第6話 少女との会話

文字数 3,117文字

 遺跡から帰ってきた翌朝、ランツはいつも通りに日課の鍛錬を始めた。筋トレから始めて、ランニング、そして最後に剣の練習。終わった頃には、日が天頂近くにまで昇っていた。
 冒険に出ている間はさすがに全部はできないので、休暇の日がチャンスだ。という話を前にローディにしたら、呆れたような目で見られてしまった。
 街外れにある訓練所――冒険者たちがそう呼んでいるだけで、実際にはただの小さな森――から出ると、ランツはぶらぶらと通りを歩いた。鍛錬を終えてしまうと、特にやることがない。ここ何日か収入が無いので、買い物する気にもなれない。
 普通は冒険者って何するんだろうな、とランツはふと思った。ローディが何をしているかは想像が付く。女の子をデートに連れていっているか、もしくはデートに連れていく女の子を探しているかだ。
 他に思い浮かんだ冒険者は、最近会った女性三人だった。アリエルは教会の仕事か何かをやっていそうだ。ルカは全く分からないが、自分と同様に、聖導具を使う練習でもしているのかもしれない。
 この二人は、まだ出会ってから数日だ。プライベートのことなんて想像つかない。
 長い付き合いがあってもよく分からないのはニアだ。ふらっと姿を消したかと思うと、何日も行方が分からないなんていうのはざら(・・)だった。何をしていたのかと聞いても、「散歩?」だなんて嘘か本当か分からない答えを返されたりする。
 ランツは思わず目を見開いた。道の先に、ちょうど思い浮かべていた人物の姿を見つけたからだ。
 街中にかかる大きな橋の端っこに、ニアは腰を下ろしていた。空中に投げ出した足をゆらゆらと揺らす仕草は、いかにも子供っぽい。
 無言で隣に座ったが、何の反応も示さなかった。ぼんやりとした表情で、どこか遠くを見つめている。
 視線を目で追うと、そこには世界樹が威容を誇っていた。毎日見ているものだが、やはりその巨大さには圧倒される。ランツは世界樹教の信者ではないが、崇めたくなる気持ちは理解できた。
「あれ? ランツ?」
 ようやく気付いたらしいニアが、驚いたように言った。隣に座られてもしばらく気づかないとは、よほどぼうっとしていたのだろうか。
 ランツは少し考えたあと、こう言った。
「ここ数日どこか行ってたのか」
「うん」
「どこに?」
 普段ならいちいち聞いたりしないのだが、ちょうどニアのプライベートを考えていたところだったので、ちょっと気になった。また散歩だとでも言われるかと思ったが、返ってきたのは意外な答えだった。
「悪い魔術師退治」
「魔術師?」
 ランツは思わず身を乗り出した。のしかかられるような体勢になったニアは、両手で押し返すようにしつつ仰け反った。
 人の身でも、長く魔力に触れていれば――つまりは世界樹から離れていれば、魔術を使えるようになることがあると世界樹教は言っている。そして、徐々に正気を奪われ魔物と同然の姿になるとも。
「うん。手配書出てたから」
「いたのか」
 真剣な表情で問い詰める。ニアはふるふると首を振った。
「ううん。魔物にはたくさん追いかけられたけど。森の中で」
「もしかして一人で行ったのか」
「うん」
 呆れたように言うランツに、ニアはこくこくと頷いて返した。彼女はしばしばこういう無謀なことをする。にもかかわらず怪我一つしないのだから、仲間内から『幸運娘(ラッキーガール)』と呼ばれているのも頷ける。
「魔術師に興味ある?」
 不意に尋ねられ、ランツはどきりとした。適当に誤魔化そうとして、言葉に詰まる。ニアが、珍しく真剣な表情を向けてきたからだ。
「まあな」
 ランツはぽりぽりと頭を()いた。相手が再び口を開く前に、早口で言った。
「それより明日遺跡一緒に行かないか。ローディもいるんだ」
「行く」
 こくこくと頷くニア。ランツは少しほっとした気分になりながら立ち上がった。
「昼飯でも食べに行くか」
「おー」
 適当に手を上げる少女を連れて、馴染みの飯屋へと向かった。

 年季の入った木の扉開けると、混雑した店内が視界一杯に広がった。ランツはぴたりと足を止める。すたすたと奥の空いたテーブルに向かおうとするニアの首根っこを、素早く捕まえた。
「んー?」
 振り向きながら器用に首を傾げる少女を引っ張り、右手のとあるテーブルへと歩を進めた。四人掛けの席は、一つだけ埋まっている。その向かいに腰を下ろしつつ、ランツは言った。
「ここいいか」
「……座ってから言うこと? それ」
 顔を上げたルカが、呆れたように言った。だが追い返すつもりも無いようだ。否定も肯定もせずに、ランツの隣に座ろうとするニアに目をやる。
「その子は?」
「冒険者仲間のニアだ。明日の遺跡探索に連れていこうと思ってる」
 それを聞いて、ルカはぴくりと眉を動かした。当のニアの方は、手を振って店員を呼び止めようと必死だった。
「人増やすの?」
「多い方がいいだろう。未知の場所を探索するんだ、どんな危険があるか分からない。ニアは昔からの知り合いで、実力も十分ある」
 ルカは何か言いたそうに口を開いたが、結局反論はしなかった。
 ふと、何年ぐらいの付き合いだったかと思いながら、身を乗り出しすぎて椅子から落ちそうになっているニアの肩を押さえつけた。見た目も性格も、初めて会った時から全く変わっていない気がする。
 (せわ)しなく歩き回っている店員の一人が、渋々といった表情でやってきた。どうも、客に対して店員の数が足りていないらしい。注文を言い終わるか終わらないかのうちに、さっさと立ち去ってしまった。
 ニアは両手を膝の上にきちんと揃え、わくわくしながら料理を待ちかねているようだった。斜め前にいる初対面のルカのことは、全く目に入っていないようだ。とにかく食べることが好きな少女だった。
 ルカの方は、頬杖を突きながらつまらなさそうな表情で店内を眺めている。注文は終わらせているようだが、まだ料理が来ないのだろう。もしかすると、ずいぶん待っているのかもしれない。
 ふと思い出したようにランツは言った。
「なんでアリエルを嫌ってるんだ」
 その瞬間、ルカの表情が引き()る音が聞こえたような気がした。
「……よくそんなことストレートに聞けるわね」
「たまに言われるな」
 絞り出すかのようなその言葉に、何食わぬ顔で返す。しばらく待っていると、ルカはため息をつきながら言った。
「べつにあの子が気に入らないわけじゃないわ。世界樹教が嫌いなだけ……理由は聞かれても教えないわよ」
「そうか」
「胡散臭いよねー」
 などと、ニアも相槌を打っている。ちらりと横目で見てみたが、本当にそう思っているのか、適当に喋ってるだけなのかは判断が付かなかった。
 ようやくやってきた料理は、パンと具の少ないスープだけの簡素なものだった。個別に調理しているわけもないので、時間がかかったのは単に混んでいたからというだけだろう。
 ルカが訝しげにこちらを見ているのに気づいて、ランツは顔を上げた。すると、彼女はこう言って口を開いた。
「大食いなのね」
「ニアがな」
「……そう」
 ランツの前に置かれた二人分の皿の片方を、隣に押しやる。ニアは目を輝かせて食べ始めた。
 しばし無言の時間が続いたあと、ふと思い出して尋ねた。
「ルカは結局明日来るのか」
「ええ」
「そうか。やっぱり遺跡探索は魅力だよな」
 ランツが言うと、彼女は肩をすくめただけで何も答えなかった。
 その後、特に会話が弾むわけでもなく、三人は別れた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み