第46話 詩人の噂

文字数 2,620文字

それはちょうどレンドが最初に街に訪れてから3日ほどの後の事だった。
いつものようにクレアは酒場で酔っ払いたちの相手をしていて、常連客の4、5人と会話をしていた。
話題はちょうど3年に一度のお告げについてになっていた。
「前のお告げがちょうど2年?か1年くらいまえだったから次まではまだもうちょい日があるな」
常連の一人、マルケスは次のお告げのタイミングを気にしていた。
「お告げといえばお前、巫女様の顔見たことあるか?」
常連の一人、ロウは首をかしげる。
「いやあ、見たことはねえ。なんでも新しい巫女様になってから、見た人はあまりいねえらしい」
皆は巫女について知っている話をし始めた。
「絶世の美女だとか」
とマルケスが適当な噂を言うと、こちらも常連で街の事情に詳しいリエルが笑いながら首を振った。
「いやあ、なんでも体が弱くて出てこれねえんだとよ。年もまだ10歳になったばかりだとか」
「10歳?そんな年で生贄のお告げをしなきゃいけねえなんて巫女様ってのも大変だなあ」
ロウと仲がいいおっとりしているゴラムがそう呟くと、皮肉屋のサムが口を挟む。
「だけどそんな子供に言われてもなあ、そのいうことはいはいって聞いて死ねるか?ここの住民共はほんとどうかしてるぜ」
クレアの店に来るものは移住者が多く、この4人もそうだった。
「おめえ、あんまり物騒なこと言うもんじゃねえ。お告げで選ばれちまうぜ」
ロウが心配そうに言うとリエルが馬鹿にしたように否定した。
「馬鹿いえ、生贄は心のきれいなもんだけがなるんだ。こいつが選ばれるわけねえ」
男たちは笑いあった。クレアはそれを面白そうに聞いていた。
そんなクレアの表情をみてロウがクレアに話を振る。
「そういや、クレアちゃんはまだあいつと結婚しないのかい?」
クレア自身はもう24になっていて、街の中の結婚しない女集の中では遅い方だった。
あいつというのはサルドの事だった。街の住人の中ではサルドとクレアが結婚するのは当然といったような空気があった。
「そうねえ。あんまりその気になれないかな」
クレアは苦笑してごまかす。
「ここに男の中の男がいるぞほら」
恰幅の言いゴラムが腕の筋肉を見せる。
「やだよ。ゴラムさん。からっけつじゃないか」
クレアは軽くいなしてみんなで笑いあう。
すると、ロウが悲しそうな表情を浮かべる。
「からっけつといや、ベルさん元気にしてるかねえ」
クレアが聞く。
「ベルさん?ってどの人?」
リエルが懐かしそうにベルの話をする。
「ベルさんは根無し草の詩人でよう。いろんな街を回っちゃ金もらってって人なんだがちょうど3年前だったか?急に来なくなっちまってよう」
クレアは言われて思い出した。確かに店に弾に詩人としてベルという男が来ていた記憶があった。
彼は楽器もできたので、来たときは大体、詩をいくつか楽器に乗せて読み金をもらっていた。
クレアは個人的には彼の詩はあまり覚えていなかったが、楽器が上手く、みんなが楽しくお酒を飲めるので、来たときは重宝していた。
たしかにここ何年か彼は店に顔を出していなかった。
「あらそうなの、じゃあどっかに根城を移しちゃったのかな」
クレアがそういうとゴラムは悲しそうな眼を薄る。
「あいつがいると酒が美味かった。イパルの詩も詳しかったからよう。街に戻った気分になれたもんだぜ。」
「最後に見たのはいつだったっけか」
ゴラムが腕を組んで思い出そうとしていると、リエルが助け舟を出す。
「確かありゃ冬じゃなかったか、3年前のよ。ここで一緒に飲んで、それっきりだ」
「あーあんときは楽しかったなあ。店にもいつも以上に人がいてよ」
クレアも言われてその時の事を思い出した。
確かにいつもより人が多くにぎわった日で、ベルの詩もいつも以上に盛り上がっていた。
「ベルさんの詩も良くてよう、終わりの時に領主の息子のサルドさんから声かけられていたじゃねえか」
クレアはそれが何となく引っかかった
「サルドさんが?」
「ああ。なんでも父にも是非見せてほしいってんで館に招待されたっていってたぜ」
「そういやそうだったなあ。あれから会えてねえや」
ロウはベルに会えなくてさみしそうだった。
「おおかた領主に金たんまりもらって遠い地区に出向いてんじゃねえのか?あの人もともと遠いところ回るのが夢って言ってたじゃねえか」
いつも皮肉屋のサムも少しロウを気遣ってか、前向きなことを言う。
「ちげえねえ。そのうち、またひょっこり顔出して欲しいなあ」
常連客達が笑いあっている中で一人クレアは違うことを考えていた。
そしてあくる日、クレアはカルケルの家を訪ねていた。
「おうどうした。クレアちゃん。そんな怖い顔をして」
「カルケルさん。カルケルさん前に領主の館の建設に携わったって言ってたよね」
カルケルはうなずいた。
「おう。あそこは立派な屋敷だからなあ、それがどうした?」
「その時の館の設計図とかって持ってたりしない?」
カルケルは少し驚いた。
「ああ持っちゃいるが、なんでまたそんなもんが欲しいんだ?」
クレアがそんな真剣な顔で頼み事をしてくるのが初めてだったこともあり、カルケルのトーンも真剣になった。
「訳はいえない。でもどうしてもそれが見たいの」
ただならぬものを感じたカルケルだったが、クレアは移住したてのころからカルケルとは仲が良く、なおかつ彼の娘と仲が良かったこともあり、見せることにした。
「ほら、これだ。」
「ありがとう」
カルケルが見せた設計図には、領主の館の内情が隅々まで事細かに書かれていた。
「すごい、やっぱり広いのね」
そしてクレアは見ていく中であることに気が付いた。
「ねえ、これって」
クレアが指さした先を見てカルケルが自慢げにうなずく。
「ああ、地下室かい?領主様がどうしても欲しいってんで特別に作ったんだ。広いだろ?
5人くらいなら難なく暮らせる」
クレアが見た設計図上の地下室のスペースはなかなかのものだった。
そしてクレアはカルケルにどうしてもこれが欲しいと頼み込んだ。
カルケルも最初はいぶかしんでいたが、並々ならぬクレアの気迫におされ、これを渡すことにした。
そして現在、クレアは領主の館の二階にいた。設計図を何度見ても、手掛かりはここにあるとクレアは強く感じていた。
祭りの少し前にいなくなったリクード、そして同じような時期に姿を消したベル、どちらも領主の館以降の形跡がつかめないとするなら、やはり館の中に入って調べるしかない。
そしてそれができるのはクレアをおいて他にいなかった。
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登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

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