ドリブル

文字数 620文字


 体育館でバスケットボールの授業を受ける。軽快にドリブルをして走り、ジャンプしてボールをバックボードに当て、リングに入れる。その動作を難なくおこなっていく生徒たち。わたしの番になる。わたしの持つボールだけ、水でも吸ったのかやけに大きく、重い。形もいびつだ。教師が急かすので、ドリブルを始める。しかしボールが床から跳ねかえってこない。手で持ちあげ、もう一度試みる。やはり跳ねない。生徒は皆笑った。いつの間にか周りにいた見物人たちもどっと笑った。教師は目を吊りあげわたしに怒鳴った。へた、やる気がない、ふざけている……。泥棒だの犯罪者だのと、身に覚えのないことまで言って責めはじめた。わたしはボールを持ちあげては落とし、持ちあげては落とし、それがドリブルに見えればよいと思いながらごまかしてゴールのそばまで行く。そしてシュートをして苦痛を終らせようとした時、足の裏が床に張りついた。ジャンプができず、ころびそうになりながら、なんとか重いボールを放りあげた。すると今度はボールがバックボードにぴたりと張りつき、動かない。わたしはさぞ莫迦にされるだろうと怖れて皆の方を振りむく。しかしそこには教師も生徒も、大勢いた見物人たちも、誰一人いなくなっていた。そこは体育館ですらなかった。ああ、いっそ罵ってほしい、虚空においてたった一人、道化芝居をさせられる寂しさといったら、心にもうひとつ、バスケットボールの授業ができるほど広い虚空が生まれるようだ……。


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