第31話 真実

文字数 2,972文字

「くっ!」
 ランツの剣は、間一髪で

の攻撃を(しの)いだ。そのまま振り抜いた斬撃が、胴体を一刀両断する。
 辺りには、おびただしい数の魔物の死体――もしくはそのなれの果ての、黒い粘液が転がっていた。冒険者たち以外に動くものが無くなっても、ランツは周囲への警戒を怠らなかった。
 それ以上何も出てこないのを確認して、全員ようやく警戒を解いた。ぐったりとした様子のルカが、ぺたりと床に座り込んだ。
 世界樹の内部は、まるで迷路のように道が複雑に分岐していた。上り坂や下り坂も多く、立体的に交差している。自分たちが今どの辺りにいるのかすら分からない。
 ニアが案内してくれてはいるが、たびたび行き止まりに遭遇している。彼女が分かるのは、目的地がどの方向にあるかだけらしい。徐々に近づいているらしいが、あとどれぐらいで着くのかは未知数だ。
「先を急ごう。休んでもまた襲われるだけだよ」
 ローディが言った。世界樹に入ってしばらくしてから、何度も魔物の襲撃を受けるようになっていた。今だって、休憩中に集団で襲われたのだ。仕方なく立ち上がろうとするルカに、ランツは手を貸した。
 一行は、再び迷路を歩き出した。ニアの指示に従って道を進む。
「どうしてこんなに魔物が……」
 ルカが独り言のように呟いた。ランツも不思議に思っていた。世界樹のそばでは、魔力溜まりは吸収されてしまって存在できないはずだ。魔物はその限りでは無いが、だがいったいどこから来たのか。
「作ってるから」
 ぽつり、とニアが言った。すると、
「作ってる? まさか魔物を?」
「ううん。聖輝石」
「そりゃ作ってるだろうけど」
 ローディは訝しげに言った。聖輝石が世界樹によって作られるというのは、周知の事実だ。だが、
「魔物が出るのとどう関係があるのさ?」
「んー」
 ニアは少し迷うようにしたあと、言った。
「魔力溜まりは、聖輝石を作る時に出るゴミなんだよ」
「は?」
 ローディは唖然とした。
「ちょ、ちょっと待って? じゃあ、魔物を作り出してるのは人間だってこと?」
「そうだよ」
 ニアは平坦な声色で言った。無表情で言葉を続ける。
「教会はそのことを隠し続けてる。ずうっと昔から」
「……もしかして、あの魔力溜まりを吐き出す世界樹って……」
「ゴミ捨て場だよ。街の世界樹から転移させてる。昔はちゃんと処理する方法もあったけど、今は誰も知らない」
 ルカの言葉に、ニアは淡々と答える。ランツは硬い表情で言った。
「止めることはできないのか」
「魔導具を壊せば、できるよ。世界樹と魔導具はセットだから」
「それ、さっきもテッド君が言ってたね。聖導具とは違うの?」
 ローディが口を挟んだ。ニアは首を振る。
「ううん、同じ。教会がそう呼び始めただけ。聖輝石も、元は魔石って言われてた」
「……余計に世界樹教が嫌いになったわ」
 ルカは吐き捨てるように言った。聖輝石は、単なる魔力の精製物だったということだ。ならば、魔力や魔術が邪悪だなどと(そし)りを受ける謂われは無い。
 一行は、さらに先に進んだ。魔物の襲撃を何とか切り抜け、奥へと向かう。
「もうすぐ」
 ニアが言った。ランツは気を引き締め直した。長い通路の先には、大きな扉が付いていた。世界樹に入って以来初めてだ。たぶん、あそこが目的地だろう。
 止める間もなく、ニアが駆け出す。他の四人もついて行かざるを得なかった。全員で、扉の奥へと飛び込む。
 そこは、家一つ分ほどもある大きな部屋だった。中央には、巨大な聖輝石――いや、魔石が上部にはめこまれた円柱があった。魔石の表面からは、黒い粘液が染み出ている。床に着く直前に、粘液は唐突に消失していた。
「やれやれ、来てしまいましたか。やはり見張りがいないと駄目ですね」
 円柱の前に立つギルが、疲れたように言った。
「世界樹の中にはね、教会の人間も滅多に入らないんですよ。魔物だらけですからね。迷路で魔物を迷わせているうちに、同士討ちさせる方針なんです」
「アリエルはどこだ」
 話し続けるのを無視して、クロスボウを構えながらローディが言った。彼の口調には、いつになく怒りの気配が感じられた。
 すると、ギルが笑みを浮かべて言った。
「待ってください。その前に、取引しませんか?」
「取引?」
「ええ。アリエルさんはお返しします。その代わり、何もせずに帰って欲しいんですよ」
「見逃せってことか」
「私に、ではありませんよ。(そそのか)されたんでしょう? 名も無き少年に」
 円柱に手を置きながら、ギルは言った。少年というのは、間違いなくテッドのことだろう。こちらの事情を、彼は正確に把握しているようだった。過去にも同じようなことがあったのだろうか。
「ですが、これを壊せば世界樹は全ての活動を停止します。その結果、どうなるかお分かりですよね?」
「聖輝石を作るのが止まって、魔力溜まりが生まれなくなるだけだろう」
「まさか」
 ランツの言葉に、ギルは大げさに肩をすくめた。
「全ての、と言ったでしょう。当然、魔力を吸収する能力も失います。王都を滅ぼしたくはないでしょう?」
 ランツは絶句した。よく考えてみれば、当たり前だったかもしれない。元から気づいていたのか、ローディが冷静にニアに聞いた。
「本当なの?」
「……うん」
 少女はこくりと頷く。ギルがため息をつきながら言った。
「それから、

を広めようとするのもやめていただきたいですね。そもそも、誰も信じないとは思いますが」
「そのお願いを聞いて僕たちにメリットあるの?」
「黙っていていただければ、我々としてもあなた方を追い回さなくて済みます」
 にこりと笑いながら言う。つまり、喋れば教会から追われる身だぞ、と言っているのだ。
 ローディが肩をすくめて言った。
「いいんじゃないかな、アリエルちゃんさえ助けられればね。テッド君との約束は破ることになるけど」
「テッド? ……ああ、彼はそう名乗ったのですか。どうせしばらくは出てこれないでしょう。契約成立ということでよろしいですか?」
 ギルの言葉に、反論は出なかった。ランツはせめて教会の悪事を暴露したかったが、全員を危険にさらすわけにはいかないと黙っていた。恐らく、ルカも我慢しているだろう。
「では、そちらの部屋へどうぞ」
 奥にある扉を、彼は指さした。男性陣二人が向かう。
 そして、ローディが扉に手を掛けようとしたまさにその時。
「待って!」
 ニアが叫んだ。驚いて振り向くと、彼女は武器を掲げてギルに突進をかけていた。目を見開いたギルが横飛びにかわすと、空振りしたハンマーが円柱に激突した。硬い音が広間に響く。
「王都を滅ぼすつもりですか!?」
 ギルが悲鳴をあげる。ニアは、彼に冷たい視線を送りながら言った。
「知らない。それより、今二人を転移させようとしてたでしょ」
「……」
「次変なことしようとしたら、本当に壊すから」
「……分かりましたよ」
 引きつった笑みを浮かべながら、ギルは両手を上げた。
「なるほどね、あなたが誰か分かりましたよ。……ご苦労なことだ」
 ぼやくように言うのを聞きながら、二人は今度こそ扉を開けた。
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