第14話 旅の道連れ

文字数 3,108文字

 そこからの旅は、極めて順調だった。見張りが要らないというのがここまで楽なものかと、ランツは驚いた。十分に睡眠を取れると、次の日の体力が違う。最も体力のないルカも、さほど疲れずについてこれているようだった。
 時間に余裕はできたが、夜の森を歩けるわけでもないので、必然的にお喋りする時間が増えた。
「へえ。なら皆さんは、昔から一緒に行動しているわけでは無いんですね」
 ギルが言った。彼はランツたち五人に興味があるようで、今までの冒険などについて積極的に尋ねてきた。
「ええ。この二人はもう長いですけどね」
「ああ」
 指さされたランツは頷いた。もう一人の方のニアに目をやると、彼女は森の奥に目をやりながらぼうっとしている。
「ニア?」
 彼女の顔の前で手をひらひらとしてみたが、反応はない。ここ数日、こんなことが多い。少し心配なのだが、まあニアだしと思わなくもない。もしかすると、街でふらっとどこかに行ってしまったあとは、こうやってぼうっとしているんだろうか。
「ギルさんの方は? 今回遺跡群に行こうとしていた人たちは、昔からの知り合いなんですか?」
 気を取り直したようにローディが言った。すると、ギルは情けなさそうに笑って言った。
「いえいえ、臨時でメンバーを募集していたので、そこに入ったんです。一攫千金に目が(くら)んだのですが……こんなことになってしまいました」
「十分お金持ちじゃないですか?」
「いやいや、ははは」
 ギルは困ったように笑う。ローディの話によると、彼の持つ聖導具は、それぞれ金貨千枚は下らないものらしい。欲望に際限はないということか、とランツはしみじみと思った。
 アリエルも加わり、三人でお喋りを始めるのを、ランツは横目で見ていた。彼女が世界樹教について説明を始めるのを――というか半分布教するのを、ギルはにこにことしながら聞いている。いい人なのか、それとも本当に興味があるのか。
 ランツは少し離れた所にいる、もう一人の人物に目をやった。ルカは最初の頃のように、全く会話に参加しなくなってしまった。ギルを警戒しているのだろうか。
「残念だ」
 思わず口にだして愚痴る。少しは話してくれるようになってきたところなのに。
「なんか言った?」
 いつの間にか復活していたニアが、きょとんとした顔でこちらを見ている。ランツは無言で首を振った。

 森の都を出て、さらに五日後。頭上を覆う緑の天井の隙間から、広大な山岳地帯がちらちらと顔を覗かせ始めた。ピクニック気分で登れそうな山から、天を()くほどの峻嶺(しゅんれい)まで、無数の(いただき)が飛び出している。
 そこからさらにしばらく歩くと、一行は唐突に森を抜けた。森の空白地帯のような場所に、広い畑と、それからいくつかの家が立っている。一応、教会らしき建物も見えた。
「じゃあ、僕たちはちょっと失礼しますね」
「はい」
 若干挙動不審なローディの言葉に、ギルは笑顔で頷いた。ローディとアリエルの二人が、いそいそと村へと向かう。他の四人はその場で待った。
 彼らの目的は、当然、魔術師の隠れ里についての情報を集めることだ。だがギルには「教会の用事」ということにしている。あまり詳しく説明すると、最悪ルカの正体がばれてしまうかもしれないからだ。
 ランツは飛び出た木の根に腰を下ろした。畑仕事をする村人たちが、よそ者に警戒の視線を向けている。閉鎖的な辺境の村ではあるが、たまには冒険者が来たりもするはずなので、まあ大丈夫だろう。
 よく話す二人が抜けてしまったので、待機組の間では沈黙が続いていた。とは言え、そんなこと気にしないメンバーばかりだ。特に何をすることもなく、時間が過ぎていく。
 二人はしばらくすると戻ってきた。荷物が膨らんでいるので、食料の調達には成功したようだ。
「どうだった?」
 次の目的地へと移動しながら、ランツはローディにこっそり聞いた。彼は肩をすくめた。
「全然知らないみたいだったよ。もし何か分かったら教会に連絡するってさ」
「信者さんばかりで感動しました!」
 と、アリエルは両手を合わせて喜んでいる。ローディが苦笑気味に言う。
「信仰は篤いみたいだから、隠したりはしてないと思うよ」
 ふむ、とランツは小さく息を吐いた。まあ隠れ里と言うぐらいだから、そんなすぐには見つからないだろう。
 ふと視線を感じて振り向いたが、誰とも目は合わなかった。ギルがこっちを向いていたように思ったのだが、気のせいだったかもしれない。
「ニア」
 ふらふらと別の方向に歩いていくニアの腕を、ランツは掴んで引っ張った。

 ギルの持つ聖導具のおかげで、遺跡探索は普段の何倍もはかどった。何せ、アラートが鳴るから魔物に不意打ちされることもないし、出会った次の瞬間には別の聖導具によって大抵氷漬けになっている。魔物が遺跡の危険の全てというわけではないが、警戒しなくて済むなら集中力を他に向けることができる。
 ただ、ギル本人はどうかと言うと、
「おや?」
 彼が手を突いた壁の一部が、音を立てて沈む。石がこすれ合う不穏な音が、部屋中に響く。天井が、ゆっくりと開こうとしていた。
 ローディが顔を歪めて言った。
「その辺を触ったりしないでって言ったじゃないですか!」
「申し訳ない。気をつけてはいるんですが……」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ」
 ランツは武器を構えた。天井の穴から、冒険者にとっては見慣れた黒い粘液が、大量に流れ出てきたのだ。どうやら、魔力溜まりをどこかに閉じ込めていたらしい。世界樹の影響下に出てきたからか、表面が蒸発し始めている。
性質(たち)の悪い罠だな……」
「どうする。逃げるか」
 ローディに尋ねてみたが、自分でも逃げられるとは思っていない。部屋の唯一の出口は、床に溜まった粘液の向こう側にある。
「いや、倒そう。六人なら何とかなる」
 喋っている間にも、魔力溜まりからは魔物が生まれ続けていたいた。恐らくは世界樹が近くにあるせいで、生まれる頻度が非常に高い。魔物の形態に変わって、吸収されるのを少しでも防ごうとしているのだろう。
「少し動かないでくださいね」
 ギルが言うのとほぼ同時、魔力溜まりの上、天井に空いた穴の辺りに、無数の小さな丸い石が現れた。直後、一斉に下に向けて撃ち出される。魔力溜まりと、それから生まれた魔物の体を叩き、ぼろぼろにしていった。
「行くぞ!」
 今がチャンスだと、ランツが掛け声とともに飛び出した。「おー」とニアもハンマーを振り上げる。
 聖導具の攻撃で弱っていた魔物たちは、前衛二人の奮闘によって次々と倒されていく。散発的に新手が生まれてくるが、ギルやアリエルの聖導具、それからローディのクロスボウで十分対処できる数だった。魔力溜まりが残り少なくなってきたせいで、一気に生み出すことができないようだ。
 やがて、魔物が生まれるのが止まった。部屋中に散らばった粘液は、速やかに蒸発していく。ランツは武器を仕舞った。
(戦いは上手いんだけどな)
 勝手な行動を咎められているギルの方に、ちらりと目をやる。あまりに遺跡のこと――というよりも冒険者の常識に疎いので、ローディなんかは「金持ち貴族が道楽でやってるに違いない」などと悪口を言っていた。
「そろそろ行くぞ」
 ランツが言うと、ローディが渋々といった風に糾弾をやめた。ギルは曖昧な笑みを浮かべている。
「ニアも」
 またぼうっとしている少女の首根っこを捕まえて、ランツは部屋の出口へと向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み