第22話 ニアの秘密

文字数 3,259文字

 魔術師の村を――いや、魔術師の村

場所を去ったランツたちは、一直線にリレイへと向かった。本当は帰りも遺跡を巡るつもりだったが、ローディの提案で中止することにした。コンディションが万全ではないし、それにあまりこの辺りに留まっていると、ギルと鉢合わせる可能性がある。
 アリエルは、相変わらず独り言が多かった。ローディが心配して声をかけていたが、あまり効果は無いようだった。
 ルカは、見た目の上では平気そうな顔をしていた。もっとも、ランツにはそれが演技なのかどうかは判断がつかなかった。
 六日後には、一行は森の都にたどり着いていた。行きでは観光気分で街を回っていたのだが、とてもそんな気にはなれない。
 あの時ギルの申し出を受けなければ。全員が、同じことを思っていたに違いない。
 ギルは、いつから自分たちに目を付けていたんだろうか。ランツはふと思った。南に行く冒険者をたまたま捕まえたのか、それとももっと前から狙っていたのか。考えても、結論は出そうになかった。
 そして、その夜。街が眠りについたころ。
 ランツはローディとの相部屋を抜け出して、宿の廊下を歩いていた。今日こそニアに事情を説明してもらわなければならない。この街に来るまで、二人になれる機会が無かったのだ。
 目的の部屋に着くと、ランツは静かに扉を開けた。ランツたちの部屋と、作りは同じようだ。つまり、ベッドが二つある。
 手前にいたのはアリエルだった。ベッドのぴったり真ん中に、きちんと上を向いて眠っている。ランツは極力そちらに目を向けないようにした。
 奥のベッドに行き、うつ伏せに寝ている少女の体を強く揺すった。寝ているニアを起こすのは至難の(わざ)だ。体を持ち上げてやると起きることがあるのだが、あまり音を立てるとアリエルまで起こしてしまう。
 が、意外にも、ニアはすぐに目を覚ました。首を捻って、ランツの方を見るともなしに見ている。無表情なその顔が、いつものニアと別人のように見えて、ランツは少しぎくりとした。
「……なあに」
「話がある」
 ニアはこくりと頷くと、素直に起き上がった。まるで、最初からランツが来るのを予期していたかのようだ。
 暗い中、少女の小さな手を引いて部屋を出る。最後にちらりとアリエルに目を向けたが、特に変化は無かった。
 一階に降り、二人は壁から突き出たベンチに並んで座った。相変わらず、ニアはぼうっと虚空を眺めている。
 何から聞いたものかな、とランツは思案した。聞きたいことはたくさんあるような気もするし、結局一つしか無いような気もする。
「血が出なかったのはなんでだ」
 ランツはぽつりと言った。そう言えば、ニアが血を流しているのを見たことないな、とふと気づいたのだ。いつもランツと一緒に矢面に立って、一番傷を受けるはずなのに、だ。
「んー……」
 ニアは、ずいぶん長い間悩んでいた。ランツは答えを()かしたりはしなかった。
「人間じゃないから」
 その言葉の意味を、ランツは一瞬理解できなかった。あるべき主語が語られていない。だが、何が入るのかは自明だ。
「ニアがか」
「うん」
 あっさりと頷く。少し間を置いたあと、ランツは言った。
「魔物なのか」
「違うもん」
 ぷう、と頬を膨らませる。ランツは思わず笑ってしまった。その反応が、あまりにもいつも通りのニアだったからだ。
「ならいい」
 短くそう返すと、少女はきょとんとしたように言った。
「もっと詳しく聞かないの?」
「いや、いい」
 緩く首を振る。聞かれたくないのだろうと、何となくそう思ったからだ。
 すると、ニアは顔を伏せて言った。
「じゃあ、言いたい時に言う」
「ああ」
 ランツは頷いた。しばし無言の時間が過ぎたあと、気を取り直したように言った。
「よし、もっと実利的な話をしよう」
「その言い方ランツっぽくないね」
「うるさいな」
 苦笑して言う。地面に着いていない足を、ニアはにこにこしながら揺らしていた。
「魔物が村を攻めてきた時、どうしてギルの居場所が分かったんだ。今も分かるのか?」
「ううん。分かる場所もあるだけ」
「ふむ」
 詳細な条件は不明だが、そう言えば村でも最初は分かっていなかったように見えた。それほど便利ではないらしい。
 魔術なのか、何なのか。聞こうとしてやめた。
「あの時何を言おうとしたんだ」
「あの時?」
「アリエルが、ギルを捕まえたいと話していた時だ」
「あー」
 ニアは思い出したように声をあげた。
「ギルね。教会の人だよ」
 ランツは言葉を失った。予想外の言葉だったが、だがあり得なくも無いと思ってしまった。魔術は邪悪だと言って(はば)らない、世界樹教なら。
「本当だろうな」
「ほんとだよー。ずっとどっかで見たことあるなーと思ってたんだけど」
「それでぼうっとしてたのか」
「うん」
 ニアはこくりと頷いた。体調が悪いのかと思っていたのだが、単に考え事をしていただけだったのだろうか。
「どこで見たんだ」
「王都」
「行ったことあるのか」
「うん」
 ニアは再び首肯した。ランツは視線を壁に向け、しばし思考の海に沈んだ。
(王都の教会か)
 世界樹教の総本山がある場所だ。その規模は非常に大きく、権力は国の中枢にまで及んでいると聞く。
 もしギルが指示を受けて動いていたのだとしたら、自分たちも世界樹教にマークされているかもしれない。最悪の場合、追われる身だ。世界中にある教会から、逃げ切れるのかどうか。
(ローディに相談すべきだな)
 ランツはそう結論付けた。少し無責任かと自分でも思ったが、得意な者がやるのが一番だろう。
 ローディに教えてもいいか、とニアに聞こうとしたその瞬間。足音が聞こえてランツは身構えた。
 階段を凝視する。現れた少女の姿を目にして、思わず表情を硬くした。
「聞いてたか?」
「え? 何をですか?」
 アリエルは不思議そうに言った。聞かれていなかったか、とランツは少し安心した。
「あっ……もしかして、お邪魔でした?」
 口元に手を当てて、驚いたように言うアリエル。ランツは否定しようとして、だがそれで詳しく聞かれては困るので、何も言えなかった。
「ごめんなさいっ」
 何を勘違いしたのか、アリエルはぱたぱたと足音を立てて去っていった。ランツは困ったように頭を()いた。
 思わずニアの方に目をやると、少女はきょとんとした表情で見返してきた。

 森の都を後にして、一行はさらに北へと向かった。宿でゆっくり眠ったからか、アリエルはもう独り言を呟くこともなくなっていた。元気そうにニアと話しているのを見て、ランツはほっとした。
 ローディと二人で夜の見張り当番になった時に、ギルが教会関係者らしいということを話した。彼は難しい顔をして考え込んでいたが、すぐには結論が出ないようだった。
「今は考えても仕方ないね。教会に追われてる

ってだけで、遠い辺境の地まで逃げるわけにもいかないし」
 彼は肩をすくめて言った。
 ランツはその言葉を受け入れることにした。リレイの街に着いた頃には、ギルと教会のことはもう半分忘れかけていた。元々、細かいことは気にしない性質(たち)だ。
「じゃ、ここでお別れだね」
「……ありがと、付き合ってくれて」
 ルカがぼそりと言った。ローディは苦笑しつつも、胸のつかえが下りたような顔で言った。
「色々あったけど、とにかく無事に戻ってこれて良かったよ」
「おつかれさまでしたっ!」
 アリエルは元気よく言うと、さっさと街に入っていった。ランツは彼女の後ろ姿を何となく眺めていた。
 ふと視線を戻すと、ローディも同じように眺めていた。思案するかのように、ぎゅっと眉を寄せている。
「どうかしたか」
「ん……いや」
 彼はゆっくりと首を振ると、言った。
「酒場でも行こうか?」
「おー」
 ニアが拳を上げた。
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