第30話 生け贄

文字数 2,285文字

 テッドに連れられ、ランツたちは真夜中の街を歩いていた。
 王都の教会は、リレイと似た作りになっているようだった。即ち、中心に世界樹が立ち、その周りを教会の建物が囲んでいる。
 ただし、建物は何重にもなっていて、外からは構造が読み取れない。侵入者対策に、あえて複雑にしているのかもしれない。
「どこから入るんだい? やっぱり上から?」
 ローディが言った。リレイで取った方法だ。ここの外壁もほとんど足掛かりが無いので、少なくともロープをかけるところが必要そうだが……。
 すると、テッドが満面の笑みで言った。
「そんなみみっちいことしないよ。このへんでいいかな」
「このへんって……」
 ローディが困惑の表情になる。彼が立ち止まったのは、ちょうど教会の真正面、聖堂の入口があるところだ。およそ侵入するには向いていない。
 テッドは急に表情を消すと、聖堂の方を凝視した。ぴくりとも動かない。
 いやあれは、世界樹の方を見ているのだろうか。ランツがふとそう思ったその時、
「伏せて!」
 ニアが叫んだ。その言葉を追いかけるように、教会の方で大きな破砕音が鳴った。音は連続して、そして徐々に迫ってくる。
 最後に鼓膜が破れそうなほどの大音量が鳴ったかと思うと、聖堂の正面が大爆発を起こした。地に伏せ頭を庇いながら、ランツは瓦礫(がれき)が舞うのを見た。
「な、なにあれ……!?」
 ルカが(うめ)くように言った。
 徐々に晴れていく土煙の向こう側。ねじり合わされ槍のように尖った太い木の枝が、聖堂の奥から無数に突き出ている。枝は、それぞれが魔物のようにうねうねと動いていた。まるで意思を持っているかのように――いや、本当にその通りなのかもしれない。
「さ、行こうか」
 テッドが平然と言った。彼の体は瓦礫によって傷だらけになっていたが、血は一滴も流れていない。それに気づいたルカが、息を飲んだ。
「……わかった、行こう。すぐに人が集まってくる」
 立ち上がったローディが、きっぱりと言って歩き出した。様々な疑問よりも、アリエルを救うことを優先したのだろう。ランツも後に続いて頷いた。
 聖堂の正面は完膚なきまでに破壊され、簡単に入ることができた。奥の壁と祭壇も、無残に壊されている。聖堂の奥にある建物も、同じように枝に貫かれているようだった。枝の元をたどっていくと、遙か遠くに世界樹が見えた。
 瓦礫に足を取られないように気をつけながら、ランツたちは走った。さすがにこの時間、聖堂に人はいない。だが、遠くの方で騒ぐ声が聞こえてくる。
「おや、勇気あるねえ」
 テッドが言った。ランツは正面を向く彼の視線を追ったが、特に何も無い。
 その直後、横手にあった教会内部への扉が勢いよく開いた。世界樹教の緑のローブを着た集団がなだれ込んできた――かと思うと、いくつかの『枝の槍』が床に突き刺さり、彼らの進路を阻む。
 その隙に先へと進む。奥の建物でも、枝が一行を守ってくれた。
 とうとう、世界樹を収めた円形の広場に出た。教会の見張りたちは、襲い来る枝と必死に戦っている。善戦してはいたが、侵入者に構っている余裕は全く無さそうだ。気づいてもいないかもしれない。
「ふあ……あそこ登って」
 欠伸(あくび)をもらしながらテッドが言った。リレイの世界樹と同じように、幹にはハシゴが取り付けられている。道をあけるように動く枝の間を、五人は駆けた。
 ハシゴを登った先にあったのは、幹に開いた大きな穴だった。余裕で人が入れる大きさだ。全員でそこに向かう。
「ここは……」
 ローディが呆然と呟いた。虫食いの穴のように見えたそれは、だが中に入るとがらりと印象が変わった。まるで木造の建物のように、綺麗な通路が続いている。
「ねえ、テッド君」
 小さく首を傾げるテッドに、ローディは言った。
「この世界樹が、君の本体なのかい?」
「そうだよ」
「え?」
 事もなげに答えるテッドに、ルカがぽかんとする。ランツも驚いて目を見開いた。彼が、世界樹?
「こっちは、生け贄にされたテッド少年の残りかすみたいなものかな……ふああ」
「噂は本当だったのか」
 ランツは思わず言った。世界樹が育つのに、生け贄が必要だという噂。
 テッドは再び欠伸すると、疲れたように言った。
「あー、駄目だ。動きすぎたかな」
「え、ちょっとちょっと!」
 テッドは突然体の力を抜くと、その場にばたりと倒れ伏した。ローディが慌てたように駆け寄る。
「アリエルって子は一番奥に捕まってるから、勝手に連れてってよ。早くしないと新しい生け贄にされちゃうよ」
 うつ伏せの顔を上げながら言う。その表情には生気が無かった。
「手伝うって約束忘れないでよ。奥の

壊しといてね」
「え、マドウグ? って何さ?」
「あとはそっちに聞いてよ」
 と、あごでニアを指す。そして、満足したように目を閉じた。
「じゃ、またね。君たちが生きてる間には、出てこれないと思うけど」
 その台詞を言い終わるか終わらないかのうちに、彼の体がどろりと溶け始めた。ルカがびくりと体を震わせ、ランツの袖を掴んで後ろに隠れるように移動する。
 あとに残ったのは、冒険者たちにとっては見慣れた、黒い粘液だった。それも、すぐに蒸発していく。
「ニア、君も……」
 思い詰めた表情でローディが言った。だが、言葉はあとに続かなかった。しばし、無言の時間が続く。
「行こ。場所は、たぶんわかる」
 ニアがぽつりと言った。彼女に連れられて、一行は奥へと向かった。
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