第65話 望みの整理

文字数 2,447文字

「なぜあの獣を殺させたくない?」
ピントが答える。
「知っているだろ…あいつは妹の忘れ形見だ」
レンドはさらに尋ねる。
「それだけじゃ不十分だ。ただ忘れ形見で殺させたくないなら領主への嫌がらせをやめればよかった」
「それは…」
ピントは即座に掘り下げられて少し言葉に詰まった。レンドは先を続ける。
「多少なりとも理解できるのは、領主への復讐だろう。サルドを含めてな。彼らが帝国との関係や生贄の儀式を取り仕切っているのは間違いない」
ピントは言い返せなかった。
たしかにエルが領主の取引の邪魔を始めたことで胸がすく思いをしていたからだ。
ざまあみろという気持ちも大きかった。
「あの黒い獣もまた、同じだろう…生き延びたいというよりは妹を死に追いやった者への憎しみで成り立っているように見える」
そしてレンドはカルケルに向き直る。
「一方であんたの望みは違うはずだ。領主への復讐というより、今あんたの中では自分の子をどんな形でもいいから取り戻したいという思いの方が強いはずだ」
カルケルもまた反論はしなかった。レンドは続ける。
「仮にお前らが俺を今止めたとしても、いずれは帝国が介入してくる。ベルグールもやられたしな…帝国はそうなると恐らく容赦せずあの獣を葬り去るぞ。そして証拠は残らない」
これには2人も言い返せなかった。
いくらエルが帝国や獣狩りを今は圧倒しているとはいえ、この状態が長く続く保証はどこにもない。二人が黙ったのを見てレンドは続ける。
「だが…もし、俺達に協力してくれるのなら、領主への復讐と、カルケル、可能性は低いがお前にあの獣を返すことはできるかもしれない」
これに2人は顔をあげた。グラントが反応する。
「どういうことだ?」
「一種の賭けだが…あの獣は二つが重なってできている。それを分断させれればいい。領主が警戒しているのは黒のピントの飼い犬の方のみだ。そいつのみ殺したところを見せれば、領主を納得させれるかもしれない」
ピントとカルケルは考えこんだ。
確かにその方法ならいけるかもしれない…だが色々と障害も多そうだった。
ピントが反応する。
「待ってくれ、やっぱりエルは殺さないとだめなのか?」
レンドは反応する。
「残念だが、そこは譲れない。だから、せめて領主への復讐という形で手を打ってほしい。奴の望みを叶えることでな」
今度はカルケルが尋ねる。
「復讐って具体的には何をするんだ?」 
「奴らがしていることを明らかにする。この街の人間にな」
レンドの言っていることはピントには少し物足りなく感じた。
「それだけか?奴らを痛めつけたりとかは?」
「直接的な危害は加えない。ここが最大譲歩だ」
レンドはその判断に確固たる意志があるように見えた。
「そんなもん俺たちにだってできる」
ピントの反論にレンドは疑念の眼差しをむける。
「残念だがそれは厳しいだろう。仮にこの医者に証言させるにしろ、領主にしらを切られてはとおせない。領主の言うように直接的な証拠は何もない」
ピントは反論する。
「仮にそうだとしたらお前もそれはできないじゃないか」
レンドはうなずいてそれに返す。
「唯一ある直接的な手掛かりが、その龍の獣なんだ。そいつをうまく使う以外に領主から直接、証拠を引っ張り出す手段はない。そしておそらくそれは俺の能力でしかできない」
レンドは直接的な手段を口にはしなかったが、そこにはゆるぎない自信が感じられた。
二人が少し納得しかかっていると今度はグラントが疑問を口にした。
「俺たちは奴の心臓を狙うんだぞ。分断なんてさせる余裕があるのか?」
レンドは冷静にかえす。
「そうだな。確かに確率は低い。だが二つの獣が折り重なっているという俺の仮説が正しいなら、奴を本当に追い詰めたとき、何らかの形で奴らが分裂する可能性があると俺は思っている。もともと完全に同一の獣じゃないはずだ、結合部分を見つけて分断させられる可能性はある。
そしてそれもおそらくは俺にしかできない。帝国の連中に任せては普通に殺されて終わりだ」
そう聞いてグラントは納得した。
そしてここでなぜ情報を明かしたか何となく納得した。
――作戦そのものに巻き込む事を考えていたのか、だからこちらの意図や持っている情報をはっきりと最初に示して二人の信頼を得るのが狙いだったってわけだ。
その後レンドはカルケル、ピント2人も交えて、獣を狩る作戦を共有した。
一通りそれを聞いて、ピントは納得はしたが、何かモヤモヤとしたものが残っていた。
だが、それが具体的に何なのかはよくわからなかった。
それはカルケルも同じな様子で、迷うような表情をうかべている。
レンドはそれを見て少し語り出した。
「領主を許していいのか、迷ってるんじゃないか?」
カルケルは何となく頷いた。
「あいつは俺の全てを奪った。俺だけじゃなく他の奴もだ そんなあいつが死なずに、俺たちはエルやメイを殺そうとしている…これは正しいのか?」
ピントも同じような気持ちだった。どうしても自分たちが行うことに正当性が感じられない。
レンドは答える。
「あの獣はもう、おそらく元の姿には戻れない。異形として生きるしかないんだ。しかもそれをした張本人達の手で命すらもひそかに奪われようとしている。奴らが主導権を握っている限りはこれは変えられない。俺達が奴を追い詰め、その過程で真実を明かすことだけが唯一、主導権を取り戻す方法だと俺は思う」
カルケルはなぜ部外者のレンドがここまで真摯にこの問題と向き合っているのか少しわからなくなっていた。
ピントは理屈は分かってもなおレンドに反論する。
「それは分かるけど、真実を明かすだけじゃ、俺には足りない。あいつらに自分のしたことを思い知らせてやりたい…」
カルケルもメイを取り戻したい感情も当然あったが、領主への憎しみは消えていなかった。
レンドは二人を見てうなずく。
「当然だな。正直、俺が手を貸すのは真実を明かすところまでだが、その後、領主をどうするのかはお前たちが決めることだ。だが…」
グラントはレンドがこの後何を言い出すのか少し興味を持った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

少女:リコ

小太りの男:カルケル

入れ墨の男:レンド

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み