第7話 再挑戦

文字数 3,181文字

「行きますっ!」
 アリエルが指輪のはまった右手を突き出すと、その先から小さな火球がいくつか飛び出した。殺傷力はそれほどでもなさそうだったが、当たればひどい火傷をするのは間違いない。十匹以上いるゴブリンの集団が、右往左往していた。
「よいしょ」
 そこに、巨大なハンマーを持ったニアが突っ込んでいく。彼女が武器を振るうたび、集団は数を減らしていた。後ろから、ローディがクロスボウで補助している。
 ランツはというと、後ろの仲間たちが襲われないよう、防衛に徹していた。近づいてくる敵を、剣を振るって牽制する。
 今のところ、一匹も後ろに通していない。回り込もうとしてくるやつらも、上手く立ち位置を変えて睨みを利かせている。元々、攻めるより守る方が得意だ。連携して突っ込んでこられると厄介だが、魔物に作戦を立てるほどの知能は無い。
「ぐっ」
 果敢に飛び込んできたゴブリンの爪が、太腿に食い込む。即座に剣で断ち切ろうとしたが、素早く後ろに跳んで避けられてしまった。どうもさっきから、一匹だけ身体能力が高いやつがいる気がする。見分けが付かないので、どいつか分からないのだ。
 だがそうこうしているうちに、立っている魔物の数はどんどん少なくなっていく。元の半分以下になったところで、残ったゴブリンは一斉に逃げ出した。
 あえて追うことはしない。追いかけている最中に、他の魔物に出くわすと厄介だ。
 周囲の地面には、元の魔力溜まりに戻った魔物の残骸が、黒い粘液になって張り付いていた。近くにあるはずの世界樹の力によって、表面から蒸発するように消えていっている。
「大丈夫ですか!」
 ランツが怪我の様子を見ながら顔をしかめていると、アリエルが血相を変えて近づいてきた。大したことない、と言うより前に、彼女の左手がそっと添えられる。人差し指には、小さな赤い宝石――聖輝石がはまった指輪が光っている。
 痛みが徐々に治まってくる。みるみるうちに傷が塞がり、固まった血以外全て元に戻った。
「ありがとう」
「いえ!」
 アリエルはにこりと笑った。
「今日は敵が多いね」
「ああ」
 武器をしまいつつ、ランツはローディの言葉に軽く頷いた。前回とは大違いだ。
 ここはまだ遺跡の地上部分だ。もう何度魔物に遭遇したか分からない。岩人形(ストーンゴーレム)の集団をやりすごしたり、とんでもない数の巨大蜂(キラービー)に追い回されたりしていたせいで、かなりの時間が経ってしまった。
「世界樹が枯れかけてるのか」
「そんな!」
 アリエルが悲痛な声を上げた。世界樹教の神官にとっては、世界樹は神の現身(うつしみ)なのだ。単に便利な植物だとしか思っていないランツとは違う。
 もっとも今の状況だと、万が一枯れると不便では済まない。周囲に集まっているはずの魔力溜まりが、一斉に押し寄せてくるだろうからだ。どういう理由なのか、魔力溜まりは遺跡や街に集まる習性がある。
「そんな不運はないと思いたいね……休みたいところだけど、先に地下に行ってしまおう。あっちの方がまだ魔物が少ないだろうからね」
 座り込むルカを気づかわしげに見ながら、ローディが言った。奥に行くほど強力な魔物に出くわす可能性が高くなるが、その分数は減る。どちらがいいかは難しいところだが、現状はちょっと魔物が多すぎだ。休んでいる暇も無い。
 周囲を警戒しながらも、五人は先を急ぐ。運良く追加の魔物に会わないまま、隠し通路に入ることができた。
 前に作った簡易の地図を参考に、地下に降りる。階段の下で、ローディが言った。
「ここまで来たら大丈夫だね」
「お腹空いたー」
 ニアがぺたりと座り込む。今日はここまでのようだった。

 二日目の朝。特に美味しくもない堅パンを水で戻し、ランツはもそもそと口に入れていた。食べ物にこだわりは無い方だが、やはり街で食べるものと比べると断然まずい。食事を楽しむという気持ちは全くなく、純粋に腹を満たすために手を動かしていた。
 食べることが大好きなニアは、幸せそうにパンを頬張っている。彼女はあまり好き嫌いが無いようだ。馬鹿舌だというわけでもないらしく、どんな食べ物でもそれぞれに美味しいところがあると主張している。雑草もそれはそれで美味しいなどと言われてしまった時には、ランツは閉口してしまったが。
「ニアさんは、魔術師に会ったことがあるのですか?」
「ううん」
 真剣な表情をしたアリエルの質問に、ニアは口をむぐむぐとさせながら上の空で答えていた。魔術師退治に行っていたという話をしたところ、アリエルが食いついてきたのだ。世界樹教の信者にとって、魔術とは邪悪で忌むべきものなのだ。
「それで、遺跡に入った僕たちはね……」
 と、ローディがルカとお喋りを、というよりも一方的に話しかけていた。ルカはあらぬ方向に目をやりながら、おざなりに返事をしている。邪険にするのすら面倒なのだろうか、などとランツは思ってしまった。
 食事を終え、一行は地下の探索を始めた。地図を確認しながら、まだ行っていない地域を歩き回る。
 地下は、地上のように魔物でいっぱいになっているということはなかった。前と同じく一匹も会わない。通路を歩き、部屋を覗き込むという作業を延々と続ける。
 昼食をとり、再び探索を始めようというところで、ローディが一つの提案をした。
「二手に分かれて探さないかい? このペースだと、地下を調べ終えるまで何度も来なきゃいけなくなる」
「危なくないですか?」
 アリエルが不安げに言った。ローディは安心させようとするように笑みを浮かべた。
「ここまで魔物に全く会ってないからね。もしいたとしても、数は多くないと思うよ。十分逃げられる」
「俺も賛成だ。さすがにうんざりしてきた」
「同感ね」
 ランツの言葉に、ルカが思わずといった調子で同意する。顔を向けると、視線を逸らされてしまった。
「わかりました。どう分けるんですか?」
「んー」
 アリエルに聞かれ、ローディは口元に手をやった。全員に視線を送りつつ言う。
「前衛のランツとニアは別の組だね。残りの三人をどう分けるかだけど……」
「俺とルカが二人で行こう」
 ランツが言うと、ローディは目を丸くして驚いていた。いつも彼の言うことに従っていて、自分の意見をあまり言わないからだろう。ルカはまだそっぽを向いたままで、どういう表情をしているのかは分からない。
「ランツ、ちょっと」
 手招きされて近寄ると、ローディは肩を組みながら言った。
「いつの間にルカちゃんと仲良くなったのさ?」
「仲がいいってわけじゃないが」
「じゃあなんで二人で組もうと思ったんだよ?」
「ルカの聖導具は威力が高いから、後衛はルカとそれ以外に分けた方がいいだろ。で、ニアとルカを組ませると威力の高さで被る」
「筋は通ってるな……」
 探るような視線を向けられたが、特に狼狽(うろた)えたりはしなかった。べつに嘘はついていない。まあ、ルカとアリエルは離した方がいいか、という思いもあったが。
 ローディは渋々体を離した。自分の話をしていると気づいたのか、ルカが半眼で見つめてくる。ランツはぽりぽりと頭の後ろを()いた。
 女性陣二人も反対しなかったので――ほとんどいつも賛成するニアは最初から数に入っていない――ランツの案の通りに組分けすることになった。連絡を取り合うための集合場所だけを決めておいて、定期的に寄ることにする。もし何か伝えたいことがあったら、メモを残しておけばいいというわけだ。
 ローディたちと別れ、ランツは小さく頷いた。
「よし」
「行きましょうか」
「……」
 台詞を途中で取られたランツは、変な顔をしながらルカの後ろについていった。
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