡すといい」
と告げた。
ラビルはその後、真夜中に龍の能力で作られた心臓の一つをイパルの祠の真下に部下を使って配置させた。
それはリクードがいつでも移住者の望みを聞けるようにしたいという願いへのラビルの答えだった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み