第21話 敗走
文字数 2,520文字
村の入口には、疲れ切った村人たちが座り込んでいた。もう十人もいない。最初に合流した時の半分ほどだ。アリエルとルカは、少し離れた場所に座っている。
戻ったランツたちに向けられたのは、敵意の視線だった。ローディが先に事情を話していたのだろう、とランツは悟った。
(当然だろうな)
唇を噛みしめる。魔物に操っていたはギルだが、彼を連れてきたのは自分たちなのだ。自分たちが、この村を滅茶苦茶にしたようなものだ。
遅れてランツたちに気づいたシグルドが、硬い表情で立ち上がった。
「魔物たちがいなくなったのは、君のおかげなのかな」
「ああ」
「そのことには、礼を言おう」
前半を強調して、シグルドは言った。ランツは顔を伏せた。
「私たちはここで別れた方がいいだろう。すぐに出ていってくれないか」
「わかった」
ランツは素直に頷いた。仲間たちに合流すると、帰る準備を始める。
ルカが、ぽつりと言った。
「……村は、復興できるの?」
シグルドが、睨むように冒険者たちの方を向く。お前たちには関係ない、と彼の表情は語っていた。実際、そう言おうとしたのかもしれない。
「不可能だ。魔物の多いこの地で暮らすには、ネツァクの魔術師が減りすぎた」
「じゃあ、どこへ」
「南へ向かう。北へ行っても教会に狩られるだけだからな」
その言葉に、アリエルが体を硬直させた。彼女の言葉を代弁するように、ルカが言った。
「教会は魔術師を治療してるんじゃないの?」
「んなの嘘だよ」
座り込んだままの別の男が言った。
「教会に連れて行かれて帰ってきたやつはいない。どういう意味か分かるだろ」
アリエルが、はっと顔を上げた。
「そんなっ……」
「真実がどうであれ、教会と関わるつもりは一切ない」
シグルドがきっぱりと言った。それ以上の会話を拒絶するかのように、村の中へと歩き出した。残った村人たちも後に続く。
「行こう」
ランツが言った。まるで葬列のような暗い雰囲気で、一行は山道を進んでいった。
ニアが戻ってきたのは、山をだいぶ降り、周囲に木々が増えてきた頃のことだった。突然林の中から現れ、皆が驚いていた。
「え、どうしてここが分かったの?」
「んー?」
と、適当に答えるニア。ローディは諦めたように肩をすくめていた。以前なら、ランツも「まあニアだしな」で済ませていただろうが……いや、それよりも。
「ニア」
「うん」
「ちょっといいか」
「うん」
ランツは手を伸ばすと、少女の胸元にぺたりと手のひらをつけた。ニアはきょとんとした表情で見返している。そのまま手をお腹に移動させた。
「……何してるの?」
いつになく低い声を出したのは、横で見ていたルカだった。ランツは慌てて手を離す。
「い、いや……あの時怪我をしていたから」
「大丈夫なのか?」
「うん」
ローディが尋ねると、ニアはこくこくと頷いた。ルカはまだ納得がいっていないようだったが、それ以上何も言わなかった。
(大丈夫とかいう話じゃあないんだけどな……)
ランツは心の中で呟いた。
どうやら、ニアの傷は完全に治っているようだ。それ自体は、魔術か聖導具があれば不可能ではないだろう。だがそもそも、あの傷で平気で動いていたり、血が全く出ないというのはどう考えてもおかしい。
詳しく聞きたかったが、二人の時の方がいいだろうか。ニアにちらりと視線を送ってみたが、かわいらしく首を傾げられただけだった。
「これからどうしようか」
少しは雰囲気が良くなったのを見計らったのか、ローディが唐突に言った。ランツは気になっていったことを尋ねた。
「ギルは追ってくるかな」
「どうだろうね。まずそもそも、あいつの目的がよく分かってないけど……僕たちを狙ってたわけじゃないだろうから、来ないんじゃないかな」
「なら放っておいてもいいか」
小さく息を吐きながら言った。すると、アリエルが切羽詰まった声を出した。
「追わないんですかっ?」
「……何のために?」
ローディがぼそりと言うと、少女はびくりと体を震わせた。ローディは慌てて手を振り、言い訳のように言葉を続けた。
「いやいや、文句を言うわけじゃないんだけど……本当に、理由が分からなくてさ」
「だって、野放しにしておいたら、また犠牲者が出るかもしれないじゃないですか。誰かが捕まえないと……」
「それは国がやることであって、冒険者の仕事じゃあないよ」
窘 められ、アリエルは言葉に詰まったようだった。ショックを受けたように目を見開くと、ゆっくりと俯 く。
「まあ世界樹教からすると、無関係では無いかもしれないけどね。危険な聖導具を持っていたし……」
慰めるようなその言葉は、アリエルの耳には入っていなかったようだ。顔を伏せたまま、何の反応も示さない。
「あー」
突然、ニアが声をあげた。ローディが尋ねる。
「どうかした?」
少女は何か答えようとしたが、気が変わったかのようにぶんぶんと首を振った。ローディは肩をすくめていた。
「まあギルのことは、念のため国や教会に知らせておくぐらいしかないかな」
彼はそう結論づけた。今度は意見を出す者は誰もいなかった。
一行は、しばらく休憩を取ることにした。肉体的にも精神的にも、全員が――いや、一人を除いて疲れ切っていた。唯一の例外のニアは、まるで遊び足りない子供のように、辺りをうろうろとしている。山の上では体調が悪かったようだが、いつの間にか治ったのだろうか。とランツは少し不思議に思った。
近くに座っていた、まだ顔を伏せたままのアリエルに、ランツは目を向けた。ぶつぶつと呟く声が、さっきから聞こえてきていた。「私のせい」「捕まえなきゃ」「教会に」と、単語だけ途切れ途切れに認識できる。ずいぶん思い詰めているようだ。
ランツはアリエルに声をかけようとして、やめた。うまく慰めるなんて、自分にはできそうにない。
このメンバーでそれが得意なのは、恐らくローディだろう。だが彼も、立てた膝に乗せた腕に顔を埋め、ぐったりとしている。
ランツは小さくため息をついた。
戻ったランツたちに向けられたのは、敵意の視線だった。ローディが先に事情を話していたのだろう、とランツは悟った。
(当然だろうな)
唇を噛みしめる。魔物に操っていたはギルだが、彼を連れてきたのは自分たちなのだ。自分たちが、この村を滅茶苦茶にしたようなものだ。
遅れてランツたちに気づいたシグルドが、硬い表情で立ち上がった。
「魔物たちがいなくなったのは、君のおかげなのかな」
「ああ」
「そのことには、礼を言おう」
前半を強調して、シグルドは言った。ランツは顔を伏せた。
「私たちはここで別れた方がいいだろう。すぐに出ていってくれないか」
「わかった」
ランツは素直に頷いた。仲間たちに合流すると、帰る準備を始める。
ルカが、ぽつりと言った。
「……村は、復興できるの?」
シグルドが、睨むように冒険者たちの方を向く。お前たちには関係ない、と彼の表情は語っていた。実際、そう言おうとしたのかもしれない。
「不可能だ。魔物の多いこの地で暮らすには、ネツァクの魔術師が減りすぎた」
「じゃあ、どこへ」
「南へ向かう。北へ行っても教会に狩られるだけだからな」
その言葉に、アリエルが体を硬直させた。彼女の言葉を代弁するように、ルカが言った。
「教会は魔術師を治療してるんじゃないの?」
「んなの嘘だよ」
座り込んだままの別の男が言った。
「教会に連れて行かれて帰ってきたやつはいない。どういう意味か分かるだろ」
アリエルが、はっと顔を上げた。
「そんなっ……」
「真実がどうであれ、教会と関わるつもりは一切ない」
シグルドがきっぱりと言った。それ以上の会話を拒絶するかのように、村の中へと歩き出した。残った村人たちも後に続く。
「行こう」
ランツが言った。まるで葬列のような暗い雰囲気で、一行は山道を進んでいった。
ニアが戻ってきたのは、山をだいぶ降り、周囲に木々が増えてきた頃のことだった。突然林の中から現れ、皆が驚いていた。
「え、どうしてここが分かったの?」
「んー?」
と、適当に答えるニア。ローディは諦めたように肩をすくめていた。以前なら、ランツも「まあニアだしな」で済ませていただろうが……いや、それよりも。
「ニア」
「うん」
「ちょっといいか」
「うん」
ランツは手を伸ばすと、少女の胸元にぺたりと手のひらをつけた。ニアはきょとんとした表情で見返している。そのまま手をお腹に移動させた。
「……何してるの?」
いつになく低い声を出したのは、横で見ていたルカだった。ランツは慌てて手を離す。
「い、いや……あの時怪我をしていたから」
「大丈夫なのか?」
「うん」
ローディが尋ねると、ニアはこくこくと頷いた。ルカはまだ納得がいっていないようだったが、それ以上何も言わなかった。
(大丈夫とかいう話じゃあないんだけどな……)
ランツは心の中で呟いた。
どうやら、ニアの傷は完全に治っているようだ。それ自体は、魔術か聖導具があれば不可能ではないだろう。だがそもそも、あの傷で平気で動いていたり、血が全く出ないというのはどう考えてもおかしい。
詳しく聞きたかったが、二人の時の方がいいだろうか。ニアにちらりと視線を送ってみたが、かわいらしく首を傾げられただけだった。
「これからどうしようか」
少しは雰囲気が良くなったのを見計らったのか、ローディが唐突に言った。ランツは気になっていったことを尋ねた。
「ギルは追ってくるかな」
「どうだろうね。まずそもそも、あいつの目的がよく分かってないけど……僕たちを狙ってたわけじゃないだろうから、来ないんじゃないかな」
「なら放っておいてもいいか」
小さく息を吐きながら言った。すると、アリエルが切羽詰まった声を出した。
「追わないんですかっ?」
「……何のために?」
ローディがぼそりと言うと、少女はびくりと体を震わせた。ローディは慌てて手を振り、言い訳のように言葉を続けた。
「いやいや、文句を言うわけじゃないんだけど……本当に、理由が分からなくてさ」
「だって、野放しにしておいたら、また犠牲者が出るかもしれないじゃないですか。誰かが捕まえないと……」
「それは国がやることであって、冒険者の仕事じゃあないよ」
「まあ世界樹教からすると、無関係では無いかもしれないけどね。危険な聖導具を持っていたし……」
慰めるようなその言葉は、アリエルの耳には入っていなかったようだ。顔を伏せたまま、何の反応も示さない。
「あー」
突然、ニアが声をあげた。ローディが尋ねる。
「どうかした?」
少女は何か答えようとしたが、気が変わったかのようにぶんぶんと首を振った。ローディは肩をすくめていた。
「まあギルのことは、念のため国や教会に知らせておくぐらいしかないかな」
彼はそう結論づけた。今度は意見を出す者は誰もいなかった。
一行は、しばらく休憩を取ることにした。肉体的にも精神的にも、全員が――いや、一人を除いて疲れ切っていた。唯一の例外のニアは、まるで遊び足りない子供のように、辺りをうろうろとしている。山の上では体調が悪かったようだが、いつの間にか治ったのだろうか。とランツは少し不思議に思った。
近くに座っていた、まだ顔を伏せたままのアリエルに、ランツは目を向けた。ぶつぶつと呟く声が、さっきから聞こえてきていた。「私のせい」「捕まえなきゃ」「教会に」と、単語だけ途切れ途切れに認識できる。ずいぶん思い詰めているようだ。
ランツはアリエルに声をかけようとして、やめた。うまく慰めるなんて、自分にはできそうにない。
このメンバーでそれが得意なのは、恐らくローディだろう。だが彼も、立てた膝に乗せた腕に顔を埋め、ぐったりとしている。
ランツは小さくため息をついた。