ヒゲ

文字数 498文字


 わたしのひげの先端に火がつけられたと聞いた。知らせをもたらしてくれた者は、その火を消してくれなかったらしい。おもしろがって、観察するつもりかもしれない。わたしのあごひげはとても長く伸びている。ここから見える地平の端に立ち地平線を見ても、まだまだその先へひげは続いているだろう。だが徐々に遠方から火がひげを伝い近づいてくるのだ。いつかわたしの口もとにまで達すると思うと落ちつかず、すぐにでも逃げるか火を消しに行くかしたいところだが、あいにくわたしは動けない。わたしの毛一本一本を大地として、いくつもの世界、いくつもの国が存在しているのである。生来無精で、ひげが伸びるのもかまわず暇さえあれば眠っていた。それだけなのに、気づくとなにか偉大な存在として信仰され、ひげの一本ずつの上に無数の国が営まれていたのだった。火はそんな国々を滅ぼしながら、彼方からせまってくる。毛の一本が世界のすべてである者たちに、火を消し止める力はあるまい。わたしが動けば彼らの世界は揺らいで滅び、動かなくても火難で滅ぶ。いったいどうすればよいのだろう。うなりながら考えたすえすべてが面倒になり、わたしはしばし眠ることにした。


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