第2話 気難しい少女

文字数 2,875文字

 日の光も届かない深い森の中を、ランツたちは歩いていた。地図を片手に持ったローディが、行き先を細かく指示する。
 この世界で旅をするには、詳細な地図が必須だった。世界樹が生えた場所を辿るように歩かないと、常に魔力溜まりに悩まされる羽目になる。例外は、魔力溜まりが侵食して来ない、水の上と高い山の上ぐらいだ。
 世界樹の寿命は何百年とも何千年とも言われていて、一度確立されたルートが使えなくなることはまず無い。
 だがそれも絶対ではなかった。昨日の遺跡のように。
「水の音が聞こえるな」
「お、ほんと? じゃあ道は合ってるみたいだね。ここからは川沿いに歩こうか」
 ランツの呟きに、ローディが嬉しそうに返した。世界樹ほど魔力溜まりを退ける力が広範囲に渡るわけではないが、川沿いを進めば道を塞がれる心配は無くなる。それに、迷うこともない。
 川岸で、一行は少し休憩することにした。浅い流れの中に、魚が泳いでいるのが見える。
 ランツは周囲をぐるりと見回したが、動くものの姿は無かった。魔力溜まりは水辺には近づいてこないが、分離した魔物は別だ。世界樹に関しても同様で、街に近づく魔物を退治するのは、遺跡探索と並んで冒険者の重要な仕事だった。
「そう言えばさ」
 と、ローディが出し抜けに口を開いた。
「ランツはなんで冒険者になったんだっけ?」
 その質問に、ランツは一瞬面食らった。少し間を置いたあと、尋ねた。
「前にも話さなかったか?」
「いやー、忘れちゃってさ」
 不自然なほどの満面の笑みを湛えるローディ。ランツは首を傾げながらも、こう答えた。
「冒険者に助けられたんだよ。それで憧れて……」
「へえーなるほど。アリエルちゃんは?」
 話を続けようとするのを遮って、ローディは隣の少女に視線を移した。こいつ、ダシにするためだけに聞いたな、と勘の鈍いランツもさすがに気づく。
「私はもちろん、布教の旅に出るための訓練ですっ!」
 拳をぐっと握りながらアリエルは言った。きらきらと輝く瞳に若干気圧されたようにしながらも、ローディは言った。
「それじゃ、ルカちゃんは?」
 少し離れた場所に座る人物に、彼は目をやった。ランツもつられて視線を送る。
「答えなくちゃいけないの?」
 ルカと呼ばれた少女は刺々しく言った。高く美しい声が、口調のせいで台無しになっている。
 きつい目つきと、肩の下まで伸ばした波打つ赤髪が印象的な少女だった。ランツのようなくすんだ赤ではなく、炎のように真っ赤だ。
「いや、まあ、そういうわけじゃないんだけど。ちなみに僕はね……」
 と、諦めたように自分の話を始める。先ほどから何度か会話を試みていたが、ことごとく撃沈していた。
 ランツがルカと会ったのは今日が初めてだが、最初から彼女はこんな調子だった。冒険者歴はそこそこ長いようだが、今までどうしてきたのか謎だ。
 休憩を終え、四人は再び歩き出した。なお、今日はニアはいない。ローディ曰く、「相談しようと思ってたのにいつの間にかいなくなっていた」らしい。まあ、ニアがふらっといなくなるのはよくあることだ。
 川沿いを二時間ほど歩いたあと、昼食をとった。ローディがまた撃沈しているのを、ランツは横目で眺めていた。今度はアリエルも援護していたのだが、こちらは全く無視されていた。
 水辺を離れ、そこからさらに数時間歩いたところで、ようやく目的の遺跡についた。以前通っていた遺跡――既に魔力溜まりの底に沈んだが――と違って、巨大な石造りの建物がそのまま残っている。
「じゃあ隊列を確認しようか」
 遺跡の正面、馬車でも通れそうなアーチ状の入口の前で、ローディは言った。
「今回は前衛がランツ一人しかいないから、魔物を倒そうとして無理しないようにね。基本、押さえてくれさえすれば僕たちで対処するよ」
「分かった」
「僕はランツのすぐ後ろに立って援護する。アリエルちゃんとルカちゃんは最後尾から攻撃してね」
「はいっ」
「ええ」
 女性二人が頷く。ルカが返事してくれて、ローディは少しほっとした様子だった。
 広い廊下を、ランツは慎重に進む。ついさっきまで聞こえていた様々な音――例えば葉擦(はず)れの音だとか、鳥の鳴く声だとかは、ここでは完全に遮断されていた。唯一聞こえる足音は、静寂をむしろ強調しているかのように辺りに響く。
 前衛がランツしかいない関係で、今日はちゃんと剣と盾を構えている。松明(たいまつ)はアリエルが持っている。
「しばらくは廊下を真っ直ぐね。奥の方があんまり調べられてないから」
「ああ」
 ローディの言葉に頷く。この遺跡は最近見つかったばかりで、まだ探索されていない場所がたくさん残っている。聖導具が眠っている可能性は大いにあるだろう。もちろん、その分どんな魔物が潜んでいるかも分からない。
 魔物は魔力溜まりから生まれて時間がたつと、魔力が発散するか、世界樹に吸収されるかして消滅してしまう。時間は数日から数年、数百年など様々だ。強い魔物ほど寿命も長く、こういった未探索の遺跡の奥で遭遇する可能性も高い。
 廊下の左右は、広間への入口がいくつか並んだあと、別の細い通路に繋がるという構成になっていた。広間はどこも同じ大きさで、どこも何も置いていない。全く同じ風景のまま、廊下は延々と奥まで続いている。
 本当に進んでいるのか、ランツは少し不安になった。だが振り返ると、入口は遥か彼方(かなた)に遠ざかっている。
「廊下というより、街の通りみたいですね」
 アリエルがぽつりと呟いた。物珍しそうに辺りを見まわしている。彼女はまだ冒険者になってから日が浅いらしい。ランツが知り合ったのも昨日のことだ。
「実際、この遺跡はリレイの街と同じぐらい広いらしいよ」
「へえー、そうなんですね」
 ローディの説明に、少女は感心したように声をあげた。ランツも思わず周囲に目をやる。街と同じ大きさの建物を建てるだなんて、聖王国時代の技術がいかに優れていたかが分かる。
 ある程度まで奥に行ったところで、左右の広間を順に調べていった。調べるとは言っても何も物が置いていないのだが、隠し部屋があるかもしれない。全員で手分けして、床と壁を丹念に調べる。
 何個目かの広間に移動し、無言の時間がかなり続いたあと、アリエルがぽつりと言った。
「見つからないですね……」
「ま、こんなもんだよ」
 ローディが慰めるように言った。今までに行った遺跡の話なんかを、自慢げに始める。
 ランツはふと、残りの一人に目をやった。他人の会話になど興味が無いのか、ルカは黙々と作業を進めている。
 一瞬、彼女に話しかけるべきなのだろうかという考えが頭に浮かんだが、すぐに首を振って否定した。ローディでも敵わないこの気難しい少女を、自分が何とかできるとは思えなかった。
 会話が途切れると、再び沈黙が場を支配した。歩き回る音だけが耳に入る。
 結局その日は、広間の点検をするだけで終わってしまった。
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