第18話 魔術師

文字数 2,574文字

「ええ、構いませんよ」
 村には入らず野宿してくれないか、という申し出を、ギルは快く受け入れた。言い出したローディの方が、拍子抜けしたように聞き返した。
「いいんですか?」
「もちろん。私は無理を言って同行させてもらっている身ですから」
 相変わらずにこにことしているギル。ローディは、考え込むかのように視線を落とした。
「アラートの聖導具もありますし、一人で待っていますよ」
 すると、ローディが顔を上げて首を振った。
「いや、僕も残ります」
「そうですか。了解しました」
 ギルは笑みを深めて言った。ローディは少し硬い表情で頷く。
 話はまとまり、二人が外に残り、残りの四人は村に戻ることになった。別れ際に、ランツはローディに小声で聞いた。
「気になることでもあるのか」
「ある」
 きっぱりと言ったあと、だがこう続けた。
「でもまだ言えない。はっきりしたら説明するよ」
「わかった」
 小さく頷き、その場を離れる。何を気にしているのかは分からないが、彼に任せておけば大丈夫だろう。
 ニアと一緒に村の中へと戻る。ランツは相変わらず、村人たちの生活を感心しながら見ていた。地上の他の村と比べて――いや大きな街と比べても、ここの暮らしは魔術によって高度化されている。
 シグルド曰く、水と食料が不足することもないし、真冬は村全体を魔術で暖めたりもするらしい。飢えとも寒さとも無縁の、ある意味理想郷だ
 他の村でも実現できないんだろうか、とランツはふと思った。まず魔術師を増やす必要があるが、世界樹教の言うことが本当なら、長く魔力に触れていれば使えるようになるはずだ。
 仮にそれが難しくとも、改良した野菜と穀物を広めるぐらいはできるだろう。飢饉(ききん)も減るに違いない。魔物食が受け入れられるかどうかは微妙だが……。
「どうして教会は魔術が邪悪だって言ってるんだろうな」
 ランツは振り返って、そこに目的の人物――ローディがいないことを思い出した。代わりに、きょとんとした表情のニアと目が合う。
 気にしないでくれ。そう言おうとした瞬間、ニアが口を開いた。
「魔術が広まったら聖輝石が売れなくなるからじゃない?」
「……そんな理由で嘘つかないだろう」
「つくと思うよ?」
 あっさりとニアが言った。適当に言っているだけにも聞こえたし、そうではないようにも聞こえた。
 問いただす前に、目的地の中央広場に着いてしまった。ランツはそこで待っていたの人物を見つけ、そして顔をしかめた。早足で歩き出す。
「ルカ」
 後ろ姿に声をかけると、ルカはほっとした表情で振り返った。彼女に何やら話しかけていた二人の若い男が、気まずそうに顔を見合わせて去って行った。
「余計なことしたか?」
「ううん。ありがと」
 ルカがはにかんだように笑った。ランツはぽりぽりと頭を()いた。
「アリエルはどうした」
「先に宿に戻るって言ってたわ。……何か、悩んでるみたい」
 それを聞いて、思わず眉を寄せた。色々と想定外のことがあって、混乱しているのだろう。
 少女が暗い表情をしていることに、ランツは気づいた。アリエルを煽るようなことを言っていたから、責任を感じているのかもしれない。
「ルカが気にすることないさ」
 と、相手の頭をぽんぽんと叩く。すると、ルカは突然体と表情を硬直させた。みるみるうちに顔が赤くなっていくのを見て、ランツは慌てて手を離す。
「あ……悪い。いや、ニアによくやってるから……」
「……そう、よくやってるの……」
 何故か不機嫌そうに言うと、ぷいと顔を逸らす。ランツはわけが分からず、すっかり動揺してしまった。
「ねーねー」
 不意に、ニアが服の裾を引っ張ってきた。ほっとしたように視線を移す。
「どうした」
「お昼ごはん食べたい」
「食べてなかったのか」
「食べたけど食べたい」
 要するに、この村の食事を食べてみたいということなのだろう。ランツは少し考えたあと、酒場に向かうことにした。村を回ってみる予定だったが、まあ構わないだろう。
 そろそろ昼飯時も過ぎているので、客はだいぶ少なくなっていた。さっき来たばかりのランツとルカを見て店員が変な顔をしていたが、ニアの分だけを頼むと言ったら納得された。
 暇をしていたらしい店員が、すぐに料理を持ってきてくれた。目を輝かせて食べ始めるニアを横目で見ながら、ランツはエールの入ったジョッキを口に付けた。
「……迷ってるの」
 出し抜けに、ルカが言った。ランツは手を止めた。
「しばらく、この村で暮らそうかって」
「……」
 ランツは何も言えなかった。もしそうなったら、当分ルカとは会えなくなるだろう。それは悲しいことだったが……しかしだからと言って、引き留めるべきではないような気がした。
「あたしみたいな『ネツァク』の人は少ないから、役に立てる。それに、魔術の訓練もしたいから」
 暗い雰囲気を追い出そうとするかのように、ルカは明るく言った。ランツもそれに乗ることにした。
「ネツァクっていうのは何なんだ」
「ああ、それは」
 少しほっとしたように、彼女は言葉を続けた。
「魔術師は、得意な魔術と練度によっていくつかの階級が決められているの。勝利(ネツァク)は、攻撃系が得意な人ってこと」
「ルカが飲み水を出したりできないのはそういうことなのか」
「ええ。複数の系統を操れる人はほとんどいないわ。そういう人たちは、自動的に高い階級に割り当てられるの……そうだ」
 ルカがふと気づいたように言った。
「前に行った遺跡で、石版をはめて開く扉があったでしょう? ほら、世界樹の絵が描かれていた」
「ニアが開けたやつだな」
 ランツはすぐに思い出した。この村を探しに旅に出る前、ルカやアリエルと一緒に行った遺跡だ。名前を出されてニアは一瞬こっちに目を向けたが、すぐに食事に戻っていた。
「そう、あれが魔術師の階級表なの。……すぐに分かったけど、言い出そうかどうか迷った」
「それは仕方ない」
 ランツは笑った。あの時は、まさかルカが魔術師だとは夢にも思わなかった。
 その後も二人は、食べることに熱中しているニアを横目に、雑談に興じていた。村で暮らすかどうかという話は、もう出ることはなかった。
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