第3話 遺跡探索

文字数 2,777文字

 遺跡で迎えた朝。簡単な食事を終えた四人は、再び探索を始めた。
 少し趣向を変えてみようというローディの提案で、一度廊下の端まで行ってみることにした。入口からここまでも結構な距離があるはずだが、そこからもまた長かった。リレイの街と同じぐらい広い、というのは本当なのかもしれない。
 やがて、廊下にも終わりが来た。行き止まりにある大きなステンドグラスには、一本の木が描かれている。もしかすると、世界樹だろうか。
 教会みたいだな、とランツは思った。アリエルも同じことを思ったのか、ステンドグラスを見上げて立ち尽くしていた。
 不意に、ルカが口を開いた。
生け贄(・・・)が描いてないか探してるの?」
 あからさまに悪意のこもった、皮肉げな口調だった。アリエルは、睨み返しながら言った。
「そんなの迷信です!」
「どうだか」
 肩をすくめてルカが言う。神官の少女は、ぎゅっと唇を結んで怒りを堪えているようだった。
 世界樹が大きく育つには、人の生き血が必要だ――そんな噂が、特に教会を嫌っている者たちの間でまことしやかに囁かれていた。人が最後に世界樹を植えたのは百年単位の昔の話なので、真偽を確かめるのは難しい。
「まあまあ、喧嘩しないで。ちょっと休憩にしよう」
 アリエルの肩を、ローディがぽんぽんと軽く叩く。ルカはそっぽを向いた。
(何なんだ、あいつ)
 ランツは眉を寄せた。態度が悪いのは最初からだが、アリエルに対しては特にひどい。昨日が初対面らしいのだが、いったい何が気に入らないのだろうか。
 行き止まりの壁に背を預け、座り込む。アリエルはまだ怒りが収まらない様子で、廊下の端にぺたんと腰を下ろしていた。当然、ルカは一人離れた場所にいる。
「はあ」
 ランツの横に、ローディがため息をつきながら腰を下ろした。人付き合いが得意なはずの彼だが、今回ばかりは手を焼いているようだ。
「なんであんなやつ入れたんだ」
 ランツは小声で言った。ニアを含めた三人以外に、ローディは度々他の冒険者を――大抵は女の子だ――連れてくる。人選は完全に任せきりだったが、今まで問題になったことなどなかった。
「いやね? 一昨日に話した時にはあそこまでじゃなかったんだよ? ちょっと愛想は悪かったけどさ」
「やっぱりアリエルが原因か」
「さあねえ。でもかわいいデショ?」
 ランツは思わずルカに目をやってしまったが、特に何も感じなかった。声が綺麗だなとは思うが……。
「ああ、でもランツの好みはアリエルちゃんみたいなのか」
「勝手に決めるなよ」
 などと馬鹿な話をしていた二人だったが、ルカに睨まれていることに気づいて黙り込んだ。
 しばし無言の時間が続いたが、
「む」
「どした?」
 急に真剣な表情になるランツに、ローディは訝しげに尋ねた。だがそれには答えずに、じっと意識を集中する。
 やがて、仲間たちも気づいた。広い廊下の先、つまり自分たちがやってきた方向から、ひどく重い足音が近づいてくる。全身甲冑を着こんでいるのでもなければ、人間ではありえない。
 ランツは剣と盾とを構えた。と同時に、廊下の横道から魔物が現れた。
「石の方か……」
 渋い顔で呟く。岩人形(ストーンゴーレム)が、どしどしと足音を立てて迫ってくる。ランツの持つ片手剣では傷つけるのも難しいし、攻撃を盾で防ぐのも困難だ。ニアがいればまた違ったのだが……。
 だが文句を言っている暇はない。ランツは囮になるために走り出した。
 まだしも幸運だったのは、ゴーレムが人より少し大きい程度だったということだ。魔物は普通種族によって大きさが大体決まっているのだが、ゴーレムはかなり幅が広い。このサイズなら、ぎりぎり盾で受け流せるかもしれない。
 敵の裏に回り込むようにして、ランツは疾駆した。が、ゴーレムは無反応だ。剣での攻撃など喰らっても構わないと思っているのか、それとも……。
「っ!」
 ランツは咄嗟(とっさ)に前に跳ぶと、地面を転がった。ゴーレムのそばに生まれたた巨大な火球が、一直線に飛んできたからだ。
「魔術っ!?」
 アリエルが悲鳴のような声をあげた。ランツも小さく唸る。
 魔力によって引き起こされる邪悪なる技法、魔術。話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだった。
 再び飛来する火球を、起き上がる暇もなく転がって避ける。こんなもの、防ぐどころではない。盾ごと燃やされてしまうのがオチだ。
「力よ!」
 (りん)としたルカの声が、辺りに響き渡る。彼女の持つ短い杖の先から、不可視の衝撃波が射出される。ぶぅんという音と空気の揺らぎだけが、その存在を示していた。
 衝撃波は、狙い違わずゴーレムの頭部に当たった。大きな音を立て、上半分が砕け散る。
 頭の半分を失ったゴーレムは、ふらふらと数歩移動したあと、壁に向かって倒れ込んだ。ランツは小さく息を吐いて立ち上がった。
「わあ」
 と、アリエルが声をあげる。
「すごい高位階(ランク)の聖導具ですね! ルカさん、すごいです!」
 はしゃいだ様子で話しかける。ルカは何とも言えない表情をしていた。
 聖導具は誰にでも使える日用品が多いのだが、例外もあった。一部の強力なもの、例えば攻撃用の聖導具は、厳しい修行を終えた世界樹教の神官にしか基本的には扱えない。だが稀に、生まれつき資質を持っている者もいる。
「ルカさんはどこかで修行されたんですか? それとも……」
「あたしに話しかけないで」
 その一言で、場は凍り付いた。ぽかんとしていたアリエルの顔が徐々に歪み、泣きそうな表情になる。
「おい、いくらなんでもそれは無いだろ。愛想よくしろとは言わないが、普通に受け答えぐらいできないのか」
「あなたには関係ないでしょ」
 ランツの非難に、ルカはぷいと顔を逸らした。
「お前な……」
 むっとしてさらに言いつのろうとしたとこで、
「まあまあ、喧嘩はよそうよ。ルカちゃん、聖輝石替えとかなくていい?」
「え? あ、ええ、そうね……」
 ローディが口を挟むと、ルカは杖の先に付いた赤い石をいそいそと交換していた。聖導具のエネルギー源である聖輝石は、何度か使うと効力を失ってしまう。強力な聖導具であれば、一回使い捨てということも珍しくない。
「で、みんなあれを見てみようか」
 彼は倒れたゴーレムを指さした。いや、正確に言うと、その向こうにある壁だ。
 ランツはすぐに駆け寄った。壁が崩れて、その先に細い通路が見える。左右の広間に挟まれた隙間に、巧妙に隠されているようだ。
「隠し通路、ってことは」
「お宝がある可能性が高いね」
 ローディが嬉しそうに言った。隠すには隠すだけの理由がある。
「よし!」
 ランツは意気揚々と足を踏み出した。
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